山下徹
第一章:目覚めの朝
二年前の春、山下徹は普通の高校一年生だった。野球部に所属し、放課後の練習が終わるのはいつも午後七時。疲れた体を引きずって帰るその途中、彼は何者かに背後から頭を殴られた。暗闇が訪れ、気を失った彼が次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
目を覚ました徹は、鏡に映る自分の姿に絶句した。体は明らかに女性のものだった。胸があり、細い手足、そして高い声。信じがたい現実がそこにはあった。医者も両親も原因不明としか言わず、混乱と恐怖の中で徹の新たな人生が始まった。
第二章:戸惑いと拒絶
女体化したことにより、徹の日常は一変した。制服も女子用となり、周囲の視線にも敏感になった。体育の時間も、更衣室も、すべてが違和感と屈辱に満ちていた。彼は自分の体を受け入れられず、何度も鏡の前で涙を流した。
そんな中、支えになってくれたのは、同級生の園田翔だった。女体化以前からの友人である翔は、状況を聞いても拒絶せず、「お前はお前だろ」と自然に接してくれた。その言葉に、徹は何度も救われた。
第三章:新しい日常
高校二年生になった徹は、少しずつ新しい体に慣れ始めていた。スカートのひらひらにも、女子としての生活にも、次第に適応していった。だが、それと共に、彼の心にもある変化が訪れていた。
翔を見るたびに胸が高鳴り、言葉に詰まることが増えた。彼の優しさに触れるたび、心がざわつく。自分は元々男だった。だが今は女の体を持ち、そして男に恋をしている――この感情を、徹は恥ずかしくて誰にも言えなかった。
第四章:葛藤と決意
高校三年生になった徹は、もう野球部を辞めていた。女の体になったことで体力が持たず、静かな放課後を送るようになった。そんな時間の中で、彼は自分の気持ちに向き合うことになる。
翔の誕生日、徹は思い切って告白を決意した。友達以上の気持ちを持っていること、それがずっと前からだったことを涙ながらに伝えた。翔は驚き、すぐには返事ができなかった。「少し考えさせて」と言って、その日は別れた。
第五章:答え
二日後、翔は徹を屋上に呼び出した。春風が吹き抜ける中、翔は口を開いた。「最初は戸惑った。でも、今のお前を見てると、なんか…自然なんだよ。だから、俺でよければ、一緒にいよう」
その言葉に、徹は泣き崩れた。自分が否定されると思っていた。でも、翔は受け入れてくれた。男でも女でもなく、「自分」として。
第六章:未来へ
未だに、自分を襲った犯人の正体は分かっていない。だが、徹はもう過去に囚われてはいなかった。翔と共に過ごす日々の中で、少しずつ前に進んでいく。
「私は、山下徹。だけど、今はこの姿で生きている。そして、あなたを好きになった――この気持ちは、本物なんだ」
春の陽光の中で、徹の笑顔は柔らかく光っていた。
第七章:揺れる気持ち
付き合い始めたとはいえ、徹の心には不安が残っていた。恋人としての関係が続く中で、彼はふとした瞬間に「自分は男だった」という過去を思い出してしまう。キスをした後の沈黙、手をつないだ時のドキドキ、それらが幸せである一方で、どこか申し訳なさも感じていた。
翔はそんな徹の変化を敏感に感じ取っていた。「無理してないか?」と聞かれるたびに、徹は笑って「大丈夫」と答える。しかし心の奥底では、自分が『特別な存在』であることへの負い目を感じていた。
第八章:翔の過去
ある日、翔は静かに語り出した。実は翔にも人に言えない過去があった。中学時代、親友に裏切られた経験があり、それ以来「人を本気で信じるのが怖い」と思っていたのだ。
「でも、お前を見てるとさ…不思議と信じられるんだよ」
その告白を聞いたとき、徹の目から自然と涙がこぼれた。翔も傷ついていた。だからこそ、今こうして二人は惹かれ合っているのかもしれない。彼らはお互いに、過去の傷を癒やし合っていたのだった。