倉野 伊織という災難②
屋上。
強い風が靡く中、その子は立っていた。
その姿を一言で表すなら……モサモサの髪の毛。
毛量がすごい。顔が全然見えない。でも誰だかわかる。
このモサモサ、隣の席の『倉野 伊織』さんだ。
風が強く、髪が荒れて余計に顔が見えない。
彼女はイタズラをするようなタイプではない。
クラスでもすごくおとなしく、主張が全くと言って良いほどない。
休み時間はひたすら寝てるし、誰かと喋ってるところも見たことない。
完全に気配を消して生活してる。
あれか?優しくしちゃったから惚れちゃったのかな?
今日みたいに彼女を気にかけて優しく対応するのは何も初めてではない……というか俺はできるだけ色んな人に恩を売って生きている。
理由は単純、その方が生きやすくなるから。
ほんのちょっとした心遣い、そして感謝。これがかなり印象を変えることを俺は幼少期に学んだ。
そりゃもうご近所さんの爺さん婆さんに可愛がられまくったもんだ。
旅行に行くたび、わざわざ俺にお土産のお菓子を渡してくれるし、年明けには、親族でもないのにちょっとしたお年玉までくれるようになってた。
流石にこの歳になるともうないけどね。
そして遂に、そんな俺の優しさに当てられ、俺に惚れてしまった女子が出てきてしまったということか。
ふっ、俺も罪な男になっちまったもんだ。
でもどうしようかな。顔もまともに見たことないし絡んだこともないからなぁ……でも、こういうのがきっかけでラブラブになったりすることもあるよね?まずはお付き合いしてようかな?
「ま、間宮くん。さ、さささっきは、ありがと」
「いえいえ、どういたしまして。それで、他に伝えたいことがあるんでしょ?」
まさか、この感謝のためだけに手紙を用意して屋上まで呼びつけるなんて手間、さすが取らないでしょ。
「う、うん。えっとね……ふへへ」
俺の鼓動がドクンドクンと強くうち跳ねる。初めての女性からの告白、そしてもしかしたらこれから甘酸っぱい青春の一歩を踏めるのではないかという期待が、どうしようもなく俺の胸を−−−−
「は、晴彦くんって……ぼ…ぼ!…ぼくのこと…好きだよね?……へへ」
「……え?」
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くるくるくるくる〜
俺は、その言語をなかなか咀嚼できない。
そんな俺の頭の中にどんどんその不可解な情報がぶち込まれてゆく。
「は、晴彦くんが、ぼ、ぼくのことす、すすすすす、好きなのは知ってる……ふひひっ。つ、付き合ってあげても…い、いいけど?」
「……どゆこと?」
送られてきた言葉は、俺が予想だにしない言葉だった。
「は、晴彦君って、ずっとぼくのこと見てるよね、日に一度は目が合うし。すっごく視線感じるし。あ、これ絶対ぼくのこと好きだなって思って、それでえっと、そ、そこまで優しくしてくれるなら、ぼくも全然嫌じゃないし。むしろありかも、なんて、ふへ、ふへ、ふへへへ。でもでも、最初はやっぱり緊張するからまずはライムのアイコンをペア画にして少しずつ慣らしていって…それでそれで、家に帰ったらトイレとご飯の時以外は通話を繋げて….あ、ね、寝ても切ったらダメだよ!ミュートもダメ。登校するまでちゃんと繋げてて、あ、あとあと、これが大事だなんだけど−−−−
「それ、勘違いなので、ご遠慮します。ではこれにて失敬」
俺は口早に言い終わるや否や、屋上の扉へ歩き出−−−−
「おわぁっ?!」
急に腰に何かがまとわりついてくる。否、そんなの一人しかいない。倉野さんだ。
「な、なんで?!え?え?ボ、ボクのこと好きだよね?!照れなくて良いんだよ?!」
髪が乱れてるせいで、顔を真っ赤にさせてるのがわかる。その目には、恥辱からか、涙をうっすら浮かべていた。
「照れじゃねぇ!むしろ今恐怖に変わったよ!おま、ほとんど絡んだことない異性によくタックルなんてかませるな!」
「こ、これくらいカップルなら突然の接触だよ!スキンシップ!スキンシップだよ!」
「カップルじゃねぇぇええっ!はなせぇええ!」
「ま、待って!一回待って!」
「……チッ。しゃあねえなぁ」
女子に抱きつかれた状態で暴れ回るところなんて見られたら流石に俺の評判が悪くなる。
仕方ない、一旦大人しくするか。……一旦ね。
「はぁ、はぁ……あ、あの−−−あぁっ?!」
腰から手が離れた瞬間、俺は猛ダッシュで階段を駆け降りる。
「ふははは!隙を見せる方が悪−−−
「ボクGカップあるよぉおおおっ!」
そのとんでもない告白に、ピタッ、と俺の足が止まってしまう。
……え?あの子、身長150くらいしかないのに、そんな立派なものをお持ちで……じゃなくて!そ、そんなのに靡く俺じゃないね!
俺はクールな男なんだ、女子の胸なんて全然これっぽっちも興味なんてあるわけな−−−−
「ふへへ、戻ってきてくれて嬉しい」
思春期男子がさぁ、そんなのに勝てるわけないじゃん?ずるいよそれはさぁ。
その情報だけで煩悩まみれの男子高校生は簡単に釣り上げられちゃうんですよ。
「胸だけじゃないよ?ぼく、か、顔もか、かかか、可愛いんだよ?し、知ってるでしょ?知ってるから、ボクのことぉ、す、すすすぅ、す好きになっちゃって……へへへぇ、ずっと優しくしてくれてたんでしょ?」
ニヘニヘ笑いながら、こちらを伺うように喋る倉野さん。
なるほど、そういう勘違いの仕方もあるわけか。
残念ながら、俺は彼女の顔を見たことない。
その発言も正直本当かどうかも怪しい。こういうタイプの子の自認って、正確にできてる気がしないんだよなぁ。
だが、俺のこの言葉は、今回においてはすぐに取り消すこととなる。
「ほ、ほら」
そう言い彼女は、重そうな前髪をかきあげその顔を晒す。
「………」
「へ、へへへ。か、かわいいっしょ?」
このパターンで、本当に可愛いことあるんだ。漫画やアニメの世界だけだと思ってたよ。
しかもちゃんと自覚してるとは。
髪の毛から晒されたその顔は、正直言ってめちゃくちゃ可愛かった。
髪で隠され、日光にあたってないせいか、肌は白く、もちもちとしている。
顔はまる顔で、ほっぺは、ぷっくりしており、それが少し幼さを感じさせている。
唇は赤く少し分厚い。タコ口のような形になっているが、それがまたチャームポイントの一つとなっている。
眉毛は少し太めだが、それでもきちんと整えられており、太眉愛好家である俺の心をくすぐってくれる。
くりっと丸い大きな目をしており、その瞳は小動物を思わせる。まつ毛が長く、日本人離れした印象だ。
全体的にうさぎ顔のような顔立ち。
守ってあげたくなるような小動物感。
……なんでこの子顔隠してんの?
「……まぁ、確かに可愛いと思う。だが俺は見た目で人を好きになることはやめたんだよ」
深瀬先輩の言葉を思い出す。
『君も結局、私の外見しか見てないんだね。ごめんね、私、人を見た目で判断する人とは付き合いたくないの』
『私、一度振った男と付き合うことはないから、諦めてね』
『素敵な人と付き合えると良いね』
あ〜、BADモード突入してきた〜。
「む、胸につられて戻ってきたのに?」
彼女はそう言いながら、ブカブカの制服を、キュッと背中の後ろで絞り、体のラインを強調させる。
た、確かにでけぇ……他の部分もなんかモチモチしてそうだ。
勝手に不健康そうなイメージを持ってたけど、案外肉付きがいいみたいだ。
目の保養ごちそうさまです。
でも、それとこれとは話が違うじゃあん?
「た、確かにそうだけど……でも……うーん!!とにかく!俺が倉野さんのこと好きっていうのは勘違いだから!俺は倉野さんだけじゃなくて、基本みんなに優しいの!だからこの話は終わり!俺は帰るからな!」
「ま、待って!」
「なに?」
「じ、じゃあ!と、友達……からで、どうでしょうか?」
「……まぁ、そういうことなら……?」
まぁ、顔可愛いし?胸でかいし?下心満々だけど向こうがそれでいいなら、いいということでしょう。
「へ、へへへ。やったやった。ふへへ、と、友達。初めての友達」
…え?今初めてって言った?
「と、友達って、一緒に撫で合ったり、耳かきしてあげたり、相方って呼び合ったり、音声投稿アプリで二人で歌ってみたあげたり……そういうのだよね?ふへ、ふへへへへへへ」
何を言ってるんだこいつは……?
俺はいつの間にか呼吸が浅くなり、視界がぼやけ始めていた。
思考も鈍くなり、彼女の不気味な笑い声が鼓膜を響かせる。
関わったことのない人間と簡単に関係を持つもんじゃないとすでに後悔し始めている。
悪魔と契約をしたかのように精神が疲弊している。
だが、俺は知る由もなかった。
これがまだ、難関の入り口でしかないことを。
とある彼女達による度し難い災難が次々と降りかかり、それらに追いかけ回され、日常が少しずつ非日常へと塗り替えられてゆくことを。
間宮晴彦という人間に、まさかこんなにも女難が降り注ぐとは、思い寄らなかったのだ。
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