14.課された研究
(っと、もうこんな時間か…中々思うような物が出来ないな。文字列的にはこれで大体良い感じなんだと予想は出来てるが効果の発現がイマイチなんだよな。素材的にもこれ以上のものはここで手に入らないし、知識としてもこれ以上のものを作るなら、それこそ教会の秘匿研究とかを見てみないとどうにもならないだろう。ここまで再現が難しいなら、暫くはポーションの価値が落ちそうにないな。それに、再現出来たところで素材の用意とか術式回路の複雑さも加味すると…何年後なら普及まで漕ぎ着ける事が出来るんだろうか?)
697番は周囲が横になって行くのを感じて、自分が没頭していた研究について報告書を纏め始める。
報告書に書く内容はそれ程多くはなく、意図的に隠したりするものもあるが、どんな素材が何のために必要かなどの申請理由だけは穴がないように念入りに考えるためやや時間が掛かる作業であった。
少年が現在行なっている研究は、「高等回復魔術の術式再現と魔術具化について」というテーマだった。
そのため、今日はこの文字列を使った、今日はここの回路をこう変えたとか、この文献にあった内容で操作を行うとどんな結果が得られて、この学者はこんな事を言っているが実際にやってみるとこうであった、等々。
素材から魔術具としての形を成すようにするにも、効果を如何するかを設計するのも、その性能評価のやり方とその結果はどうであったかについて纏めるのも全て自分で行わなければならず、加えて、パソコンではなく紙で纏めなければならないから、その行為自体にもそこそこ時間が掛かる。
そして、極め付けは文献の少なさや一応は協力者となっている白衣の大人達の情報共有の無さ、そして、研究自体にそもそも莫大な時間が掛かる点に苦しめられて、中々思うように結果が出なかった。
「ふぅ」
(今日はこの辺にしておこうか。納品の数は・・・リスト通りに足りているな。もう他の人も寝てるし、今日もエネルギーの知覚を訓練しておかないとな。そろそろ何か掴めそうだし、後の作業は明日にでも回して、呪術の研究も進めたいな。)
なんて事を考えながら、その日やるべき作業ノルマを達成させた少年は、辺りに気を遣りながら気配を周囲の環境に薄く伸ばして同化させるようなイメージをして散らしながら、適当な所で移動を開始して、この日は廊下で誰にも遭遇する事なく図書室に着いた。
(この奥の部屋って何があるんだろうか?)
ふと、少年が解析してこじ開けてるいつもの部屋の更に奥の方にあるであろう部屋に思いを巡らせて考える。
(魔術具的なものは解析出来てるが、どうにもそれだけじゃない。呪術も多分絡んでるし、他にも色々仕掛けがありそうだ。部屋を開ける回数について、毎回開けているだろう時には周囲に対して念入りに探知系や知覚系の魔術を何重にも濃い密度で走らせてるから、そんなに無いことは確認出来てる。だから生物とかは居ない…はず。もしかしたら生命が生育出来る環境を作る魔術具とかが存在するかもしれないから何とも言えないが……)
などと益体も無い事で頭の容量を削ってしまう。
(……良くないなこの考え過ぎる癖は、、また時間を結構浪費させてしまったな、、とにかく、今はエネルギーの知覚に集中しなければ時間を無駄にしてしまう。)
ハッとして心の中で頭を振って思考の不純物を消して行く。
(自分の魂は・・・・・・・これだよな?恐らくそれの周りに居るモヤモヤとした感覚がするのが、呪術で言う所のエネルギー的な何かだろう。)
自分の腹の底にある奥の更に奥の方。
自らを構成している核となる中心に意識を潜らせて行き、まだまだ鈍足で不確かではあるものの、漸く安定して自分の魂を知覚出来るようになったことで、やっとその周囲を取り囲むようにふわふわと漂っている何かの存在を感じる事が出来るようになった。
(………………動かせない。魔術とは違うのか?それともイメージとかの鍛錬が足りて無いとかなのか?)
エネルギー的な何かを動かそうと意識をそちらに向けて魔力を操作する要領で動かそうとするが、全く動く気配を感じさせずに、あくまでも己は自由だと主張するようにぷかぷかと自分の存在を維持しているという感じがする核の周りをずっと不規則に動き回っている。
「ふう、一旦ここまでにしておこう」
息を切らせながら、あまり成果の出なかった今日の操作を終わりにする。
(次は、呪術式の解読だが…これまた難解何だよなぁ。各文献毎に文字列について記述の仕方も異なるし、術理が若干異なるのもあるから分かりづらい。なんなら日本語で書きたい所だが、それで面倒事に巻き込まれるだけならまだしも、モルモットにされかねないから今はまだそれでやりたくない。そうなると、文献が多いこの著者と幾つかの文字列を主要な軸として、そこに肉付けするような感じで体系化していくしかない。)
主要な軸となる文字の意味解読やそれにより発現するだろう事象の予測。
まだエネルギーを込める事が出来ないが故に出来る事は限られてはいるものの、全く何も手に付かない訳ではなく、エネルギーが自在に操れるまでになる前にも、呪術にはまだまだ開発の余地も沢山あり、学ぶ事も分かっていない事も大量にあるので、チマチマとマイペースで地道に進んで行く感じが、急かされるようにして魔術や魔術具、そしてポーションや薬類等との研究に対する姿勢という面で良い対比となっていて、リフレッシュのような役割をしており楽しかった。
それに、呪術についての研究は、自身がもっと力を付ける為にも希望となるものであると最近になって思うようになって来ていた。
(このまま研究していけばいつか、アンデッドの声も聞こえるようになる…はずだ。)
古くて文字が掠れに掠れてる本に目を落としながらそう697番は思っていた。
そして、それは同時に未来への希望に縋る健全な精神をまだまだ保てている証明でもあった。
(ここにいるヤツ全てを操るか、協力を仰げるようになれば、或いは……)
自分の良く見える瞳の奥に映るソレを、久しぶりに目で追いながら己の未来を構想する。
今は自由を与えられているその身で、今日も少年は自分に対して鍛錬を課していた。