9話 観覧車
観覧車にて、中島と源は相対して座っていた。
観覧車からは、遊園地が一望できた。
「綺麗な景色だね」
「……そうですね」
二人は景色をぼんやり眺める。人々が米粒のように小さく、遊園地中がミニチュアのジオラマのように思えた。
ゴンドラの中はとても静かで、二人の会話だけしか音はない。
静寂と安らぎがそこにはあった。
「源さん。今日、楽しんでいるかい?」
ふと、中島がそう口にした。未だ外の景色を堪能している。
同じく外を見ていた源が、中島に向く。
「どうしてですか?」
「いや、なんて事はないんだ。ただ聞いてみただけさ」
「そう、ですか」
源が、再び外を見やった。源の発する言葉には一貫して波風は無く、抑揚は無く。依然として機械的な、凪の様な印象を受けた。
しばらく間があって、源は呟く。
「普通、ですかね。今日は普通です」
デートの感想を述べる。味気なく、人によっては無慈悲に感じる言葉だった。
中島は、その発言に少し目を見開いてから、すぐに、優しく微笑む。
「そうか……そっかそっか。なら、次は楽しいと思って貰えるぐらいに頑張らないとだなぁ」
「えっ」
―――――水面に一滴が零れる。
源が再び前へ振り向いた。中島の言葉に、呆気に取られたようであった。
「まぁ、次があったらだけどね」
中島は、尚も外を見てほほ笑んでいた。
「次、ですか……」
「ふふふ、次回をお望みかい? あってくれると僕は嬉しいんだけど、どうかな?」
「………………さあ」
源は一言返事をして、何かに逃げるように、中島から視線を逸らすのだった。
その〝何か〟の正体は、源自身、昨日まで中島に感じていたものであり…………少し、いやかなり、見覚えがある気がした。
(へ、呑気してんなぁ、中島ァ!)
と、そんな二人のアンニュイな会話を、透明人間となり一緒にゴンドラへ乗っていた威圧的友は見届けていたのだ!
遡ること数分前、威圧的友はある飲料水を飲んでいた。それは透明薬である。源が威圧的友に持たせたそれはペットボトルに入っており、とても危険な色をしていた。
威圧的友は源の「十五分だけ透明人間になれる。人体に影響はない」という事前説明を信じ、勇気を振り絞って飲む。するとあら不思議、忽ち身体が透明になっていくではないか。しかも身に付けている服や、持っていた釘バットも透明になったではないか。
これで、威圧的友は二人が乗り合わせるゴンドラにひっそりと侵入する事に成功。今こうして二人の側に立っているのである。
因みに源によれば、この透明薬は調合がとても大変らしく、今回はペットボトル一本分しか作れなかったそう。
(まぁ、一本で十分でしょ。これで中島を一方的にボコれるんだからなぁ!)
血気盛んな威圧的友は、嬉しそうに釘バットを撫でる。
彼女は、昔から血気盛んなでヤンチャな節があった。不良とまでは行かずとも、それなりに高圧的なところもあり、口も若干悪い。しかし、基本根は優しく真面目で、人一倍友達想いであり、人としてのモラルもしっかりとあり。なので周囲との友好関係はすこぶる良好である。
それでも、やはり好戦的な部分はあり、喧嘩っ早いヤンキー女子な性分であった。
そんな彼女が考えた作戦はいたってシンプル。透明人間なって中島をボコボコにし、今日のデートは台無しに。中島はメンタルがへし折れ、源が中島を振ってトドメ。世界は救われ、中島は戻る…………という大体落ち着き友と同じ内容である。
が、こちらは透明人間というだけあって、危害を加えられる確率は極めて高かった。
どう考えても避けられる訳がないのだ。何故なら、威圧的友はいま、透明人間なのだから。
(ちょっと心は痛むけど…………オラ喰らえこの野郎ォ!)
中島めがけ、思いっ切り、釘バットを振り下ろして――――――――――。
「っ」
ひょいっと、中島は避けたのだった。
(…………へっ?)
「どうしましたか中島君、突然立ち上がって?」
源がそう聞くと、中島はとんでもない返答をし出す。
「……………何の気配が、このゴンドラの中にある気がする」
「え?」
(え???)
源と威圧的友は、全く同じ反応を見せた。
「いや、何というか………………いま、攻撃された気がしたんだ」
「はい?」
(はいぃぃ???)
源と威圧的友は、全く同じ反応を見せている。
中島は、すぐに瞳を鋭くさせ、戦闘態勢へと入る。
「何か、感じるんだよッ! 気配を、感じる! この空間にもう一人分、誰かいる気配をッ! そしてそいつは今、僕を攻撃した気がするッッ‼」
叫ぶ中島。鬼気迫った雰囲気は、さながら奇襲攻撃を喰らった武闘家のように極まっていた。
(マジかよコイツ、アタシが居ること気付きやがった⁉ てか気配って何⁉)
焦る威圧的友。まさか中島がここまで勘が鋭いとは思ってもいなかった。
(で、でも、結局コイツは見えていないんだ。勝機はコッチにある!)
威圧的友は、中島の頭を目掛け、今度は横にフルスイングをかます。
かますが、しかし、
「ッ」
当たらない。避けられてしまった。
(…………ウソじゃん?)
「おいおいおいおい、やはり…………何か居るぞ⁉ 今、確実に僕は攻撃されたぞ⁉」
「な、中島君? どういう事ですk、」
「動かないで源さん! もしかしたらさっきのお化け屋敷にいた幽霊が、僕達を着いてきたのかもしれない!」
「え、あ、はぁ」
愛しい人の安全の為、中島が叫ぶ。
源は、状況がちんぷんかんぷんである。
中島は、周囲を舐めまわすように眺め、拳を構えた。
「いる、……そこかッ‼」
瞬間、中島の正拳突きは空を切る。
「…………違う、か? 一体どこに?」
目測が外れたのかと、又してもキョロキョロしだす中島。
ただ、今のは凄く惜しく、丁度威圧的友の顔面の横隣を、拳は貫いていたのである。
(危な~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ‼)
一瞬死期を悟った威圧的友。脂汗がだらだら溢れ出していた。
(やばいやばいやばい、コイツヤバいって。なんで分かるんだよマジで)
命の危機に怯える。が、しかし彼女の性格のせいかお陰か、同時に負けん気も満ち溢れてきていた。
(ちくしょう、こうなったらやってやろうじゃん……コイツに一発かましてやる!)
その目には闘志が宿っていた。好戦的な彼女において、この危機的状況は逆に彼女を焚きつけたのである。
そして、幸運にも威圧的友にとって、絶好のチャンスが訪れた。
「お疲れさまでした~~~。ゆっくりと降りてくださいね~~~~」
観覧車が一周し、ゴンドラの扉が開いたのである。これには流石の中島も扉へ振り向いてしまう。
「むむ、もうそんな時間か――――――」
これが、この中島の行動が、運命を分けた。
(――――――ココだッ!)
瞬間、目の前の獲物が油断した隙を狙っていた狩人が、自身の釘バットを振り下ろす。
その一閃は彼女が込められる最大限の力が入っており、もし常人の頭にでも当たれば無事では済まない事が伺えた。
(勝った! くたばれ中島ァ!)
バットは、そのまま一直線に、中島の頭へ向かう。
「そこか」
しかし、中島はどこまでも超人であった。
間一髪、バットを紙一重で避け切ると、電光石火の如き速さで透明人間である威圧的友の懐に間合いを詰め、そして、鳩尾に、一発――――――――――――――――――。
「ぐげぇ‼」
クリティカルヒット。勝敗決す。
威圧的友は吹っ飛んで、ゴンドラの壁に叩きつけられたのだった。
「ふんッ…………源さんの近くで危険な行為は止めることだな、悪霊め」
大きく揺れるゴンドラから降りた中島は、静かに独り言を呟くのだった。
「さっきから、なにやってるんですか?」
傍から見ていた源にとっては、一連の出来事は終始謎だった。
しばらくして、ゴンドラの中から、透明薬が切れた満身創痍の威圧的友が見つかり、発見した家族のトラウマとして刻まれた。
そして、テレパシーに応答が無いため心配で駆け付けていた気さく友は、スタッフに沢山謝罪をしてから、彼女を沢山叱り、無事回収したのだった。
この出来事は『透明女が観覧車にて満身創痍の姿で客を驚かせる』という怪談としてネットを騒がせるのだが、それはまた少し先の話である。




