12.配置替えの時期
ある日、少年が久しぶりの浅い睡眠から意識を覚醒させると、青年が起き始めるには大分早い時間ではあるというのに、誰かに連れられて部屋を後にする所だった。
しかし、ここの設備や人員、またそれらの関係性などよく知らなかった少年は、「そんなものだろう」と思って、久しぶりの睡眠に集中する事をその時は優先した。
それから数日経ったというのに、青年がその部屋に再び戻って来る事はなかった。
(人員の配置転換か?)
青年に入れ替わるように、似非実験室の魔術具やポーションを製造する人員の人数が大きく増加した事から、少年はそう考えた。
というのも、今まで部屋の人員が一定だった訳ではなく、時々誰かが居なくなってから数日後に戻って来たり、配置が固定されたのか戻って来なかったり、逆に今回沢山増えたような感じで、今までは少人数ではあったものの、人員が行き交っている感じはあったし、更に部屋から出て行く方も入って来る方も、この部屋の生産者達も他から移って来る奴隷達も共通して、何も話さないために誰かが居なくなったり部屋の人員が増えたりする際に、事前情報的なものなんて聞いた試しがなかったからだ。
青年が居なくなった事により、部屋内の生産能力は減少したか良くてトントンと言った所だが、その事について考えるのは偉そうな白衣を着た連中とかだと思っていたので、自分が何か考えた所で意味がないだろうと697番はそう思っていた。
なんせ、自分がやる事に特段の変化があった訳でもなく、ノルマの製造量も多少増減する程度だったから。
「気」について幾つか確認しておきたかった事はあるにはあるが、忙しくしている内に既に体感で1年程度。この間に、「気」の修練の結果も自らにとっては中々大きな進捗が出なかったと言う事も相まって、もはや今更聞いてもしょうがないと思い始めていたのもある。
それに青年に限って言えば、あれだけの生産能力があるのだから特別これといって配置転換後の何かを心配する必要もないし、上手くやるだろう。それにどちらかと言うと、自分が今後どのような魔術具を作ろうか、製造についての経験値が、何度も造り続けた事、そして製造しているものについての詳細を図書室で調べるなどしたことにより貯まって来たので、魔術具やポーションを造る際の自由度が上がって来ていた事もあり、それを次にどう活かすかが楽しみでもあった。
故に697番は、青年がどこかに配置転換されて数日した今日は、図書室でポーション関連の書籍を漁っていた。
最近増えて来ているキメラを連れて奥の部屋まで歩いて行く白衣の男達に、生産部屋から出る際すれ違い掛けたが、いつも通り気配を殺しながら柱の影に潜む等してやり過ごした。
本日は、狸のような生物が母体となってそこから触手が生えたり、馬のような尻尾が生えていたりと、少年が知っている狸とは違う様相で、身体中に縫合の跡が生々しく散りばめられてあったが。
完全に奥の部屋まで行ったのを確信するまで息を殺して続け、大人達の会話や獣の爪が地面を擦る音が聞こえなくなると、忍び込むように足音や息遣いを出来るだけ抑えながらポーション関連の書棚から目的のモノをスムーズに取り、流れるようにいつもの死角、もはや自分が読者する際の定位置となっている所に滑り込んで本を開く。
素材の原産地や何という魔物のどんな部位から採れたものをどんな処理する事でより高く効果が発現するのか。
そういった実験記録や被験体への影響、個体差或いは人種、更には種族差などの違いによりポーションの効果へ与える影響の考察に、他の薬物に関する相互作用、併用時の注意事項に禁忌といったように、製造する上で考慮するべき事は沢山あるのだが、ポーションに関する書物というのは実際の所、そう頻度高く読む必要性を少年はあまり感じてなかった。
素材の取り扱いや保管方法、効能を落とさないようにするための保存場所の制定。これだけでも面倒であるというのに加えて、効能を高くするためには希少な試薬を用いて、さらにはその濃度の調製、そして物によっては製造時に込める魔力量やその圧縮率、損失度合いなどにも気を配らなければならない。
つまりは、難し過ぎた。
しかし、難しいというだけで作れないといった事はなく、あと数年もすればここにあるポーション関連の中で製造方法について書いてある文献に載っている範囲なら全て作れるようになるだろうとは予想していたため今のペースでも理論上は十分に可能だと予測していた。
だが、同時に実際高性能外傷復元ポーション等を大量に造るとなると無理だろうことも分かっていた。
これは、純粋に込める必要魔力量と素材に依るところが大きかったから。
少年、そしてここに居る者達の魔力では出来て1日に1つ程度。
いや、大規模な人員入れ替えによっで、魔力のコントロールを考えるなら少年だけで1日に1つ造る事にはなるのだが……
ならば、少年が1日に1つ作っているのかと聞かれれば、現状そんな事は無い。
そもそも、大量生産どころか日に一つ作るだけでも、その分の素材を毎日調達するには希少過ぎる魔物素材や魔力結晶を使わなければならなかったから。
だから少年は、作るのに手間やコストが掛かりすぎるポーションよりも魔術具の製造を優先したかった。
それに、ポーションよりも魔術具に仕込む文字列や記号の羅列の種類が多く、且つ自身でオリジナルの組み合わせをする事で、少し効果の向上や消費する魔力量の省エネルギー化についても、今ある素材で直ぐに結果を得られるのが魅力的でもあった。
と、少年は話すような環境には居ないため誰からも突っ込まれて聞かれる事もないが、もし相談し合えるようなアットホームな環境であったなら、ここまで聞かされると疑問に思う者が出てくるかも知れない。
ではなぜ、魔術具のみに専念せずに未練がましくポーションについて書籍を漁るのか?
もしそう聞かれたなら少年は、こう答えただろう。
「ポーションについての文献の幾つかに出てくる素材について探せば、他の薬品作りにも応用し易いから」と。
恐らく白衣の大人達から来るだろう製造依頼に、ポーションを作れ!ではなく、こんな効果のある毒薬や指示薬を作れ!といったものもあるのだ。
そのため、事典のようなもので調べるのも良いが、それに載ってない場合は、ポーションとかの素材や研究過程で作る試薬の調製プロセスとして、より詳しい内容が書かれたりするものだから、日々情報をインプットしておくと楽だったのだ。
急なオーダーで納期も短く、作り方が分からなくて困ってる奴隷への指示書を盗み見ることで、偉そうな白衣達から過剰な程罰せられ、軍用魔術の実験台にされて帰って来る彼らがその希少な命の灯火を消してしまわないようにする為、折角作ったポーションがパァになってしまわないようにする意味でも。