3.今の日常
(いてぇ……)
697番はそう心の中で言いながら、身体が子供であるがゆえ反射的に流れてくる涙を目に溜めながらヨロヨロと次を目指す。
ここでは泣き言を言ったところで自分に容赦してくれる"人間"はいない。
無理矢理小さな足を動かすこと幾分か、先程より大きな部屋にたどり着く。
そこには人型の的のようなものがあったり、謎に光る水晶が複数台座に乗っけられて置いてあったり、壁の色は同じでも少し奇妙な部屋だった。
部屋には1人白衣を来た不機嫌そうな30代程度の眼下に隈のある女が1人、散らかった机にもたれ掛かりながら、その吊り目を此方に向ける。
「まずは基本属性やって」
そう簡潔に言うと、元々読んでいた本を置いて態度悪く此方を頬杖つきながら697番へと視線を向ける。
そんな居心地の悪い視線を浴びながら697番は、指先に微かな火を灯したり、水をチョロチョロ流したり、風が少し揺れる程度の微風を吹かせたり、砂をパラパラと生み出したりとどこかのマジシャンかの用に披露する。
「チっ、血とその次は空間」
しかし、女はつまらなそうに舌打ちして次を促す。
そして、マジックのようなささやかな芸を見せた697番も態度の悪い女に特に何も反発することなく言われた通りに行動する。
「血統魔術、身体強化」
そう唱えると697番の身体に変化が起こる。
心臓の鼓動は速くなり、体温は上昇。視界は心持ちまるでスポーツ選手が入るゾーンに入ったかのように周囲の音は0.75倍速で流す動画みたいに緩慢かつ歪んだ音に変わっていく。
だが、それ以上何をする訳でもなく直ぐにその状態は戻って行く。
「チっ、未だに放出も出来ないのかよ」
女の小さなヤジを受けながら、次は体内の魔力とも言うべきエネルギー部屋に伸ばしていく。
女の白衣の付いた汚れや、人型の的に込められた大きめのエネルギー、何より女から感じる莫大なエネルギーを感じながら、697番は自らの進歩に喜ぶ。
(ようやく空間の属性を安定して操れるようになってきた。)
しかし、喜んでいたのは彼自身だけのようで。
「はぁー、土弾!」
ため息を零しながら女がそう唱えると、幼気な子供に向かい出来た成人男性の拳程度の大きさの土塊が飛来する。そして、少年はそれを避けることもせず吹き飛ばすされる。
「適性の無い基本属性も、固有属性の血も、さらには一番適性あるはずの空間でさえ扱えない?対照実験じゃなきゃとっくに殺して魔物の餌にする程度のゴミの分際で!私が教えた事さえまともに扱えないグズが!なんで他のモルモットじゃなくて、こんなしょうもないゴミが空間を引き継いだんだよ糞が!珍しい属性だから実験対照にしてやってる恩も理解しない無能なクソガキ!てめぇのせいで私の論文が滞ってるのが分からねぇのか害獣!」
(ああ、いつものヒステリーか…)
畳み掛けるように少年を罵りながら女は魔術をストレスの元凶に吐き出すように、打撲傷、裂傷、骨折、鬱血、流血など様々な外傷を与えながらひたすら魔術による児童虐待を行う。
数分間の間魔術の応酬が終わると、
「はぁ、はぁ、はぁ、お前のせいだ。お前のせいで。」
そう、息を切らしながらブツブツと独り言ちる。
「はぁ、はぁ、もう出て行って!」
そう言ったかと思うと、糸が切れた人形のように散らかった机に突っ伏す。
697番にとっては、これが日常であるので何も言わずに部屋に戻る。
毎日?のルーティーン。
最初に血を抜かれ、自らより大きな子供に嬲られ、ヒステリー女に罵声と魔術を浴びせられ、己の身体を抱えるようにして独房のような自室へと戻る。
何度も繰り返す日本人の価値観からは明確に狂気の孕んだ痛みと恐怖に苛まれるイカれた日常。
それが、697番となって5年を過ごす、彼の日常だった。