第3話 ー 本の中で動く影
ハルトはダイチの必死な制止を無視し、部屋から本を抱えて出てきた。
「ハルト、もしあの部屋に入ったことがバレたらどうなると思う?
おじいさんだって怒るし、ユノさんも絶対に許さないぞ!」
ダイチの声は震え、額には冷や汗がにじんでいた。
しかしハルトは鼻を鳴らし、床に散らばっていた紙を丸めて扉の隙間に押し込み、階段へと向かった。
「ダイチ、君は怖がりすぎだ。
こんな警告が書かれている本なんて、逆に読みたくなるだろ?
まるで“開けて読め”って言ってるみたいじゃないか。
誰にも見つからないさ……ユイだって僕らの遊びなんて気にしないし。」
ダイチは肩を震わせながらも、仕方なくハルトの後を追った。
その時、ユイが二人の姿に気づいた。ハルトの腕には見慣れない本が抱えられている。
「その本……どこで手に入れたの? 家にそんなのあった?
まさか三階の閉ざされた部屋に入ったんじゃないでしょうね?
あそこは遊ぶのを禁止されてるって覚えてる?」
ダイチは思わず声を上げ、自分の反応に慌てて口を塞いだ。
「い、言ったんだよユイ! 僕は止めたんだ!
でもハルトがどうしても持ち出すって……。
もし呪われてたらどうするんだよ!? あぁっ……ごめん!」
ハルトは二人の反応にうんざりしたように目を回した。
「心配するな。ユイが黙っていれば誰にもバレない。
それに……ユイだって本当は気になってるんじゃない?
この本に何が書かれているのか。」
挑発するような口調に、ユイは小さく鼻を鳴らした。
「ふん……勝手にすればいいわ。私は関係ない。
母さんに見つかったら、責任は全部あなたたちよ。覚えておきなさい。」
そう言って再び机に向かい、勉強に集中し始めた。
ハルトはダイチに小声で囁いた。
「ほらな? 大丈夫だ。ユイは何も言わない。
だから君も余計な声を出すなよ。」
ダイチは首を横に振り、両手で自分の頬を叩いて気持ちを落ち着けた。
顔は真っ赤に染まり、彼は慌てて洗面所へと逃げ込んだ。
その間にハルトは床に本を置き、目を輝かせながらうつ伏せになった。
未知の物語を読み解こうと、ページをめくる準備をしていた。
ハルトはゆっくりとページをめくった。
インクで染みた紙、爪痕のように破れた箇所――表紙の傷跡と同じものに見えた。
警告を無視しながらも、彼は読み進めた。
震える筆跡で書かれた物語が始まる。
読みにくい文字だったが、逆に彼の好奇心を強く刺激した。
『この物語は私自身に起きたことだ。
未来に読む者へ――警告を無視するなら、もう一度伝える。
悪は存在する……それは想像の中に潜み、かつて解き放たれた。
我らはこのページを通して封じ込めた。
奴は嘘と幻で人を誘い、計画を果たそうとする。
もしその姿を見たなら、すぐに本を閉じろ。
奴は必ず誘惑してくる……気をつけろ。』
その一文を読んだ瞬間、ハルトの全身に寒気が走った。
それでも彼はページをめくる手を止めなかった。
本当かどうかはどうでもいい――ただ想像の世界をもっと知りたいのだ。
ページには「物語の守護者」と「悪の化身」が、想像力を守るために戦った記録が綴られていた。
しかし途中のページは破れて欠けていた。
そして一枚――窓の前に立つ男の姿が描かれていた。
その手には、まさにハルトが今読んでいる本と同じものが握られている。
あまりの一致に、ハルトは息を呑んだ。
次の瞬間、絵の中の男が振り返り、ハルトに向かって手を振ったように見えた。
「……っ!」
ハルトは驚いて立ち上がった。
ちょうどその時、顔を洗って戻ってきたダイチが部屋に入った。
濡れた顔のまま、彼は小さな悲鳴を漏らした。
「ダイチ! 静かにして!」ユイが叫ぶ。
「母さんがまた来るわよ……。ハルト、何をしたの? 彼を驚かせてどうするの!」
ハルトは口を開けたまま、本を見下ろし、両手で顔を押さえた。
「い、今……絵が動いたんだ!」
ユイは呆れたようにため息をついた。
ダイチは震えながら扉の後ろに隠れ、恐る恐る本を覗き込む。
「ハルト、私を怖がらせようとしても無駄よ。
きっと君の見間違いだわ。」
ユイは本に近づき、しゃがみ込んでページを覗いた。
「ただの部屋の絵じゃない。人物なんて描かれてないわ。
ダイチを脅かすのはやめて、私は勉強に戻るから。」




