7話 お化け屋敷
場面は変わり、お化け屋敷。二人は長い列を並んでいる。
「源さん、ここのお化け屋敷は日本でも有数の怖さを誇るらしいよ」
「ええ、聞いています。何でも、途中退場するお客さんもいるとか」
「流石だね源さん。しかもこのお化け屋敷、『ホンモノ』が出るという噂もあるらしい。何でもお化け役の人はお客様に触らないが、そのホンモノは触って来るそうだよ」
「そうですか…………それはかなり不味いですね」
「ふふふ、不安かい? 安心してくれ、たとえ幽霊が居たとしても、この僕がきみを守るよ。なんだったら、怖かったら僕に抱き着いてくれてもいいよ?」
「いえ、結構です。というか、私に触らないでくださいね」
なんて会話をしながら、中島と源は順番を待つ。
源は相変わらず素っ気ない対応であり、中島は、そんな源にやれやれと言った感じで微笑んでいた。
(……ショックを受けてない? 源さんが結構キツめに言ってるのに? ちょっと前の中島なら自殺しそうなぐらい落ち込んでたろうに)
付近の建物に隠れていた気さく友が疑問に思う。先日の、源に拒絶された中島は非常に落ち込んでいたというのに。何か心情の変化でもあったのだろうか。
ここで、一応補足説明である。なぜ気さく友が距離のある二人の会話を聞けているかと疑問に思ったかもしれないが、それは源の魔法『地獄耳の魔法』を事前に掛けられていたためである。これは文字通り、ちょっと遠くの音を拾える便利な魔法であり、偵察役の気さく友にはとても有難い魔法である。頑張れば100メートル先の水滴が落ちる音も拾えることが可能。デメリットは特にない。非常に便利な魔法である。
「むむ、そろそろ僕らの番だね。行こうか」
そんなこんなで、二人の番が回って来る。スタッフに案内され、二人はいざお化け屋敷の中へと入る。
このお化け屋敷は中島の説明通り、日本でも選りすぐりに怖いと評判のアトラクションである。
『自殺の名スポットである廃ホテル』をテーマにしている建物は、雰囲気はさながら本物の廃ホテルの様だと評判。入場者はそんな薄暗い中を懐中電灯一つで巡回していく。
途中には入場者を驚かせる仕掛けが至るところに設置。完走できる確率は驚異の五十パーセント。二人に一人は、各所にある途中リタイアの扉から退場していくという。
そして、噂では本当に、自殺した幽霊がおり、人を冥界へと引きずり込むらしい……。
「……あまり怖くないですね」
「ははは、この二人を遮れる存在はいないという事かなぁ!」
だがしかし、中島と源は全然へっちゃらであった!
源はそもそもホラー好きであり、且つ今は感情の起伏が無い。そして中島は愛のパワーにより恐怖を跳ね返す屈強な精神を獲得していた。
驚かせてくるプロのお化け役達も、無反応な二人を見て唖然とする他ないのだった。
というわけで、二人は驚異的スピードで、どんどんと廃ホテルを進んで行く。
(感情を抑える魔法があるとはいえ、なんか呆気ないなぁ)
そうやって源が心の中で呟いていると、思念が脳内に響く。
(こちら人気投票侍。特級呪霊、応答求む)
気さく友の声である。源はすかさず右耳を触った。
(こちら特級呪霊。どうぞ)
(今、お化け屋敷の中にいるよ。『変装の魔法』でお化けの恰好に扮してる)
そう言うと、お化け屋敷の終盤辺り、宴会場の出入り口にいた気さく友は周囲を警戒としている。
特筆すべきはその容姿なのだが、一言でいえばまるで、死神の様な恰好をしていた。顔には白い仮面をつけ、黒いフード付きのマントを羽織り、手にはナイフを持っていた。
これは、源が彼に掛けた『変装の魔法』であり、掛けられた者は任意の時間、好きな恰好になれるという便利な魔法である。制限時間は二十分。どんな恰好にでもなれるが、別にその恰好の能力を得られる訳ではない。今回の場合だと、死神が使えるような特殊な力とかは使えはしない。要は見た目を変えられるだけである。
因みに、ナイフは模擬刀であり、威圧的友の私物である。
(いま何処にいる?)
(ゲームコーナーですね、今丁度お化けに驚かされて……うわ、このお化けやたらクオリティは高いなぁ)
(そっか。僕は終盤の、宴会場の入り口にいるから、そこからだともうすぐだね。これから死神に扮した俺が中島を襲撃するから、源さんは中島から少し離れててね。危ないから)
(危ない…………ですか。よく分かりませんが、了解しました、そうします)
両者の通信が切られる。源は理解できていないようだったが、当然である。落ち着き友はこれから行われる作戦を伝えていない。
(名付けて、『お化けに扮して中島を倒そう作戦』。上手くいくといいが……)
その作戦はいたってシンプル。先にお化け屋敷に入場していた落ち着き友が、襲うのに良さげな場所で変装の魔法を使用。適当なお化けになって、中島を襲う作戦である。
この作戦の強みは、お化け役のスタッフに扮して中島に近づけることであった。
(これなら油断している中島を、この偽物のナイフで先制攻撃出来る。昨日の『中島を倒す作戦』では真正面から戦ったせいで駄目だったけど、これならいける筈。親友の中島に危害を加えるのは少し心に来るけど…………まぁ今のアイツ頑丈だし、多分大丈夫でしょ。屋上から落ちてもピンピンしてたし。イケる。多分)
ナイフを力強く握りしめ、決意を込める。これが成功すれば、今日のデートは台無し。中島はメンタルがへし折れ、源が中島を振ってトドメ。世界は救われ、中島は戻る。完璧なシナリオ………………としては、若干強引な面が無くもないが、落ち着き友本人は上手くいくと確信していた。
そして間もなく、運命の瞬間が訪れる。
(来たか…………)
渡り廊下の奥、二人が歩いてくるのが見えた。
「むむ、源さん、あそこにもお化けがいるね。アレは死神かな?」
「ああ、はい。そうですね」
どんどん、二人は落ち着き友へ迫ってきている。源は指示通り中島から三、四歩程後ろに着いてきている。
落ち着き友の背後には宴会場の襖があり、ここを通らないとゴールは出来ない。
渡り廊下は一直線に伸びてる。あと数秒で、双方は相まみえる。
(ゆっくり、中島に近づくんだ。死神のように、落ち着いて歩み寄れ)
落ち着き友が、歩み始めた。
まるで食材をお盆に乗せたウエイトレスのように、慎重に、ゆっくり丁寧に、しかし落ち着いて中島へ歩み寄る。
落ち着き友は、すこぶる落ち着いていた。
互いの距離が縮まっているこの緊迫した状況下でも彼は冷静さを保てていた。
それは、彼が元々大人びた性格で、比較的土壇場に強い体質なのが起因していた。
この緊迫感に満ちた状況下は、落ち着き友にとってそこまで苦労する場面ではなかった。
両者の距離があと三メートルほどにまで縮まる。
「うおぉぉ~~~~…………」
ここで落ち着き友が申し訳程度に驚かす。
「ふはは、そんな貧相な驚かし方では、ビビるものもビビらないさっ!」
軽口を叩く中島。目前の対象を完全に軽視している。
しかし、これは落ち着き友のブラフで…………つまり軽いジャブに過ぎなかった。
(よし、完全に中島は油断している! いける!)
勝利への確信。落ち着き友の脳内に流れる〝勝利〟の二文字。
そして、二人は互いにすれ違い、背中を向け合ったその刹那。
(今だっ!)
落ち着き友は振り返り、無防備になっている後頭部を目掛け、ナイフ(偽)を思いっ切り振り下ろす――――――――――――――――――。
しかし、そのナイフ(偽)の刃が、中島に届くことは無かった。
「…………奇襲、か」
「なん…………だとッ⁉」
落ち着き友が振り下ろした刃を、中島は、振り向きもせず、ずば抜けた反射神経で、右手の人差し指と中指で挟んだではないか!
「しょぼい演技で驚かし、油断しきった僕をすれ違いざまに攻撃する、か。なるほど考えたものだな」
「ッ⁉」
「振り下ろされたナイフの軌道的に、かなり正確に後頭部を狙ったな。冷静沈着に行動をしていたのが伺える。そこは褒めてやろう。百点満点中、六十点といったところだ」
未だ振り向きもせず、淡々と言葉を並べる中島。
落ち着き友の全身から、だらだら冷や汗が流れ出す。
(あ、まずいなこれ…………)
「時に貴様、こんな行動をするという事はつまり……」
中島は、ゆっくりと冷徹に言葉を発し、そして遂に振り返った。
「――――――〝ホンモノの幽霊〟、だな?」
(違う‼ けど本当に不味い‼)
落ち着き友は、大慌てした。
そして、彼の予想通りの結末になる。
「物理が効くのか分からないが…………お前を祓う」
「えっ⁉」
「覚悟しろ」
「いや、ちょっと待っ、」
それから落ち着き友がどうなったかの描写は要らないであろう。
「源さん、どうやらホンモノが出るというのは本当らしい。危険だから、ここで途中退場しよう」
「え、あぁ、……………ええ、分かりました」
二人はそのまま、近くの途中リタイアの扉から外へ出て行ったのだった。
出ていく時、源は床に倒れている落ち着き友を、流石に少し心配そうに見ていた。
「く、クソぉ。アイツ容赦なさすぎだろ…………」
数分後、中島に祓われた落ち着き友は、そのボロボロの上半身を起こす。いつの間にか変装の魔法は解けており、私服の状態に戻っていた。
そんな彼の肩に、トントン、何者かが触れる。
振り返ると、白いワンピースを着た女性が、落ち着き友を覗き込むように見ていた。
「うおっ、スタッフの人か。すみません、ちょっと立ち上がらせてもらえますか? 身体中が痛くて痛くて」
「みちずれ」
女性がぼそりと呟く。
「え」
「おまえ、あのよに、みちずれ」
「あ~~……………これアカンわ」
数秒後、落ち着き友の悲鳴が施設中に響き渡った。
更にその数分後。中々出てこない落ち着き友を心配したスタッフ達が、落ち着き友を宴会場にて発見、無事救助された。
同じくして。テレパシーの応答が無くなり、気さく友が心配になって迎えに行くと、酷く怯えた落ち着き友は、「三途の川を見た」と、怯えた様子で気さく友に語るのだった。
この出来事は恐怖のお化け屋敷怪談として遊園地にいつまでも語り継がれるのだが、それはまた、別の話である………………。




