外伝 ルーナ
ものごころがついた頃には、わたしはすでに“流れ者”の集団の中で暮らしていた。たぶん親に捨てられたか、元々孤児だったか……今から思えばこの瞳の色のせいだったのだろう。
最初はそれが当たり前だったから何も思わなかった。人種や年齢はバラバラだったし血の繋がりはないと教えられたけれど、みんな優しいし生活に必要な事は全て“みんな”が教えてくれた。“みんな”に愛されて大切に育てられたわたしは確かに幸せだったと胸を張って言える。“流れ者”のみんなは……父で母で、姉で兄で、弟で妹で────わたしの家族だ。
“流れ者”たちの生活は決して楽ではない。過酷だと言ってもいいはずだ。定期的に場所を転々と変えながら、自分たちの特技を披露してはその日のお金を稼いでいた。
もちろん稼ぎが少ない時もある。移住者だから畑を作ることは出来ないし、わたしたち流れ者を良く思わない国だってあるからだ。そんな時はわずかな食料をみんなで平等に分け合ってしのいだこともある。さらに何もなければみんなで野草を摘んで薄いスープを作った。苦かったし美味しくない。でも……身を寄せ合って啜るスープは温かかった。わたしはそんな生活が決して嫌いではなかった。
子供たちは幼い頃はみんな裏方で働いて、それなりに大きくなったら自分の特技を見つけてお金を稼ぐのだ。わたしは体を動かすのが好きだったから裏で飛んだり跳ねたりしていたら、長がそれを見て「踊り子にならないか」と言ってくれた。
だからわたしは踊り子になった。だが、おしとやかにクルクル回るような上品な踊りじゃない。わたしが踊るのは、飛んだり跳ねたり……汗を飛び散らしながら生命力と躍動感を表現する“躍り”だ。なぜかそれは貴族たちにやたら受けたのでお金をいっぱい稼ぐことができた。どうやらこの動きが物珍しかったようだ。
珍獣扱いだって構わない。これでみんなにおなかいっぱい美味しい物を食べさせてあげられる。やっと恩返しが出来るのだと、嬉しい気持ちで溢れていた。
テントを飛び出し、空の下でめいっぱい躍るのだ。その時のわたしは、きっと輝いていたと思う。
だが、成長するにつれて色々な噂話が耳に入るようになった。────わたしの灰色の瞳の色は不吉な存在らしい。ショックだった。周りのみんなは「気にすることはない」と言ってくれたけれど、それでもわたしの踊りを見に来る観客の目が気になるようになってしまった。
お金をもらうからには手を抜く気はないが……。どうやらわたしは評判の踊り子であったが、それと同時に蔑まれる対象でもあったようだ。
この、銀髪と灰色の瞳のせいで。
ショーが終わった後、「灰眼でさえなければ遊んでやったのに」と、よくゴロツキの男どもが笑いながら言ってきた。もう慣れたことだったが「不吉だから遊ぶ価値もない」と揶揄われたのだ。もちろんそんな思考の男に遊ばれる趣味はないので笑顔でバケツの水をぶっかけてやったが。
逆上した男たちによく殴られそうになった。だが、その度に流れ者の仲間たちが庇って助けてくれた。特に、流れ者たちの中でリーダー的存在だった彼が体を張って助けてくれた時は妙に胸がざわめいていたっけ。……それが、初恋だなんて知らずに。
リーダーが「俺にもルーナの躍りを教えてくれるか?」と言ってくれたのが嬉しくて、いつか一緒に空の下で踊ろうと約束したのだ。とても嬉しくてずっと胸が高鳴っていた。わたしは幸せだった。
でもゴロツキたちに腹いせで悪評を流されたせいで、その後のどの国へ行ってもあまり良い言葉は言われなかった。だが、不思議なことになぜか毎日満員で客足が絶えないのだ。口ではどう言っていても、わたしの躍りに魅了されたのだろうとリーダーが言ってくれたのでわたしは自分の躍りに誇りを持つことにしたのだ。それに、躍りの技術なら誰にも負けない自信がある。
そんな時、ラスドレード国へやって来た。
まさかこの国でわたしの人生が決まるなんて思いもせずに、わたしは精一杯に躍った。その国の王太子がお忍びで見に来てるなんて知らなかった。
いつも通り数日間ほど躍りを披露し金を稼いで去るはずだったのだ。
その夜だった。王太子が流れ者たちの寝泊まりするテントへやって来た。酷く横柄な態度で怖かったのを覚えている。そしてわたしを見て開口一番にこう言ったのだ。
「その灰眼を買ってやる」と。
もちろん、流れ者たちのリーダーだった男が即座に断ってくれた。わたしは大切な仲間で家族だと。
だが、次の瞬間────彼の首が飛んだ。
それを目撃したみんなは悲鳴を上げて、でもその場から逃げ出したりしなかった。自分以外の誰かを守るように腕を広げていたり、幼い者を守るように抱き締めていた。
いつもわたしを守ってくれていた彼が死んだのだ。目の前が真っ暗になりそうになった。
それを見ていた王太子は「はははっ!」と乾いた笑いをしながら、自身の足元へ転がってきた彼の頭に唾を吐く。そして、未だに血飛沫を飛ばしている彼の身体を踵で踏みつけながら「灰眼を渡すか、全員不慮の事故で死ぬか。どちらかを選べ」と言ったのだ。
「…………」
みんながあまりの酷さに黙っていると、数枚の金貨を放り投げてきた。
その時に思ったのは、“このままではみんな殺されてしまう。”それだけだ。だからわたしは王太子を受け入れると言って一歩前に出た。彼の死を無駄にするわけにはいかないから。
わたしを慕ってくれていた幼い子供たちが震える手で服の裾を掴んだのがわかったが、わたしはそれを見なかったフリをした。そして、満足そうな顔をした王太子はわたしの腕を乱暴に掴んだのだ。
どうかみんなは、早くこの国から逃げて。そう願いながら。……それから、その願いが叶ったのか流れ者はこの国に寄り付かなくなったようだった。
王太子がわたしを連れ去った理由は、わたしの不吉だと言われるがとても珍しい灰眼に興味があったらしい。見た目も美しいと褒められたが嬉しく思うはずもない。
よくよく聞けば、すでに結婚しているのだとか。この国の王家に興味なんて無かったから知らなかったが、王妃どころかさらに側妃がふたりもいるくせにわたしに愛妾になれだなんて……とんでもない王太子である。
王太子がいうには「身分が足りない」から、側室にもなれないのだと。もちろん、流れ者なのだから身分なんて無いに等しい。それがわかっていて連れてきたくせに……それでなくても嫌いだったのに、さらにこの王太子が嫌いになった。いつか殺したいと思うくらいに。
それからわたしは、あいつのお気に入りの愛妾として王宮の離れに住むことになった。だがこれはどう見てもただの監禁だ。常に監視の眼があって息苦しい。
結婚式もしていないのに、初夜だと言われたその夜。わたしがどれだけ泣いて嫌がっても「もし逃げたら、どんな手段を使っても流れ者たちを全員殺す。必ずだ」と脅してきた。そして────無理矢理自分を受け入れさせたのだ。ハジメテのそれは、痛くて屈辱的で……心を殺すには充分だった。行為をされている間に脳裏によぎったのは流れ者のリーダーだった男の笑顔だ。
あぁ、わたしはあの人が好きだったのね。こんな時に初恋を自覚するなんて……と、身体の痛みか心の痛みなのかわからない涙を流した。
結果として、それから数カ月後……わたしは男の子を産んだ。
わたしにそっくりな銀髪と灰眼の男の子だった。あの王太子の面影が欠片も無くて、心の底からホッとしたのを今でも覚えている。……ああ、なんて可愛いのかしらと安堵した。
その後、あの王太子が国王になったと聞いた。そして、すぐに不安が募ってしまった。だってこの子は《《わたしに》》そっくりなのだ。
この国では灰眼は不吉な存在のはずだ。いくら新しい国王の愛妾が産んだとはいえ、王家の血を引いた子供が灰眼なんて問題になるのではないか。わたしだってそれくらいはわかる。
そして運悪く同時期に男児を産んだ王妃はわたしの存在を煩わしく思っていて、この子の存在に怒り狂っているとも聞いた。この子の命が危ないのではと、神経を張り詰めていた頃……、ラスドレード国で国王よりも尊い存在だと聞いていた占星術師が「灰眼の赤ん坊を今すぐ殺したらラスドレード国に災いが降りかかるだろう。いずれその時がくるまで其の子供を王子として育てよ」と言ってくれたのだ。
まさに奇跡だと思った。古い歴史は知らない。でも、この国ではなぜかはわからないが占星術師の言葉は絶対だと言う事だけは知っていた。
だが安堵したのも束の間……息子は「その時」が来るまで生かされる事になり、勝手に死なれるとラスドレード国へ災いをばらまいてしまう厄介な存在……“呪われた王子”として育てられることになってしまったのだ。
奇跡は、災いへと転じてしまった。でも、即座に殺されなくて良かった、そう思うことにした。時間を稼ぐことができたのだから。
わたしを孕ませたあの男は子供には無関心だったので、わたしひとりで“ジーンルディ”と名付けた。
占星術師の言葉通り王子として王宮で暮らし育てられたが、きっとこの子には地獄のようだっただろう。そんなの、周りを見ていればすぐにわかる。
表面上は王子として扱われているが、メイドはジーンルディの瞳を見ただけで怯えている。わざとらしく影で泣いている者もいた。もちろんジーンルディは何もしていないのにだ。気がつけば、周りを警戒する子になっていた。一部の人間以外には決して気を許さない……そんな子になっていたのだ。
誰の浅知恵かなんてすぐにわかった。
さらには、あからさまに悪態をつく者も増えた。国王に蔑ろにされている王子ならさほど罪にならないと思ったのだろう。それも全て、わたしが流れ者だったからだ。
ジーンルディは隠していたようだが、中には王子である立場を悪用しようと近付く者もいたようだ。だから何度もあの男に訴えた。国王の寵愛なんてどうでもいい。この子の継承権も放棄する。わたしを……わたしとこの子を自由にしてくれと、どれだけ願っても国王になったあの男は受け入れてくれないのだ。それを訴えた時は必死の形相で痣が出来るくらいに押さえつけられ、頬を打たれた。そして痣だらけのわたしに「逃がすものか」と吐き捨てる。それの繰り返しだ。
この子の異母弟妹たちも同じだ。
同時期に産まれた王妃の息子は数日の差とはいえジーンルディの弟にあたる。髪や瞳の色は全く違う。だが、成長するにつれて顔がなんとなく似ている気がすると侍女に言われた。母親が違うとはいえ兄弟なのだから当たり前なのかもしれないが……ジーンルディが国王に似ていると言われたような気がして気分が悪くなった。
ジーンルディは弟の存在を知って嬉しかったみたいだけど、仲良くなれるかどうかなんて聞かれてもわたしには答えることが出来ない。
「呪われた灰眼」
「不吉な存在」
「愛妾が産んだ出来損ない」
「王家の恥」
「国王をたぶらかした娼婦の息子」
「早く消えればいいのに」
「あいつのせいでこの国は脅かされる」
ジーンルディが生まれてから散々言われてきた。もっとえげつない言葉も。できるだけ悪意から守ってきたつもりだけど完璧じゃない。本人が傷付いているのだってわかってしまった。
それでも、耐えて耐えて耐えて……毒も嫉妬も、わたしにとってはどうでもいいのだ。すべては愛するわが子の為ならば国王だって騙してみせる。
いつかきっと、“その日”がくると信じて。
***
「まぁぁぁぁ!なんて可愛らしいお嬢さんなの!?」
まさか、生き別れになるかもしれないと思っていた息子がお嫁さんを連れて帰ってくるなんて?!と、つい興奮してしまった。だって神様の奇跡だとしかいいようがない。この体が崩れ落ちる前に、我が子の幸せそうな姿を見れるなんて思いもしなかったのだ。
少し話しただけで聖女様が大好きになった。
ジーンルディが去ったあと、嫌なことも新たな出会いも色々あったけれど────。やっと“その時”が来たのだ。
この聖女様なら、きっとわたしの大切な息子を幸せにしてくれる。そんな風に感じた。
だから、願ったのだ。どうか、幸せになるべき人が幸せになりますよに。と。
ああ、ジーンルディ。わたしの大切な子供。あなたはわたしが母親であることを恨んでいないかしら?ツライ想いばかりさせてごめんなさい。
でも、わたしはあなたがいてくれて幸せだったわ。そして最後も大好きな息子の腕の中で死ねるなんて、神様からのご褒美よね。
でも、もしも叶うならば……。
「────あぁ……もう1度、空の下で……躍りたかった……」
神様、わたし急に欲深くなってしまったみたい。空の下で躍るのと同じくらい、やっぱりジーンルディと一緒にいたいわ。それに聖女様とだってもっと一緒にいたかった。ふたりの側で、躍りたいの。ふたりの幸せな姿を、1番近くで見続けられたらいいのに……。
それにね、あの人にも……流れ者のリーダーだったあの人にもう一度会いたいの。あの世で待っていてくれるかしら?
あの人は、いつも優しい目でわたしを見てくれていたわ。それにね、ものすごく記憶力がよかったのよ。だからきっと、わたしのことだって覚えていてくれると思うの。……ふふっ。でも、あの人は朝が苦手でよく寝坊していたから、もしかしたらまだまだ寝てるかもしれないわね。
それならわたしが起こしに行くわ。あの頃のように────。
***
「────?」
朝日の眩しさで目が覚めると、目尻と頬がぐっしょりと濡れていた。何か夢を見ていたような気がするんだけど内容が全然思い出せないのだ。
「……あ、いけない!今日はルーナおばあちゃまのお墓参りの日だったわ!」
パジャマの袖で頬を拭い、急いで朝の支度をする。少し前から家族で異国に来ているのだが、なんとその日に異国の女王様……レベッカおばさまの赤ちゃんが生まれたのだ。赤ちゃんはコリンと名付けられたんだけど、とっても可愛くて大好きなの!
赤ちゃんが生まれたんだから、私はおねぇさんだもの。おねぇさんは朝だってひとりで起きて、支度だって出来るんだから。
それに、私の指を小さな手できゅっ!て握ってくれたんだもの!私が守ってあげなきゃいけないわ。
それで、レベッカおばさまと赤ちゃんが落ち着いてからみんなでお墓参りをしようということになった。お墓参りが終わったら私は自分の国に帰らなくちゃいけないから、その前にもっと赤ちゃんとも遊びたいと思ったていた。あーあ、お家に帰っても赤ちゃんがいたらいいのに!
「あっ!レベッカおばさま、おはようございます!赤ちゃんは起きてますか?」
部屋の外へ出るとレベッカおばさまがいた。私に気付くと優しく笑ってくれる。
「ルゥナちゃん、おはよう。今日も元気ね。……それが、まだ起きないのよ。そろそろミルクの時間なのだけど、どうしようかしら」
どうやら赤ちゃんはお寝坊さんらしい。朝は苦手なのかもしれないと思った。
「それならわたしに任せて!私はおねぇさんだから、優しく起こしてあげるわ。ちゃんと本で読んだから知ってるの」
「あら。じゃあ、お願いしようかしら?おねぇさんは頼りになるわね」
レベッカおばさまにそう言われてなんだか嬉しくなった。そして赤ちゃんの寝ている部屋に入ってその小さな顔をそっと覗き込む。
「……赤ちゃーん。そろそろ朝のミルクの時間ですよ~。起きてミルクを飲んだら、おねぇさんが遊んであげるわよ?絵本だって読んであげるんだから……ね、コリン」
すると、コリンは可愛い目をぱっちりと開けてにこっと笑ってくれたのだ。
「コリンはお寝坊さんだね。でも大丈夫よ、私がちゃんと起こしてあげたからね」
「ばぶー」
差し出されたルゥナの指先をコリンが嬉しそうに握った。
「私ね、父様も母様も大好きだけど……コリンのこともとっても大好きよ。《《今度は》》私がちゃんと守ってあげるからね……」
?
コリンを見ていたら自然と口からついて出てしまったが、《《今度は》》って、なんだろう?
しかし私がその事に悩み出す前にコリンが「うきゃっ」と笑い声を出したので、いつの間にか私の意識はコリンへと集中していた。
「おなかすいたのね?今、レベッカおばさまを呼んでくるから待ってて!」
それから私は、コリンにミルクを飲ませたりオムツを替えたり大忙しだ。レベッカおばさまはニコニコと笑いながら私に任せてくれる。なんてったって、私はおねぇさんだからね!
「ふふっ。コリンったらすっかりルゥナちゃんに懐いてるわね。まるでずっと昔から知っているみたいだわ。そうだわ、ロティーナ様!ルゥナちゃんをコリンの婚約者になんてどうかしら?」
「うふふ。レベッカ様ってば、ご冗談ばっかり。それにやっぱり本人たちの意志を聞いてからでないといけませんよ」
「でも、コリンはすでに母親よりもルゥナちゃんに夢中な気がするわ。あれは、それこそ前世から好きだったみたいなうっとり顔よ!息子の初恋を目撃出来るなんて……ルゥナちゃんなら大歓迎ですわ!」
「生まれたばかりの赤ちゃんなんですから、さすがにそれはないかと……。もぅ。聞いてませんわね、レベッカ様ったら」
そんな母親たちの会話を聞いていたのかどうかは知らないが……コリンはご機嫌なのだった。
「もう少し大きくなったら、罠の作り方とか躍りを教えてあげるわ。そしたら一緒に空の下で躍るの。約束よ、コリン」
「ばぁぶ」
約束だよ。と、コリンが言った気がした。
終わり




