11.生産者達
造る、造る、造る、造る、スライムが破裂する、造る、造る、造る。
「いてっ」
スライムを偶にうっかりで殺してしまいながら、少年は今日も魔術具を造る。
彼の最近の製造ルーティンは、ポーションを大容量の1000mlビーカーくらいので複数作り、残った草塊はスライムに餌付け&トレーに置く→マジックボム50個分の魔術具製造→ポーションを500mlまたは1000mlビーカーみたいなガラスで造る→就寝 or 図書室で読書の順で1日が終わる。
ちなみに納品は、殆どの生産者が就寝している位の時間帯に、人間用レーションを持ってくるのと同じ奴隷によって行われる。
ポーションの規定量よりも500ml分くらい足りない状態でも一度マジックボムの作成に移り、怪我をしたら自作ポーションで治癒してその使用分を納品が来る前の最後らへんで多く作って辻褄を合わせている。
最近では、図書室に通って色々な魔術具の作り方や道具用の魔術文字や記号、回路とも呼ぶべき刻印などを知り、それを青年が造ってそうなら造って分からない所は聞いたりしているので、徐々にマジックボム以外の魔術具も造れるようになって来てるが、それでも、いやだからこそ製造過程で怪我を負う事など日常茶飯事で、ポーションの効能の検証を被験体自分でやる事もままあることだった。
これにより、自分が常用していたポーションの等級が結構高い事を697番は知るのだが、それは別の話。
さて、今日もお馴染みのマジックボムでスライムを破裂させたのだが、魔術具がもうすぐ規定量に達するという事実から生じた心の隙間を縫って行くように、集中力が低下しており、それに起因して魔力による身体強化が甘かったため怪我をした。
反射的に痛みを感じた事が口から出てしまったが、697番はいつもように、先程作った最初期に自作したものより品質が向上しているポーションを納品用トレーから手に取り、手元に振り掛ける。
すると、何かが集まるようにそこに熱を感じ、炎症の症状を体感して数秒の内には皮膚のような柔らかそうな物質が出来るのと同時くらいに、細かな毛細血管が伸長しているのが見える。そして、皮膚の薄皮が出来て傷を覆うとすぐに、柔らかそうな物質は強度がある皮膚へと変換されて行く。
この際に、少年の場合は何故か出来ないのだが、青年が振り掛けた場合だと、自由に並んでいた柔らかそうな皮膚上物質が規則性がありそうに見える皮膚上物質へと変換されて行き、最後には傷の跡として白色の瘢痕が出来る。
傷が治ると、沢山あった毛細血管が萎むように引いて行き減少する所は、少年も青年も同じなのだが、少年の皮膚が元通りといった感じで治るのにも関わらず、青年の皮膚はその強度が元の皮膚より下がったような感じで更に、どうしても薄くではあるのだが、一部分が白っぽい皮膚へと変わってしまう。
不思議に思った697番が、図書室にあった「傷の治り方について」などの書籍を漁ってみたが、青年と似たような症例が沢山報告されている筈なのに、少年のようなケースに合致するような、それらしい情報は未だ得ていない。
しかし、それで何かポーションによる大きな副反応等が起きてる訳ではなかったので、取り敢えずは優先順位が低い疑問程度に修まっている。
傷の治り方について読んだ本を思い出しながら、首を捻ってみて青年を見るが、青年は見られている事に気がついて無い様子で、697番に向けて視線を向けることはない。
青年はここ最近なのか前からなのか少年は知らなかったが、彼には青年がとにかくずっと忙しく働いているように見えていた。
青年が、睡眠をそこまで取らなくても大丈夫な自分程までとは行かないが、寝る事が他のここにいるメンバーよりも少なく、何かの魔術具を造り続けて一徹し、報告書的なのを爆速で書いて、終わったら雑多な幅広い色や臭いや粘度をしている液体・ポーション等を作り続け、終わったら泥のように眠りに付く。
歯磨きや体の洗浄は、魔物素材や謎の石や数種類の草から作った揮発性の非常に高い透明の液体を造り、頭から被る事でボロボロの衣服で同じ服を着ているにも関わらず、人間の皮脂などから発する嫌な体臭や歯磨きをしない事で生じるだろう口臭も発しないという画期的な方法でやっているのだが、それが少年には、究極の社畜のように映ってしまって素直に賞賛しかねる無駄に技術力の高い光景だった。
そんな忙しさの極致にあるような青年に対して、697番は、以前約束した「気」について教えてくれと言う事も中々出来ず、ただ自身の生産能力の向上と技術力の成長を青年の隣で磨き続ける日々が続く。
そして、少しずつ明らかになってくる青年の異様性を少年も感じで来ている。
それは今も同じであり、現に今造っている同じ魔術具の製造個数が、同時間作業している筈なのに今日の作業時間だけで見てもその開きが10倍と、青年の周囲の空間だけ別次元であるかのように速かった。
これに感しては勿論、少年が青年よりも魔術具を作って来た期間や経験が全然違うというのも関係している。
しかしながら、同時間で同じ工程で造っているのにそこまで差が出来てしまうのは、少年にとって謎であった。
開きが出ている要因が、自分の動きに無駄が多いのだと分かる程度には、青年の動きが洗練されており、一種の芸術的な体捌きで生産するだけというシンプルな事が理解出来てしまうが故に、余計納得し難かった。
(……どう考えてもこいつだけが異常だな。他の面々が皆同じくらいか似たような程度出来るんだったら自分が遅いだけだという結論になるのだが…他の人員の5倍は高い製造能力を持っているのは、やっぱりおかしくないか?)
なんて、つい少年が心の内で愚痴ってしまう程に、青年の生産能力はこの場で圧倒的であった。
(「気」って言うエネルギーについては、そんなに珍しくない技術なのか本に書いてあったやつで大体概要は分かった。魔力とは別だがエネルギーの一種ではあるらしいな。しかし、実際にやってみると微妙だったからどこかで聞けないものか……気長に、取り敢えず使い方に慣れるまで練習しながら待つか。)
そう少年は独学で習得した未熟な「気」を手に一瞬だけ纏いながら考える。
自分で習得出来たのも、青年から「気」について教わろうという考えを削いでいた理由の一つだった。
使い分けと慣れの修練が必要だが、極めようと思わなければそんなに高度な技術ではないと、使っている内に実体験で、そして文献に書いてある客観的事実として言葉や過去の実験データから知れたから。
だが、それでも知りたい事というのは募って行くものらしく、少年は「気の性質と系統、またその変化についての観測」という論文の中に書いてあった内容について詳しく知りたかったが、青年も「気」を熟練している様子でもなく、詳しそうという風にも見えなかったために、それは気になるが一旦保留と言う事にした。