6話 中島vs電車
終わった、のか。
僕の恋は終わったのか?
放課後のチャイムが教室に響き渡り、夕日が紅く辺りを照らす。
綺麗な空間と、アンニュイな雰囲気が漂って、僕から離れない。
茜色に染まる教室というのは、傍から見れば感動的ともいえる光景だが、しかし僕の胸の内側はそんな感動とか綺麗だとかアンニュイだとか、輝かしいものとはかけ離れていた。
(源さんに…………嫌われた?)
――――――――それは、考え得る最悪の結果の一つ。源さんに嫌われること。
「迷惑……だと……」
自身の席で放心状態の僕は、ただただ〝迷惑〟の一単語を吐露しながら天井を眺める、壊れた人型レコードと化していた。そうするしかなかったし、出来なかった。
「迷惑……迷惑……」
僕の今迄の行動を否定された。源さんに、愛しき人に。
何が迷惑だったか? 花束か? 痛バに痛Tか? いや結婚指輪の事を言っているのか? それともそれら全てか?
いや、それら以外も含めた僕の言動全てが―――――――――――――――。
「う、うぅ…………」
目頭が熱くなり、堪らず涙が滴る。
悲しい、悲しいよォ……切ないし、辛いし、心がドン底に落ちる…………。
「あー、中島? 大丈夫か?」
「な、なんか拒絶? されたんだって? 源さんに」
泣いていると、僕の親友たち四人が、心配そうに名を呼んでくる。
僕は袖で涙を拭い、席を立つ。
「すまない心配させて。情けない姿を見せてしまったな」
「いや、別に良いんだけどそれは。……か、帰り一緒にどう? どっか寄らない?」
「い、良いじゃん良いじゃん! アタシ、ハンバーガー食べたいかも」
「おーイイね! いこっか!」
みんな僕を気遣っているのか、バツが悪そうに笑った。良い親友たちだ、こんな惨めな僕を励まそうとしているのか。
「あぁ、そうしようかな。すまない変に気を使わせてしまって」
彼らの優しさを素直に受け取り、教室を後にする。
階段を降り、昇降口で靴を履き替える。すると、
「あ」
「あっ、え、み、皆さん」
ちょうど源さんとバッタリ鉢合わせた。
「源さん」
「…………」
一瞬目が合ってから、視線を逸らされてしまった。自分が忌避対象なのだと改めて実感させられる。まごう事なきショックだ。そうか、避けられているのか僕は…………。
哀しみからか、上履きを持つ手が重い。というか身体全体が重い。地面が軋むような感覚に陥り、同時に心も沈んでいく。
「ちょちょ! 源さん、マジでありがとう!」
「オレ源さんの事見直したよ」
「あんな惚れまくってたのによく耐えられたね~」
「あっ、こ、今回もヤバかったんですけど。が、頑張らないとまた皆さんに迷惑かけるって思って…………」
「やるじゃんマジ。最高だって」
「根性みせたな~。ホントよくやったよ」
「で、でもまだ完全に振ったって訳ではないですし、中島君の呪いは解けてないみたいですし、それに……振るのってちょっと心苦しいというか……」
「なに言ってんのこれからじゃん? もうドンドン振っちゃおう!」
「中島のカバーは、まぁアタシ達がするからさ。気にしなくて大丈夫だって ね?」
「つうか何だったら、俺らと一緒に帰んね? このままの勢いで中島振れって! な!」
視界の隅で四人と源さんが何かコショコショ話をしているが、正直それどころではない。
頭の中では、源さんにどう思われているのかで一杯である。
僕は、嫌われてしまったというのか? どうなのだ?
ただ確かな事は、僕は源さんにとって迷惑らしい。
それから、僕は親友たちと源さんと、六人で駅まで向かった。親友たちが源さんを誘ったらしい。やはり気遣ってくれてるのだろうか。その心は本当に嬉しく思うけれど、しかし今はどうすれば正解なのか皆目見当もつかない。
断章する皆の背中を眺めながら、長い坂を下っていく。駅まではまだ遠いが、源さんと会話を交わせそうにない。それは親友たちが彼女と何か話していて、タイミングが無いのもあるが、僕自身が話す勇気がないのである。
辛いなぁ、ああ辛い。ちょっと前なら、それこそ昼過ぎまでは軽いお喋りなんて容易だったのに。
などと思っていると、いつの間にか駅に着いてしまった。改札口を抜け、二番ホームへ続く階段を昇る。
このままで、いいのだろうか。
本当にこのまま別れてしまってもいいのだろうか。源さんと別れて明日になって、それで声を掛けられないまま、一生疎遠になってしまう。そんな光景が頭の中で過る。
そうなりたくはない。このままでいい訳がない。だがどうすればいい? もっとストレートに告白すべき…………いやいや馬鹿なのか、源さんに迷惑がられているのだぞ? じゃあどうする? なんて声を掛ける?
――――いや、そもそも僕は、源さんに声を掛けることさえ許されないのではないか。
――――だって、拒絶されているのだから。迷惑だと思われているのだから。
二番ホームに着く。下校時刻なので生徒の姿がチラホラ見受けられた。
僕らはなるべく人が居ない、ホームの端の方へと移動する。
端には鳩が数羽、点字ブロックの上で仲良く居座っていて、空き缶が三つほど転がっている。「あ、ポイ捨てされてんじゃん」と親友たちが怒っていたが、しかし、僕にとっては正直どうでもいい事で、やはり頭の中は依然として源さんで一杯である。
僕は、鳩を間近で見たくて近寄ろうとしている、可愛らしい源さんに視線を向ける。嗚呼、確か源さんの好きな動物は鳩だったか。意外なチョイスだがそこも可愛い。
…………先の告白で、迷惑ですと言われた直後に源さんは逃げて行ってしまったので、詳しい事情は知らない。僕が迷惑とは、いったいどういう事なんだろうか。どこが迷惑だったのだろうか。知りたいし、源さんから直接聞きたい。
そんな時、アナウンスが鳴る。間もなく特急電車が通過する胸が伝えられる。
かなり大きなアナウンス音だったので、鳩たちは一斉に羽ばたいた。
すると近くにいた源さんがそれに慄き、一歩後退する。
そして捨てられていた空き缶を右足で踏んで、そのまま大きく綺麗に滑って、
「きゃ」
ホームから落ちて、線路へと落ちて、
――――そして、特急電車が源さんに目掛けて突っ込んできていた。
「み、源さ……」
親友の誰かが彼女の名を呼ぶ途中で、既に僕の身を投げてしていた。
頭で考える間は無く。思考を巡らす前に身体が線路へと降りていた。
源さんへの〝愛〟が、脊髄反射で僕を動かしていた。
「な、中島く、」
「皆、源さんを」
「ヒャイ⁉」
瞬時に源さんを抱きかかえると、ホームの親友たちへと優しく投げる。
親友の一人が源さんをキャッチしたのを視界の端に捉えて、僕は正面の電車に向き直る。
電車との距離、約十メートルといったところか。元々通過予定だったから速度は落ちていない。七十~八十㎞といったところか? これは流石の僕でも避けることは出来そうにない。
(ならば、迎え撃つ‼)
来い、止めてやる‼ 源さんへの愛のパワーに目覚めたこの僕に、止められないものなどな、………………………。
『迷惑です』
「ッ‼」
刹那、フラッシュバックする先程の記憶。源さんに言葉が脳内を木霊する。
それと同時に、僕の視界には、運転手の恐怖に歪む顔が映っていた。
電車に人が轢かれたら、普通その人は死ぬ。人が血飛沫を上げバラバラに吹っ飛んでいくというのは、あまりにも有名な話であろう。
ならば、人間でなければどうだろうか。
例えば車。車種にもよるが、軽トラの場合大体700~900㎏がベースであり、当然相当な重量があると言える。
外装も鉄でできており、部位にもよるが基本硬く出来ている。
もし、停車している軽トラに時速70~80㎞の電車が衝突したらどうだろうか。
当然どちらも無事では済まない。軽トラは面白いほど吹っ飛ぶであろうし、電車の先頭、つまり運転席を始めとした一車両目も危ういであろう。
そして、ここで考慮すべきなのは、僕は軽トラよりも遥かに頑丈であるという点。
恐らく、電車ではビクともしないし、何なら電車をペシャンコにしてしまうかもしれない。
誰かを好きになった人間が強くなるのはよくある事だが、僕の源さんへの愛は、とてつもなくデカい。それはもうこれまでの僕を見ていれば嫌でも理解しているだろう。
そう、つまり今の僕は、トンデモなく強く、電車なんて屁でもなく。
このまま電車に激突すれば、運転手や乗客が危ないのである。
………あと、電車と激突するまで数センチ。




