8.魔術具作成入門
「マジックボムに使う素材は、ポーションを作るために使った棚の左側にあるよ。」
そう言って青年は、入り口から三列目の棚、すなわちポーションの素材やスライムの詰められた箱が置いてあった素材棚の一つ左側の棚前まで歩いて行く。
近くの長机、つまり少年と青年が使用していた入り口から二番目の一つ後ろの入り口側から三番目の机では初老の、青年と同じような格好をしてこちらも生気の抜けたような顔した男が何かを造っていたが、少年は勿論のこと、青年とも話掛け合う雰囲気は無く、互いにまるでそこに存在しないかのように眼を合わせる事もなかった。
かと言って嫌悪な雰囲気というわけでもなかったので、697番はそこに無理に干渉する意味を見出せずにこちらも無視を決め込んだ。
静かな部屋で貧相な格好をした者の中で、今発言しているのは青年のみであり、専ら近くから聞こえるのはガラスの擦れる音やコンロみたいなバーナーから炎が出ている音、或いはそれが何なのかは初見には分からない感じの小難しそうな道具や素材がカラカラ・カンカンと鳴らしている音である。
まるで道を極めんとするプロフェッショナルの集団のように、皆一様に何かに没頭して淡々と作業を進めていて、誰も口を開けないし、誰かと誰かの視線がぶつかる事も全く起きない。
「この下から二番目の棚に置いてあるやつを使うんだけど…最初だし少量しか扱わないけど、ゆっくり慎重に使わなきゃいけないものだけは絶対に覚えてね。」
青年は少年に言い聞かせるように、否、懇願或いは祈るように、これまでの様相よりも真剣味を増した表情でそう力強く念を押した。
素材棚の下から二番目の一番右側には天秤のようなものが置いてあり、それと数種類の箱を何往復かしてそれぞれ素材や必要道具を持って来終わると、説明に入る。
「まずはこの白い紙を一枚取って・・こんな感じに折ったら、この天秤って言うやつに乗せる。そしてもう片方の皿にこのくらいの大きさの錘を乗せるんだけど、その前に、白い紙をもう一枚取って錘を置く方にも乗せる。」
青年はまず、四角い容器に入ったやや不透明で少し黄色味がかった薬包紙を取り出して、対角線上に線が入るように端と端をそれぞれ1回ずつ折り曲げると、正方形の紙面上に×の薄い線が刻まれる。
片方の皿に折り曲げて対角線上に線を入れた薬包紙を、もう片方には折り曲げてない薬包紙をそれぞれ乗せ、微妙に揺れ動いて釣り合いを取っている両皿天秤の揺れがある程度収束するまで待つと説明を再開する。
「次に、この箱に入ってる砂をこれくらいずつ乗せて・・このくらいかな、これは大体で良いよ。後、どうせ他の箱からもすぐ同じように取るから、スプーンも入れちゃおっか。」
青年は、己の目算により砂が入ってる20cm×30cm程度のサイズ、その中に布が入ってる木箱へ、先端の楕円の深さが浅く、どこかのっぺりとした印象を与える細長い木製のスプーンを入れて、淡黄色〜薄茶色の砂を掬い取り、両皿天秤の片皿にある折り目を付けた薬包紙へと乗せて行く。
そして、砂を入れた方へ当然のように傾いてる天秤を見ながら、次の工程に円滑に進むためなのか、幾つかの今加えた砂を入れていた箱と同程度の大きさの箱にものっぺりとした細長いスプーンを入れ置いて行くのだが、木箱で大きさは同程度なものの中で、青年が素材などを運ぶ際、「この箱だけは、慎重に扱ってね。それと後でまた言うと思うけど、慣れないうちは身体を魔力で強化しておいた方が良い。」と少年に忠告して来た青の石付き木箱の蓋は開けず、スプーンも入れずに、その前にただ木べらのようなものを置いたのを見て、少年は気になったため少しだけそちらに視線を向けたが、青年が説明し始めたのを見て視線を青年へと戻す。
「次は、砂の方に傾いたら錘を乗せながらこのケースから2つ取って、乗せた時に釣り合うようになるまで砂と錘を加えて調整して行くよ。」
小さな7cm×10cm程の、蓋上に5を表す文字と何かの記号が書いた紙が貼ってあるケース中から小さな錘を2つ、円盤状の錘をそれぞれピンセットで1つずつ取り出して折り跡をつけた薬包紙を置いてない方の秤皿中心付近に、ピンセットで摘んで静かに置いて行く。
「・・ちょっと砂が足りないかな?これくらい入れたら・・あともう少しで・・良い感じだね。後は、この錘を乗せて・砂を乗せて・もう少し・・・これで釣り合ったね。」
青年が錘を薬包紙の上に砂がない方に乗せると、砂が足りなかったのか錘側の方へ両皿天秤が傾いて揺れていたので、青年はさらに少しずつスプーンで砂を掬って入れて行くと、2回砂を加えたあたりで両側の釣り合いが取れたようだった。そこから更に何度か砂と錘の重さを調節しながら錘の大きい方をもう1つ入れて調整すると、両皿天秤が釣り合う状態になった。
その状態を確認すると、青年は使い終わった木製スプーンを砂が入っていた箱に差し戻した。
「天秤で測った砂は、このボウルに入れるよ。」
青年はそう言い、木製のボウルを天秤の横辺りに持って来て、その中に今測った砂を薬包紙の対角線上にある端と端を持って三角形にしてからボウルの上で傾けて下に砂を落として行く。
「こんな感じでボウルの中に砂を入れたら、次は同じように天秤を使ってこの箱の中にある白い粉を測って行くよ。……一応、言っておこうと思うんだけど、この粉は、入れなくてもマジックボムとしての性能自体はそんなに落ちないから問題ない。問題ないんだけど、今から測って入れる粉は湿気が多少あっても大丈夫にしたり、火を付けた時に燃えるのを助けるらしいから念のため入れてるよ。」
そう言って必要性があるのかないのかハッキリしない白い結晶性の粉末を、砂と同様の方法ではあるが、錘だけ7cm×10cmの箱の蓋に1を表す文字、それから先程使っていた5の錘の箱蓋同様に謎の模様が紙に描いてあるのを2つ取り出して使用し測って行く。
「こんな感じかな。次はこの魔物素材、炎鼠の魔核と焔蝙蝠の牙、それと声帯筋肉を乾燥させて粉砕した粉末もボウルに加えるよ。粉末は加えるだけで良いけど、魔核と牙については粉砕しないといけないから、木で出来たやつじゃなくて、こっちの石で出来たボウルと棒を使う。」
測り終わった白い粉末を、先程砂を入れた木製のボウルへと薬包紙から流し入れると、青年は天秤の少し左側に移動して、赤い石のようなものと暗めの乳白色な牙状のものが石は直径1cm程度のものが一つ、牙状のものは二つ、そして石製の乳棒らしきものが入った石製の乳鉢のような器具、それから7cm×10cmと錘の入っていた容器と同じような大きさで、その中に布が入っており、粉末が深さ3cm程度まで入っている箱を指差してそれぞれ説明する。
「この魔物素材は、入れないとマジックボムにならないから忘れないようにね。さて、魔核と牙を砕こうか。こんな感じで叩くような、擦るような感じで回し削って行って、粉末状になるまで砕いて行くよ。」
青年は注意事項を軽く言うと、石製の乳鉢と乳棒でゴリゴリと赤い石と牙を叩き削りながら徐々に粒径を小さくしていく。
暫くそうして掻き混ぜるように薄赤色の粉末を作った。
「これぐらいで良いかな?よし、こんな感じで粉が細かくなったら、こっちのボウルに入れる。」
青年は、石製の乳鉢を少し斜めにして少年に粉末の状態を見せ、そのまま木製のボウルの上に持って行くと、更に乳鉢を傾けて薄赤色の粉末をボウルに入れて行く。
「ここまで出来たら、一度この木べらで混ぜ合わせて・・こんな感じにする。」
青年は、各粉末を木べらを使って下から掬い上げるように、しかし粉末が飛ばない程度に優しく混ぜ合わせると、出来上がった混合粉末は、見た目的には遠目から覗くと淡黄色〜薄橙色で、近づくと薄茶色の砂に微かな赤粉末の微小粒子が散乱しているようにも見える。
「ふぅ…さて、これから危ない液体を使うから、今から聞く話は良く聞いててね。あと、魔力で身体を強化出来るなら今からやっておいた方が良いよ。」
そう言って、先程少し遠ざけて置いていた側面に青色の石が埋まっている木箱の方へ粉末を混ぜ合わせたボウルをスライドさせるように持っていき、近くに置いていたピペットをその手に持った。
そしてその時、少年が指示に従い身体を魔力で強化し始めたのより少し遅れて、隣に立っていた青年の身体に薄いオーラのような物が纏われる。
「っ!それは何?」
少年は今日一番大きな声で問い詰める。
「うん?ああ、気のことかな?君は使った事がないの?」
その問いに、少年は首を横に振って否定の意を表現する。
「そっか、まあ君の場合は多分魔力で強化自体は十分な筈だから、後から教えるよ。まぁ、僕が使えるのなんて精々この程度の量が爆発した時に飛んでく腕が骨折までで済む程度なんだけどね。」
少年の意を汲み取った青年は、少年に「気」なるものを教える約束をするが、その表情はどこか自嘲を孕んでいた。
(見た事ないほどエネルギーが整っている。それも決してエネルギーの操作が上手い訳ではなさそうだ。もし魔力だったら拡散や変質が起きる筈。恐らくはエネルギーの質が少し違うな。これは魔力とは全く異なる力なのか?)
魔術具の作り方を教えてくれてる青年が危険性を訴えている手前、それ以上「気」について追求出来なかった少年ではあるが、どうしても新しい可能性について頭が回ってしまい、心がザワザワとするのを話を聞かなければという理性で抑えつけるのに必死であった。