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17.行き詰まりと無機物アンデッド



 人工魔石についての研究は、やはり一筋縄では行かなかった。


 (濃度も温度も撹拌による変化も試薬別による結晶成長への影響も、出来得る限りの条件を変えても、結局特段大きな成果には繋がらなかったか。)


 先行研究が再現性を持っているかの確認を含めての実験なら兎も角として、独自に幾つかの試薬や素材を調製して作った魔石の結晶成長に対しては、697番は大きな価値や学術的面白みも見出せなかった。

 しかし、一方で興味深い成果も多少は挙がっていた。



 (ここまでやっておいてまともな収穫と言えるのは、命属性の天然魔石を使用した種結晶を予め加えた上で、そこから人工魔石を成長させ、命属性に偏った魔石が得られる、と言う現象を観察出来たことか。)


 

 697番は魔石において、少なくとも図書室の中にある文献的には、未だ原理が分かっていないとされている魔石の色に感して、成長させた結晶が徐々に色付いて行く様を思い出す。


 (魔力による影響なのか、結晶構造の違いから来る影響なのかは分からないが、薄緑やエメラルドっぽい色に徐々に呈色して行くのは興味深いな。何らかの要因で、人工魔石が吸収する可視光に偏りがあるのが色相環の関係から分かるんだったか?)


 実際に命属性を帯びた魔石の性質を探り、それらの実験についての結果を後で面倒臭くならないように、紙に纏めていく。なお、書く必要のない自分の考察は、実験室の備品を余計に持ち出した紙上で思考整理をして自らの知識欲の発散をした。


 (よし、今日の成果報告はこんな感じで良いだろう。)


 資料を纏め終わるとちょうど就寝時間付近になっており、紙束を紐で括ってから机に何度か当てつつ揃え、紐を結んでパラパラと最低限の抜けがないかをチェックしてからいつも通りの定位置に報告書を置く。

 それから、これまたいつも通り図書室に気配を緩やか且つ自然に消しつつ移動する。


 自作の魔術具をどこからとなく取り出して、図書室の奥の部屋にスムーズに入る。


 淀みなく何処からか素材を取り出して、慣れた手つきで並べて行く。

 最近の息抜きは専らこれで、艶っぽい鉱物やらゴツゴツした礫岩みたいな何組かの石、それから黒に染色された硬化した樹脂のようなものを用意して、迷いなく置いて行く。


 『取り憑け』『封残』『起き上がれ』


 エネルギーを循環させ、霊に干渉しつつ術式を発動させ、自らのイメージで操る。

 各素材に霊を込めて外を堅めるようにして封じ、その状態を維持してそれぞれの霊が物質に与える影響を今までの経験から考慮し、能面の人形のような無骨な人形のような配置で連動させて起き上がらせる。


 石や無機物っぽいもので出来た人形は、ブリッジの状態にその硬そうな身体を折り曲げてから、足の位置はそのままに、上半身を下半身に合わせるように起き上がって行く。


 その間、未だ操作に慣れていないためか、身体にのし掛かる疲労が面に表出するかのごとく、697番の額側面辺りから汗が滴り落ちる。




 そうして、主人の気など知った風もなく、石人形は静かに、そして不気味に立ち上がると、自らに指示を出した大元へ身体をぎこちなく向ける。


 『こちら側に向かって歩いて来い』


 新たな指示を出された石人形は、右手右足を前に、次に左手左足を前にと緊張している人間を模倣的に表したかのような不自然極まりない動きで移動して来る。


 『後ろ向きに倒れろ』『解放』


 ある程度歩いて自分に近づけた段階で、697番は満足したように仄かに笑みを浮かべてから、そう命令をした。


 その指示を受けた石人形は、動作はゆっくりであるが確実に身体を後ろへと倒して行き遂には倒れ、数瞬後には力を失ったかのように身体をバラけさせて、元の素材の状態へと帰った。

 


 それを見届けた人形の主人は、「ふぅー」と静かに息を吐いた。


 (ようやく成功か……。)


 文献がほぼない状況で、よくぞここまで可能にしたもよだと内心何処か誇らしげにしながら、此度ばかりは己の力による成功を噛み締める。


 改善点は、すぐさま頭に浮かんではいたが、それでも暫くは一先ずの目標達成から来る余韻に浸っていた。



 それから暫くして、汗も引いてきた頃に片付けと考察を始める。


 (自我の無い霊で漸く簡単な指示を出せる程度には慣れてきた。霊を無機物に外部から術を掛けて封じ込めれば、無機物をアンデッド化する事には成功した。そしてその上で、命令を与えるためのパスをしっかりと繋げる事が出来れば、大雑把な命令でもある程度自由に人形を動かせる、これは今回の実験で実感出来た。)


 現状出来るようになった事実に関して冷静に確認する。


 (だが、複数の霊を動かしている今のやり方では、負担の割に命令の範囲も、エネルギー的なコスト面でも課題が山積みだ。せめて、単独の霊で人形程度を動かせるようにならなければ、あまりにメリットが無さすぎる。)


 辛うじて動かす事に成功した程度では、697番が目指す理想のアンデッドとしては心許なさ過ぎた。


 (パスに関しても、今回は呪術的なエネルギーを使って動かす事を最優先にしたから問題ないが、いずれは自我を持たせて独立した存在として動ける個体を造る所まで持って行きたい。或いは、超遠距離から操れるように最低限無意識レベルで動かせるようにならなければ。じゃあ、そのためにまずすべき事は何だろうか?エネルギー及び繋げているパスの太さの調整と、細かなコントロールはマストか。それから、自我を持った存在も抑え込めるように術式をねじ込む為の技能。加えて、霊が宿る素体を霊自身が操れるように各部分の結合の強化方法も考えなければならないな。それから……)


 その後も魔術具が振動で朝?の時間を知らせるまでは、その場に座り目を閉じた状態でうんうんと唸っていた。

 


 そうして、いつものように実験室に戻って研究を進めていたそんな折、唐突に懐かしい白衣の男が顔を出した。


 (! 珍しいな)


 目線をほんの少しだけ向けて一瞥だけして、自分には関係ないと作業に戻る697番だったが、今回は残念な事に避けられない類の面倒事であった。



「おい、697番は居るか!」


 その瞬間には嫌な予感が溢れんばかりで、今すぐにこの場から離れたかったが、名前を呼ばれてしまえばそんな事は出来ない。周囲で彼を知る数人の目線が自身に注いでしまったから。



「……はい。ここに。」



 渋々といった調子で、顔には出さないように気をつけて、なんとか声を振り絞る。


 

「こっちに来い!さっさとしろ!」



 (せめて要件は言えよ)



 そう思いながらも言葉にはせずに、ただ昔みたいに従順に従う他なかった。


 


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