50 その正体は(ジル視点)
「────レベッカ様。……本当にレベッカ様なんですか?!」
ロティーナが声を震わせて名を呼んだその女性には見覚えがあった。
「あの人は────」
確か……アールスト国の王子の元婚約者だった令嬢だ。あの最悪の女のせいで修道院に送られてしまったはずの元公爵令嬢。そして────ロティーナの親友。
ロティーナを優しい眼差しで見ているレベッカ嬢の着ている服は黒で統一されたシンプルなドレスだったが、そのドレスに施されている刺繍はラスドレード国独特の物で……異国の占星術師がいつも着ているドレスだった。
ただ、占星術師はいつも顔を隠していたので女性である事以外は素顔も年齢すらも不明だったのだ。
その、占星術師だけが着ているはずのドレスを……レベッカ嬢が着ていた。
輝く金髪と海のような濃いブルーの瞳をしたレベッカ嬢が、ロティーナをそっと抱き締めて心底嬉しそうな顔をした。そこに邪心は感じられないが……。
「ロティーナ様、会いたかったですわ」
「レベッカ様、私も会いたかったです!……でも、どうしてラスドレード国に?」
「それは────」
レベッカ嬢はロティーナを抱き締める腕に力を込め、ブルーの瞳に涙を浮かべた。
***
レベッカ嬢の口から語られた事実に全員がごくりと息を飲む。
「わたくしは確かにあの時断罪され、修道院送りにされました。ですが……」
レベッカ嬢が冤罪を訴えてもアールスト国の王子は聞く耳を持たずに即刻に彼女を修道院送りにした。
冤罪な上にあのアミィに嵌められたのは周知の事実だったが味方は誰ひとりとおらず、レベッカ嬢は両親との別れすらも出来ないまま修道院行きの馬車に押し込められたそうだ。
そして、しばらくは修道院での厳しい生活が強いられた。ロティーナとのわずかな手紙のやり取りだけはなんとか見逃して貰えたものの公爵令嬢として育ってきたレベッカ嬢にとっては苦しい生活環境だっただろう。そして、ロティーナに最後の手紙を送った後……その修道院が盗賊に襲われたのだと言った。
ほとんどの修道女たちが殺され修道院にも火が放たれたが……レベッカ嬢は奇跡的に逃げ延びたらしい。その後、森で生き倒れているところをたまたまラスドレード国の占星術師の手の者が通りがかりレベッカ嬢を連れてきたらしいが……。
「そんな……、修道院が襲われた?火で焼かれたなんて、そんなの何の情報も知りませんでした……」
「あそこは修道院と言っても実際は罪を犯した女達を囚役しているだけのような場所でしたから、アールスト国は元より守る気などなかったのです。ですから、盗賊に襲われ潰されたとしても気にしなかったのでしょう」
そうだ、確かレベッカ嬢の送られた修道院はアールスト国の管理内にあったはずなのに、あの国ではそんな話ひとつも出てこなかった。あの馬鹿王子や宰相が管理者と内通していたのならば、都合の良いときばかり悪用して普段は放ったらかしにしていたって所だろうか。
レベッカ嬢は1度息を吐き、ロティーナの瞳をまっすぐに見つめる。
「……わたくしは、占星術師に言われたのです。わたくしがここへきたのは必然だと。ラスドレード国の王族もわたくしがいることは知りません。秘密裏にここで匿われ……次代の占星術師として教育されてきました」
レベッカ嬢は言った。
先代の占星術師は“呪われた王子”と“聖女”の予言を自分に託し、ひっそりと死んでしまったと。
オレの運命を左右させた占星術師がすでに死んでいたと聞いて思わず「……そうだったのか」と声が漏れた。オレにとって占星術師はある意味命の恩人でもあったが、その死を聞いても悲しみはなかった。ただ、もういないんだ。と、そんな不思議な虚無感だけが心に残っていた。
「わたくしには占星術師の才があったようです。そして代々の占星術師の秘密をジーンルディ王子にお伝えするように伝言を承りました。……聖女を連れてここへ来たのですもの、今さら真実を聞きたくないなんておっしゃらないわよね?」
にっこりとオレに微笑みを向けるレベッカ嬢の顔つきはもうか弱い令嬢のそれではない。それに、今の彼女は言葉ひとつでこの国をどうとでもできる立場にいる。
そう、今はこのレベッカ嬢がラスドレード国の命運を握る“占星術師”なのだから。
「……もちろん、どんなことでも受け止めてみせるさ」と、オレは頷いた。




