3 “俺”という存在価値を知れ(エドガー視点)
「お引き取りください」
「はぁ?貴様、何を言っている……わざわざこの俺が来てやったんだぞ?」
友人たちと楽しく庶民の店で酒を飲んだ翌日、俺は婚約者であるロティーナの家……アレクサンドルト伯爵家の門の前にいた。
いつもなら無表情ながらも俺の顔を見ただけで門の鍵を開けて中へ招き入れてくれる伯爵家の老執事なのだが、なぜか今日に限って門の内側から俺を拒否する言葉を吐いたのだ。しかも、なんとなくだが俺を睨みつけているような気さえする。
せっかくこの俺かロティーナに会いに来てやったと言うのに、まさか門前払いにするなんてどういうつもりだ!?
思わず怒りが爆発しそうになったが、ここはぐっと堪える事にした。
なぜなら昨夜、友人たちに「いいか?ロティーナ嬢はもちろんだが婿入りするんだったら伯爵家の執事や古株の使用人なんかにも気に入られておくとか、今から懐柔でもしておかないと後々面倒な事になるぞ。確か伯爵家には昔からいる頑固そうな老執事がいるんだろう?」とアドバイスをもらったことを思い出したからだ。
そして、この目の前にいるジジィこそがロティーナが生まれる前からアレクサンドルト伯爵家にいる古株の老執事なのである。確かにそれなりに発言力を持っているようだから目をつけられると厄介かもしれない。まぁ、全ては結婚して俺が伯爵家を継ぐまでの我慢だ。その時が来たならば真っ先にこの老いぼれをクビにしてやろうと思っていた。
「俺はロティーナに会いに来たんだ。執事ならば早くロティーナに大切な婚約者様が会いに来てくれたと伝えにい「お嬢様は本日ご多忙につき、事前にお約束のない方とはお会いになりません。どうぞお引き取りください」えっ、なっ、ちょっ……」
取り付く島がないとはこういうことか。と言うほどに老執事は冷たい視線を向け頭を下げたかと思うと踵を返してさっさと屋敷へと戻ってしまったのだ。
「お、おい!このエドガーが来たと伝えろと言っているだろう?!早くこの門を開けろ!おい、こら!待てと言っているだろうが?!耳まで耄碌したか、このクソジジィ!」
鉄の門を掴んでどれだけ叫んでも老執事が振り返ることはなく、結局ロティーナが屋敷から出てくることもなかった。
おのれ、あのジジィめ!!
全くなんだというんだ。せっかく俺がわざわざご機嫌取りにきてやったと言うのにこんな対応をするなんて……ロティーナは使用人の躾も碌に出来ないようだ。やはり結婚した後は俺が全ての使用人を躾し直してやるしかないようだな。決して俺に逆らわず従順に従うようにしなければなるまい。そうだ、その時はあのしょぼい酒場の生意気なバーテンダーとやらも無一文でこの領地から追い出してやろう。名前はなんだったか忘れたが、俺を見るあの目つきが気に入らないと思っていた。この俺にあんな口答えをする奴など俺の領地にはいらないのだからな。
「……チッ!」
開かない門に燻る怒りをぶつけて、思わずその鉄の門を蹴り上げたがガシャンと音を立てるだけでやはり開く事はない。ただ俺の足の爪先が痛くなっただけだった。ああ、ムカつく!俺を傷付けた罪で慰謝料を請求してやりたいくらいだ!
そのまま勢いよく鉄門に唾を吐きかけ、俺は伯爵家に背に向けて歩き出した。つい唾を吐いてしまってから少し考えたら少々ヤバイ行動だったかもしれないと思ったが……どうせ誰も見ていないのなら問題無いだろう。どのみちあの伯爵家はすぐに俺の物になるのだしな。
……ふん!ロティーナが多忙だと?事前に約束がないから会えないだと?!ロティーナのくせに何を忙しいなどと偉そうに言っているんだ。伯爵家は俺が跡継ぎになるのだからこれから忙しくなるのは俺であって決してロティーナではない。あいつなど役立たずのただのお飾りじゃないか!
全く、あの女は何様のつもりなんだ!?せっかくこの俺が2番目に愛を囁いてやったと言うのに調子に乗りやがって……!
あぁ、やはりこの世にアミィに敵う女などいないのだな。アミィはいつも優しく微笑んでくれていて、約束などしなくてもいつでも会ってくれるのに。深夜にアミィの屋敷に忍び込んで明け方にこっそり出ていった時はスリルがあってさらに気持ちが燃え上がったものだ。
アミィはそれはそれは心の優しい女性だった。ある時だったか薔薇の花束をプレゼントしたら「花はいつか枯れてしまうわ。わたしはあなたから貰うなら永遠に残る物がいいの。だって、それならずっと身につけていられるでしょう?」なんて上目遣いで瞳をうるうるとさせながら可愛らしい事を言ってくれた。そんなにも俺を身近に感じていたいのかの感動したものだ。だから次の日に大粒ダイヤのネックレスを贈ったらとても喜んでくれたっけ。あの無邪気な笑顔を思い出すだけで心が癒やされるようだ。まさに天使だな。
それに比べてロティーナは宝石よりも花束の方が良いと言うような女なのだ。すぐ枯れてしまうような花の方がいいなんて、俺からのプレゼントを永遠に残しておこうと思わない冷たい女なんだと……その時にそう実感したと同時に失望もした。こんなだから、多少はあったはずの好意も消え失せてしまうのだ。
ついでに言えばロティーナはドがつくケチである。その花束をドライフラワーにするなんて言い出した時はこいつの頭は大丈夫なのか?と疑ったくらいだ。花は瑞々しいから美しいのに、わざわざ花をミイラにするなんて何を考えているのやら。花くらい伯爵家の財力があれば好きなだけ買えるくせに「せっかくだから」なんて、ケチにも程があるだろうと思った。花の一本すらケチるから、この領地に金が循環していないのだ。ならば俺が使ってやるしかあるまい?まぁ、こんなしょぼい領地などに金を落としてもあまり効果はないだろうから、有効的に使うのが良いだろうと結論づけたのだが。
それでも2番目に好きな女だから我慢しているのだ。俺だってどうせならば好きな女と結婚したいし、伯爵家の権力も欲しい。“そう言う意味”でロティーナは魅力的な女だった。
俺ともあろう男が、とんだ女を“好き”になってしまったものだ。だからあの気味の悪い桃色の髪だって頑張って誉めてやってるし、パーティーではちゃんとエスコートもしてやっている。なにせ、俺を伯爵家当主にしてくれる大事な女なのだ。そんなところが愛おしいのだからな。
本当に俺はロティーナをちゃんと愛しているし、ちゃんと大切にしている。こんなにも良い婚約者なのに、ロティーナはなぜ俺を大切にしないのか?そんなだからいつまで経ってもあの女は2番目なのだ。どうして、俺の“1番”になろうと努力をしないのか?努力をしない人間など、なんの価値もないというのに。
まぁいい。結婚さえすれば……俺がどれだけ偉大な男かしっかりと叩き込んでやれるだろう。妻の教育も夫の役目だからな。ここで我慢出来る俺はわがままなロティーナとは違うんだというところを見せつけてやらねばならない。
「……あぁ、アミィに会いたいな」
なんだか無性に“アミィの香り”を嗅ぎたくなってきた。あの艷やかな美しい黒髪に顔を埋めて甘い香りを肺いっぱいに吸いこみたい衝動にかられる。あの香りを嗅ぐと心が落ち着くような気がしていた。
これは浮気ではない。俺をイラつかせるロティーナが悪いんだ。そう、ある意味これは医療行為なのだ。アミィと会うことによって俺の精神は保たれるし、将来的に全てが上手くいくのだから。
結婚するまでの我慢だ。結婚して伯爵にさえなれれば、ロティーナのわがままに振り回されることもなくなる。妻とは夫の言う事に従順になるべきだし、俺のやることに口出しも出来なくなるはずだ。それが正義であり、正しい行為なのだ。だって、あの人がそう教えてくれた。
だって“俺”は、ロティーナには勿体無いくらいの“価値のある素晴らしい”男なのだからと、ロティーナはそうして当たり前なのだと……そう、俺が敬愛してやまないあの人が教えてくれたのだから────。




