お面を集めて
これは私が夢の中で体験した出来事を物語にしたものです。
読み終えたあと、もし少しでも「不思議だな」と感じてもらえたなら嬉しいです。
夢なので全てフィクションです。
とある民家に、貴族の位を持つ橘家が暮らしていた。
けれどその家では、原因の分からぬ死が日々繰り返されていた。噂は広まり、人々はそこを「呪われた貴族の家」と呼んだ。
ある日、私はその家へと招かれた。
「呪いを解いてほしい」と。
だが私は、そうした類に詳しいわけではない。ただ、耳を傾け、できることを探すしかなかった。
彼らは一つの願いを告げた。
「六つの面を見つけてほしい」
屋敷を進むごとに、橘家の者たちは次々と苦しみ始めた。
一つ目の面を見つけたとき、ひとりが床に倒れ込み、二つ目を手にしたときには別の者が血を吐いて絶命した。
そして、依頼をした当主自身も顔を蒼白にし、息絶えた。
残された者たちの怯えと絶望が、家そのものに染み渡っていくのがわかった。
私は悟った。
この家には“何者か”がいる。
声が聞こえたわけではない。けれど、確かに助けを求めているに違いないと感じたのだ。
面を手にするごとに、その気配は強まり、救いを求めながらも、見つけてもらえたことに安堵したような笑顔が浮かび始めた。
──急がなければ。
囚われた存在は、いまも必死に救いを待っている。
五つ目を見つけた時、ほとんどの橘家の人々はすでに絶命していた。
私は焦燥に駆られ、ただ六つ目を求めて走った。
そして、ついに最後の面を見つけた瞬間、胸の奥に封じられていた記憶が甦る。
──あの家に、最初に住んでいたのは、他ならぬ私自身だった。
その日、突然この家を訪ねてきたのは、まだ「貴族」と呼ばれる前の橘家の一族だった。
私はなんとなく仏壇の前でその存在に語りかけることが多かったため、彼らを仏壇の前に通した。
橘家は「しばらくこの家に滞在させてほしい」と願い出た。
その瞬間、消えるはずのないロウソクの火が、否定するように激しく揺れ始めた。
私は息を呑み、けれど彼らの話を聞いているうちに助けたいと思うようになった。
そして仏壇に向かい、懇願した。
「どうか、しばらくこの家に彼らを滞在させてください」と。
やがて炎は次第に穏やかになり、私は「受け入れられた」と感じた。
そのとき、おかめのお面が仏壇と共に崩れたと思ったら、そこに現れたのは足の不自由な女であった。
衣は朽ち果て、正座すらできぬ身体。
それでも澄み渡る瞳で私を見据え、ただ静かに微笑んでいた。
その瞬間、私は全てを思い出し、理解した。
助けを求めていた“何者か”の正体は、この家に宿る存在──神だったのだ。
そして時は流れ、再び現実へ。
怒りを露わにした神は橘家を追放した。
多くは命を落としたが、その中にひとり、まだ幼い子がいた。
最初は気づかなかった。だが年月を重ねて六歳になった姿を見て、あの時の赤子に違いないと確信した。
私は強く願った。
「この子だけは橘家の野望に関わっていない。この家からの追放だけに留めてください」
仏壇の前で、ロウソクの炎が激しく揺れた。
まるで強い葛藤を示すように、大きく揺れ続ける。
私は頭を下げ、必死に祈り続けた。
やがて、炎は静かになった。
私はその揺らめきの沈黙に、赦しを感じ取った。
──この子は追放に留められたのだ。
神は姿を現さなかった。
けれど、その場に確かに在る気配を感じた。
目には見えなくても、今もこの家を見守っているのだと。
その瞬間、薄暗かった家は光に包まれた。
壁を覆っていた恐ろしい絵画は笑顔にあふれた絵へと変わり、枯れていた花々は一斉に咲き誇った。
私が家に声をかけると、応えるようにロウソクの炎が優しく揺れた。
──また戻ってこられたのだ。
その喜びを神と分かち合い、胸の奥が温かく満たされていくのを感じた。
と、言うところで私は目が覚めた。
これは、私が実際に見た夢である。
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〜後日談〜
夢のことを友人に話した。
一部始終を語り終えると、友人は目を閉じてしばし黙り込んだ。
「それは、ただの夢じゃない気がする」
やがて静かな声でそう言った。
「六つのお面は、恐れの奥に隠された“助けを乞う心”だと思う。
人はそれを直視できずに怯えるけれど、あなたには笑顔へと変わる姿が見えた。
だからこそ最後に現れた女も、救いを託せたんだろう」
私は首をかしげた。
「でも、あの女は神様だったんでしょ? それともただの幻……?」
友人はゆっくり首を振った。
「幻じゃない。神と呼ぶのも一つの形だけど、もっと広い“魂の声”かもしれない。
長く忘れられ、押し込められてきた存在が、あなたを媒介にして姿を得た。
だから“ありがとう”って言ったんだよ。あなたが見つけてくれたから」
私は胸の奥がざわめくのを感じた。
「じゃあ……あの言葉は、私に向けられた感謝じゃなくて、
“また一緒にいよう”っていう約束だったのかな」
友人はふっと笑みを浮かべた。
「どうだろうね。夢は消えても、その存在はもうあなたの中にいるかもしれない。
光を取り戻した家のように、あなた自身の心も少しずつ明るくなっていく……そんな気もするよ」
私は深く息をつき、窓の外を見た。
あの夢の家はもう消えたけれど、胸の内にはまだロウソクの炎が優しく揺れている。
──また戻ってこられる。そう思うだけで、温かい光が私を包んでいた。
夢の中で出会った存在は、果たして神だったのか、それとも私自身の心だったのか。
もし同じ夢を見たなら、あなたはどう感じるでしょうか。