32 断罪劇のその後の話(エドガー視点)
※残酷な表現があります。ご注意ください。
それは雲ひとつ無い、一雫の汗もあっと言う間に蒸発するようなそんな暑い日だった。いつもならこの身を焼きつくすように照らし続け体力を奪うだけの太陽など忌まわしいだけだったが、その日だけは違ったのだ。
その日、俺は心の底から歓喜した。不幸が重なり奴隷に身を落とし、信じていた兄や母上にも裏切られ、絶望しながらもそれでも生きる事にしがみついてきた。その努力が実ったのだ。
あぁ、神は俺を見捨てなかった!
なぜなら、叶うはずがないと諦めながらもずっと夢見てきた瞬間を味わうことができたからだ。
もう2度と、会う事も視界にうつす事すらも出来ないかもしれないと思っていた俺の女神が俺の花嫁として目の前にいる。こんなに嬉しい事が他にあるだろうか?しかも結婚祝いだからと、なんとミルクのスープと透明な水まで与えられた。飲み水が濁っていないなんてまさに奇跡だ。
「う────!う────!」
やはりアミィは俺の女神だったのだ!と、嬉しくて俺はアミィを力いっぱい抱き締めた。嬉しすぎてつい力が入ってしまった。だがアミィなら許してくれるだろう。アミィは優しいし、いつだって俺を肯定してくれていたのだから。
だってしかたないじゃないか。だって、アミィは隣国の王子ではなく俺を選んでくれたんだ。公爵令嬢や王子妃の地位を捨て、俺との真実の愛を選んでくれたんだぞ!嬉しくないはずがない!
今の俺には宝石もドレスも贈ることは出来ないが、俺に出来ることはなんでもしようと誓った。アミィが望むなら寝床の藁だって山盛りにしてやるし、夕食の硬いパンだって俺の分も全部食べさせてやろう。慣れれば食べごたえがあるし、ちぎって水でふやかせば結構美味いんだ。
「……ごめんなさい。許してください……」
久しぶりのアミィの声が俺の鼓膜を震わせる。あぁ、なんて美しい声なんだ。寂しかったのか少し震えているようだが、これからは俺が側にいるから安心して欲しい。
俺はアミィを娶るために1番過酷だと言われている仕事を誰よりも最速でやり遂げた。もう誰にもアミィを奪われたくなかったらだ。その喜びを伝えようと口を開いたが、やはり俺の喉からは「ゔ────っ」と獣の唸り声のような音しか出てこない。今すぐ愛を伝えたいのに残念だ。だからせめて体で伝えようとさらに腕に力を込めると、俺の腕の中でアミィは真っ青になってガタガタと震えて出した。もしかして寒いのだろうか?こんなに外の気温は高いのに……。
不思議に思い、改めてアミィをじっくりと見つめる。今は髪もパサパサで、着ているものもあの頃のドレスとは程遠いがやはりアミィは美しい。涙を流し、鼻水まで流してるがその美しさを損なうことはなかった。そこで俺のテンションはかなり上がってしまった。はしたない男だと思われてもいい。だってこれは、運命の出会いなのだから!
「ゔ────っ!!!」
俺は歓喜して、もっともっとと、アミィを全力で抱き締めた。瞬時に彼女の体が俺に寄り添うようにくの字に曲がる。こんなに密着してくれるなんて、アミィもかなり大胆だな。と、それはそれでまた嬉しくなる。
そして、バキッボキッと変な音が聞こえてきたと思ったら「○☆◇▽◆□?!」とアミィが泡を吹きながら何かを叫んだがよく聞き取れなかった。もっとハッキリ言ってくれないとよくわからない。ここで働き始めてから耳が悪くなった気がする。そういえば昔より腕の力が強くなっただろうか?毎日岩や丸太を担いでいるせいだろうか。
アミィの腕がだらんとぶら下がり、ヒューヒューと息が漏れたかと思うと鼻から血が流れてきた。アミィもよほど嬉しかったのだろう、顔が真っ赤を通り越してどす黒くなってきていた。
そうか、興奮し過ぎてしまったか。それほど俺との再会に喜んでくれていたなんて……アミィはそれほど俺と会えなくて寂しかったんだな。
……大丈夫だよ、アミィ。これからは俺が君を守るから。毎日抱き締めてあげるから。
「……ごべんなざい、だじげでぐだざい……」
俺をすがるように見つめてくるアミィの姿と鼻から下を真っ赤に染める血の色に、今までに感じたことのない快感が背筋をゾクゾクと走った。
俺はアミィの鼻から滴る血をべろりと舐める。それはミルクのスープよりも甘くて美味しい。そうしてわかったんだ。そうか、アミィ。君は俺の為にその身を捧げてくれるんだね?俺とアミィは本当の意味でひとつになれるんだ。これこそ、究極の愛なんだ────。
愛しているよ、アミィ。君こそが俺の女神なんだ……。
数年後、聖女と呼ばれる女奴隷が死んだ。
奴隷たちの願いにより、かつて彼女が花に飾られて座っていた木の台の上にその死体が置かれ、みんながその死を嘆いたそうだ。
体中の骨はなぜか粉々に砕かれ手足はあり得ない方向に曲がり、泥と土に汚れた肌には数えきれない程の噛み痕があったとか。
まだ年若いはずなのに、体内に血が残ってないかのように干からび、黒く長かった髪もほとんど残っていなかった。
だが、その顔はそれこそ聖女のように微笑んでいたという。
そして死体は切り刻まれ、奴隷たちはその破片の奪い合いを始めた。
1度は景品となりたったひとりの男の物になってしまった聖女が、やっと自分たちのものになると、死してもなお男たちは自分たちの唯一無二の聖女を求めたのだ。
そんな聖女の首から上を抱き締めて死んだひとりの奴隷がいたそうだが、その奴隷の胃袋からは血にまみれた大量の黒い髪の毛が出てきたと言う。




