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騎士と卵  作者: 真朱マロ
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3・エマと騎士

 それからも、粛々と時間は過ぎていく。

 卵は卵のままだったが、徐々に大きく肥大して、その質量を増やしていた。

 鶏卵サイズから拳大、拳大から子供の頭大と成長していった。

 エマは卵が育つたびに綿を詰めた袋を新調し、抱えるほどに育った今は背中に背負っている。


 人間の頭よりも大きく育ったことに、シエルは申し訳ないと何度も謝ったが見た目ほど重くないし、卵から生まれてくるのが成長したドラゴンでも天馬でも英雄の一個大隊でもおかしくないと聞いてから、エマは幻想的な何かを期待して胸を膨らませていた。


 シエルの卵なのに、エマにとっても大切な大切な卵。

 昼は背負い、夜は抱えて眠る。まるで子供の体温みたいに卵は温かい。

 ずっと側にあるから、自分の子供のように可愛くて仕方なかった。


 どんな子が生まれても、愛しいと思う。

 とても小さな子かもしれないし、見上げるほど大きな子かもしれない。

 見たことのある生き物に似ているかもしれないし、御伽噺のような幻想的な生き物かもしれない。

 それに生き物ではなく、剣や鎧で伝説の装備でもおかしくないのだ。

 できればエマと同じく、花の好きな子なら嬉しいと思う。


 エマが御伽噺のように夢見がちなことを言って、シエルが笑ってそれを聞いて、見守る人たちも「卵様」と呼んで孵るのを楽しみにしている。

 神から授けられた神器なのに、卵様として皆に愛されている不思議。

 それに、調べるうちに神器の覚醒に数年かかった前例もあると知ってからは、エマとシエルの焦りも薄らいでいた。

 意地悪くからかってくる人も稀に現れたが、エマはもう気にならない。


 エマとシエルの関係は変わらず信頼できる幼馴染の距離を保っていたが、もうすぐ春の魔物討伐時期になるという頃に少しだけ変化があった。

 寄り添って話すふたりをからかって「卵様も堅物同士のパパとママでお気の毒だよな」と嘲笑交じりに周囲に同調を求めた同僚に、シエルが初めて怒ったのだ。


「おまえの言葉はただの無礼だ。面白くもなんともない悪ふざけに、エマを巻き込むな」


 食事時だったのに、いきなり立ち上がったシエルが相手の胸ぐらをつかんで凄むので、エマは驚いたが同僚の騎士たちはそれに輪をかけて驚いていた。

 今までは何を言われても眉をひそめるだけで、不快そうにしても無視を貫いていたのに、何かが逆鱗に触れたのだろう。燃えるような怒りを瞳にたたえていた。

 数人が飛びつくようにして二人を引き離し、あわや殴り合いになるのを防ぐ。


「落ち着けよ、シエル。こいつも悪気があったわけじゃない」

「悪気がなければ、何を言ってもいいのか。面白くない冗談は、暴力と同じだ」

「からかわれるのが嫌なら、ハッキリさせればいいじゃないか。目の前でイチャイチャしながら、俺たち付き合ってませ~んって顔がうっとうしいんだよ!」

「おまえもいい加減にしろ、失礼だぞ! 自分が恋人と別れたからといって他人にからむなよ」

「おまえらを楽しませるような関係になろうがなるまいが、部外者はすっこんでろ。俺には俺の伝え方とタイミングがある。つまらない言いがかりは迷惑だ!」


 激しい怒鳴り合いに発展したところで、第三者が介入した。

 そのままポイっと食堂からシエルたち一行はつまみ出されてしまったが、ポカーンとしたまま一人取り残されたエマは「あれ?」と首をかしげた。

 喧嘩の原因としてエマも関わっていて、どうやらシエルはエマのために怒っていた気がする。

 そこまでは理解の範疇だったが、シエルの様子が今までと違っていたので、記憶をたどる。


 そして、特別な関係に発展することを肯定も否定もせず、むしろ「俺には俺の伝え方とタイミングがある」などと意味深な言葉が聴こえたような気がした。それは、誤解を誤解で終わらせない意味を感じる言葉だ。

 いやいや、そんな馬鹿な。と動揺しながらも、エマだけの妄想と呼ぶには、周囲から向けられる目線が生ぬるい。


 これってシエルに確認した方がいいのかしら? と思ったけれど、それで気まずくなるのは卵の成長にも良くない気がして、エマは悩んだ。


 そして、とりあえず聞かなかった振りをすることにした。

 シエルの神器を預かり続ける身としては、今の関係と距離感が壊れるのはきつい。君子危うきに近寄らず、である。

 それでも時々は、自分をかばうように立ち上がったシエルの大きな背中を思い出して、何度も卵を抱きしめて頬を染めてしまうエマだった。


 そして冬が過ぎ、春の兆しが見える頃。

 王都から魔物討伐のために騎士たちは旅立っていった。


 シエルの神器は卵のままだったので、エマに預けたままシエルも旅立った。


 特別な言葉を残されたわけではない。

 けれど、後方支援に回るから心配するなと笑って、エマの頬を数回撫でた手と眼差しには今までにない熱があった。

 色恋には鈍いエマが気付くほどの熱のこもった視線を残されて、しばらくの間はふわふわした気持ちで卵を抱いて眠れぬ夜を過ごすことになった。


 神器は神の恩恵そのものである。

 後方支援や補給部隊に所属しても、魔物との戦闘はある。

 ましてやシエルが配属された北の地は、春の訪れが遅いだけに魔物の発生が長引くことも多く、激戦区になると聞いている。

 一か月近くの長い期間、討伐隊は戦うらしい。


 それなのに、シエルを守る神器を、エマが持っている。それが心許ない。

 最前線で身体を張って戦ってくれる討伐隊のおかげで、国民は平穏に暮らしている。


 早く春になればいいのに、とエマは思った。

 魔物は冬の間はほとんど発生せず活動を停止するが、獣の冬眠明けに合わせて大量発生する。

 春の兆しと同時に魔物が大量発生するのは厄介だが、木の芽時を過ぎて本格的な春になると減少し、ほどほどに落ち着くのだ。


 理由はわからなくても魔物が減少するので、誰もが春の訪れを待っている。

 種が芽吹き、可愛らしい双葉が顔をのぞかせ、花が咲き、光のように花びらが舞い踊るような平穏が欲しい。


 どうか、怪我をしませんように。

 そろって無事に帰ってきますように。

 戦いに出向いた騎士たちも、待っている私たち国民も、全員が笑って新しい春を迎えられますように。


 そんな風に祈りながら十日ほど落ち着かない気持ちで過ごし、寝不足でも変わらず仕事を続けていたエマだったが、昼食のために食堂へ移動している途中でよろめいた。

 突如背中から、ぶわりと巻きあがった、激しい風にあおられたのだ。


 竜巻のように渦巻いた強い風に飛ばされないように足を踏ん張っていたら、パキパキッと小さな割れる音と同時に、背中にあった温もりが遠ざかる。

 吹きあがる風と煌めく光を追うように、エマが空を見上げた時には、背の卵から生まれ出たソレは光を散らしな、空高く舞い上がっていた。


 飛竜だった。

 太陽の光で色彩を変える鱗が、目に鮮やかだった。


 キラキラと飛竜は光の粉を散らしながら飛び、虹色に輝く翼の具合を確かめるように羽ばたいていたが、すぐに慣れたのだろう。

 はるか上空からエマに一瞬だけ顔を向け、ルルルルルーと軽やかな笛の音に似た鳴き声を残すと、北に向かって飛び去っていった。


 ぽかんと口を開けたまま、遠ざかる姿を見送ってしまったエマだが、周囲から湧き上がる歓声で正気に戻った。


「どうか無事に帰ってきて。シエルたちと笑って春を迎えられますように」


 城の中も外も突如現れた飛竜の姿に騒然となっていた。

 歓声と、驚きと。紡がれるのは神への祈りの言葉だった。


 神の卵から生まれたのは、希望の光そのもののように美しい生き物。

 光の軌跡を残して遠ざかる飛竜の姿に、エマも胸の前で手を込んで祈りを捧げるのだった。

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