12 秘密の協力者は謎しかありません
「とりあえず自己紹介しとかないとな。オレはジルって言うんだ。よろしくね?」
いかにも胡散臭いにんまり顔のまま右手を出し、握手を求める銀髪の男ことジル……さん。手を組むとは一体どういうことでしょうか?私はどうしてもすぐにその手を握り返すことは出来ませんでした。
「……その名前ってもちろん偽名ですよね?それに、その提案とやらも私にそれなりの見返りを求めているからでしょう……。どんな見返りを求めるつもりですか?」
「おや、よくおわかりで」
それでなくても胡散臭いにんまり顔をさらににんまりさせるジルさん。その笑顔に警戒心のせいもあるでしょうが、心臓が飛び上がるのは仕方がないと思いました。
まさか、誰かの笑顔に釘付けになる日がくるなんて考えもしませんでした。この笑顔を見ていると、なぜかソワソワとしてしまったのです。
それくらい、このジルさんが危険人物だということですよね?!さすがは私の心臓です。まさか不審者にここまで反応するとは……。エドガーの件で私の危機管理能力が爆上がりしている証拠でしょう。
だからこそ、その自由奔放ながらも闇を抱えていそうな一瞬の笑みが妙に気になったなんて誰にも言えません。
というか、わかるに決まってます。
だって、あなたが自分で自身をスパイだって言った事を忘れたんですか?いくら私が世間知らずだとしてもスパイが簡単に本名を明かさないことくらい知ってます!
すると今度は嬉しそうなにんまりと裏の読めない笑顔をさらに向けてきます。この人は笑顔のわりに全く隙を見せないし何を考えているのかさっぱりわかりません。
「手を組むって……私はしがない伯爵令嬢ですよ?スパイなんて特殊職業の方と対等に何か出来るなんて思えませんが」
「んー、詳しくは手を組むって約束してもらわないと話せないけど……。うまくいけば君はあのクズ婚約者と問題なく婚約破棄出来るし、伯爵領も平和。さらには君の友達の家も救えるし、ついでにさっきの黒髪の女にもダメージを与えられるかもしれないよ────。って言ったら?」
私はエドガーと婚約破棄ができて、公爵家も助けられる?そしてアミィ嬢にも復讐できるかもしれない……。
その言葉を聞いて心がぐらつきました。それはまさに私が望む全てだったからです。
けれど……
「……条件はなんですか?あなたのような胡散臭い人がまさかただの親切でそこまでやってくれるはずありませんよね。何か私にさせたい事があるのでしょう?」
「と、言うことは?」
「その話、乗ってやりますよ!ってことです」
そう言って差し出されていたジルさんの手をぺちんと叩いてやりました。握手をしなかったのはささやかな仕返しです。それに、もしも断っても私がこの人の正体を知っている限りなにかしら付き纏われるだろうことは必須ですもの。それならこちらも相手を利用したほうがどちらにとっても都合がいいはずです。
エドガーとの婚約破棄はもちろんですが、レベッカ様と公爵家のおじさまやおばさまを助けられるなら可能性があるならやってやろうじゃないですか!
「そうこなくちゃ」
ジルさんは叩かれた手を見てさらに嬉しそうです。この人を見ているとスパイのイメージがどんどん崩れていく気がします。やはり本で読んだ知識と現実は違いますね。
こうして私は隣国のスパイだと名乗る胡散臭いことこの上ないジルさんと共犯者になる事を決めたのでした。
「それはともかく、胡散臭いって酷くない?」
そんなこと言われても、職業がスパイで名前が偽名の人なんて胡散臭い以外どう言えばよろしいのでしょうか?
***
「もう3日も音沙汰無しね……」
あの胡散臭いスパイことジルさんと手を組むと決めたものの、ジルさんは何も説明せずに「オレが胡散臭くないって証明するから」とだけ言って去ってしまい、あれからなんの連絡もありませんでした。もしかしたら彼の口から出た言葉は全て嘘で騙されただけなのかもしれない。そんな風にも考えしまいます。
「お嬢様、またあの不審者のことを考えているんですか?確かにあの場は助けてもらいましたけど、もう関わらない方がよろしいですよ!」
私の考えなどお見通しのアニーが鼻息を荒くして口を尖らせました。あの後、ジルさんのお仲間に連れられて無事に合流したアニーでしたが、その人の顔を見てギョッとしたのを今でもよく覚えています。だって……原型がわからないくらいボッコボコになっていたんですもの。もしや誰かに襲われたのでは焦っていたら、なんと犯人はアニーだというではないですか。どうやら目の前で私が連れ去られ自分も木陰に引きずり込まれたので命の危険を感じ大暴れしたようなのです。それでもエドガーたちに見つからないようにとアニーの体を抱きかかえてさらに口を押さえていたので両手が塞がったそのお仲間は顔を中心に引っ掻かれるは殴られるは、さらに横抱きにしていたので足まで顔に飛んできたのだとか。それでもアニーを離さずにここまで連れて来てくれたことに感謝してお礼を言おうとしたら、こちらが口を開く前に何も言わずに頭だけをぺこりと下げてその場から立ち去ってしまったのです。結局、青髪の長身の方というくらいしかわかりませんでしたが、ジルさんが「あいつ、無口だけど頑丈だから大丈夫」と言っていたのでたぶん大丈夫……なのかしら?しかし、それからずっとアニーは機嫌が悪いままです。誤解したとはいえ、助けてくれた相手をボコボコにしてしまったのはさすがに後味が悪かったのでしょう。結局アニーもお礼を言えませんでしたから。それに、私が勝手にジルさんと手を組むと決めたことも心配でならないようでした。
「アニーを危険にさらしたのは私だもの。もし騙されたとしてもお礼くらいはちゃんと言いたいのよ」
「お嬢様……」
しかしこれ以上なんの連絡もないままなら、これからどうするかを考えなくてはいけません。下手に動くと危ないこともよくわかりましたし、どうしたものか……。
そんな時です。珍しくトーマスが慌てた様子で私の部屋にやって来ました。
「お嬢様、大変でございます!」
トーマスが言うには、我が伯爵家に突然の来訪者があったようなのですが……。
「我々はラスドレード国よりやって来ました使者です。ぜひ、奇跡の桃色の髪をなされているというロティーナ嬢にお目通り願いたく存じます」
その来訪者はいかにも“さわやか”と貼り付けたような笑顔で灰色の瞳を細め、銀髪を揺らすと私の両親に恭しく頭を下げたのです。なんですか、その笑顔。あのにんまり顔よりさらに胡散臭さ倍増なんですけど?!
ラスドレード国とは通称“異国”と呼ばれるかなりの大国で、この国とはほとんど交流は無いはずです。その異国から数人のお供を連れてやってきたというジルさんも、見たことのないその異国の衣装を身に着けているではないですか。
ジルさん、私はひとつだけあなたに聞きたいことがあります。
……あなた、隣国のスパイだったんじゃないんですか?!
階段の上からこっそり覗く私と目が合うと、ジルさんがウインクしてきました。あぁ、そうですか。これも全て「胡散臭くないと証明する」ためのことなのですか。っていうか、両親も巻き込むなら先に言っておいて下さいよ!
嘘にしろ、真実にしろ、異国が関わってくるなんて聞いてません!




