倉野 伊織という災難③
『にゃは、にゃは、にゃはははは、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ』
携帯の向こう側から萩原の大きな笑い声が俺の部屋にこだます。
「……俺もいっそのこと笑い飛ばしてえよ」
『ひーっ、ひーっ。お、面白すぎるよ……倉野さんってそんな面白い子だったんだ。はぁー、もっと早く知ってれば、友達になってたんだけどなぁ』
『なんでもっと早く告られなかったの?』と、わけのわからない言葉を吐かれる。
あの後、頭が情報過多なまま帰路へ着いた。家に着いた瞬間、タイミングを見計らったように携帯にバカみたいに通知が俺の携帯に送られてきた。
そして今現在、こうしてグループ通話で友2人に何があったかの発表会を開いている次第だ。
『で、どうするんだ?』
「どうも何も、とりあえず友達からって話で終わってる。できればフェードアウトしたい」
『……健闘を祈る』
「おい倫太郎!見捨てんのかよ!俺ら天に誓い合っただろ!生まれた日は違うけど、死ぬ時はときは同じ日・同じ時を願うって!」
『桃園の誓いじゃねぇか……』
『ごめん、それはちょっと重すぎるかも。莉子の最後は、静かな田舎で、眠るように老衰するのを、愛する旦那さんに見届けてもらいたいかな』
こんなバカな会話を3人で繰り広げていると、とんでもない量の通知が、『ピコピコピコピコピコピコン』という音と振動と共に送られてくる。
「おい萩原、急にスタ爆すんなっていつも言ってんだろ」
『莉子なんもしてないんだけど?』
倫太郎…な訳がないし、他にこんなことをしてくるほど距離感の近いやつはいないはず。
「はぁ?じゃあ一体誰が……」
そう呟きながら、携帯を見てみると、見慣れない名前からのトークに通知が30件溜まっていた。
表示名は『いおたん』……帰る前に交換した倉野の連絡先だ。
とんでもない量の不在着信。
そしてそれは、今もなお増え続けている。
「………」
『おーい、はるちー?大丈夫かー?』
『晴彦、なんかあったか?』
『ピコピコピコピコピコピコピコピコン』
「………」
あの女……やっぱりとんでもねえな。その日のうちにこんなことするか?普通。
距離感バグりすぎだろ……それとも何かあったのか?
出なきゃいけないのか?これ……。出たくねぇー。
『返事はない、ただの屍のようだ』
『誰かに呼ばれてるのか?』
「……倉野からめっちゃ通話かかってきてる」
『えー?ラブじゃ〜ん、行ってこればー?』
「他人事だからって…お前なぁ……」
『ピコピコピコピコピコピコピコピコン』
だが、この異常なしつこさ……はぁ、仕方ない。
「ちょっと行ってくるわ」
『にゃははは〜、やっぱちょーおよしれーね、倉野さん。いてら〜』
『骨は拾ってやる』
死ぬこと前提で送り出すな、と思いながら俺は倉野の通話に出ることにした。
○●○●
俺は一旦深呼吸してから、意を決し…このラブコール(?)に出る。
「もしもし?」
『あ、あ、はる…くん。やっと、で、出てくれた。ふへへ』
「通話をかけまくる前に、せめて要件をチャットで教えてくれないか?不在着信だけだと普通に怖いんだよ」
あと下の名前…しかもあだ名で呼ぶのも早すぎるんだよなぁ。情報のスピードが速すぎて処理が追いつかない。
『え、ご、ごめん……。あの…こ、こえ……聞きたかったから……』
「………」
思春期ってやつは本当に厄介だ。こんなやばい女相手でさえ、こう言ったセリフにドキッとしてしまうのだから。
絡み出したばっかりの男にそんな甘い言葉を言わないでいただきたい。俺は結構チョロいんだぞ。
とりあえずしばらく通話に付き合ってやるか……あとついでに情報収集もしとこう。
「まぁ、わかったよ。ていうか倉野って普段何してんの?」
急にこっちの都合を無視してとんでもないことをしでかす女だ。その生態調査は必須だろう。
「………」
「倉野?」
「あ、あの無理だったら大丈夫なんだけど、あので、できれば…し、下の名前で呼んで欲しいかも……あ、でもでも、できればって言ったけど本当は結構呼んで欲しくて、友達ならやっぱりそう言うとこから始める物だと思うし……へへ」
「……」
これまたハードルの高いことをおっしゃる。こいつの心のパーソナルスペースはどうなってるんだ。
付き合いの長い萩原でさえいまだ苗字呼びだと言うのに……。
「い、い、いオりは……」
めちゃくちゃ発音がおかしくなった。
『い↓お↑り↓』みたいになってしまった。やばい、普通に恥ずい。
『へへ、そ、そう言う時もあるよね。わ、わかるよ。ぼくもよく、人と喋る時声が上ずるし、吃るし、長文を早口で一息にいっちゃうから、『どこの方言?』み、みたいなこと言われたことあって…ふへへ、だ、たから大丈夫大丈夫だよ。よしよし』
あまり一緒にしないでいただきたい、と素直に思った。
「で、どうなんだよ?」
「あ、えっと…うん。普段はアニメ見たり…ネット小説読み漁ったり、イラスト描いたり……」
「ふぅーん、結構多趣味なんだな」
「あ、あとあと、音声投稿アプリで、う、歌投稿したりしてるよ……ふへへ、き、きく?」
俺の返答を待たずに、『ピロン』と言う通知の音が鳴る。チャットには何かのURLが送られている。
もしかしなくても、その投稿していると言う彼女の録音した歌のURLなのだろう。
「………」
これ、結構黒歴史になるやつとかじゃない?大丈?それパンドラの箱だったりしないよね?
開いても俺死なないよね?
震える指で再生してみる。
ちなみにイヤホンはつけてるので家の中で流れると言うことはない。
『き、きいた?きいた?』
なんと言うか、声があんまい。アニメ声というのか?萌え声?普段のおどおどした声とは全然違う。
「これ、本当にくら……伊織の声なのか?間違えて違う人のやつ送ってない?」
『え、う、うん。これ、ぼくのやつだよ?へへへ。ボ、ボカロの歌ってみたやつ…』
「……ジョウズダネ」
正直歌唱力がどうとか、判断基準がそっちにいかない。この甘ったるい声に毒されて、歌の上手い下手に集中できない。
『ふへ、ふへ、ふへへへ。ほ、ほかにもたくさんあるよ!』
そこから、『ピコピコピコピコン』と、ひたすら音が鳴り続ける。
こいつとのチャット欄はURLだらけになってしまい、あの恐ろしい大量の不在着信マークが全て上へ消えてしまう。
その他にも、イラストだの好きなアニメのキャラだの、ひたすら彼女のオタクっぽいトークを聴かされ続け、俺はただただ彼女に圧倒されるばかりだった。
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