1.697番
その少年は、今日も憂鬱だった。
薄暗く無駄のない独房のような空間で、複数人の足音と話し声を耳にして、怠い身体を無理やりに起こして立ち上がる。
「697番!来い!」
声を掛けて来たおかっぱ頭の偉そうな男を相手に下手に争うことも嫌な表情を見せることなく、ただついていく。
ここは、もう日本ではない。
この状況から逃げる手助けなんてものも当然期待出来ず、例えそんな組織があったところで、それが善意によるものなのか、また仮に善意であったとして、その手助けは本当に自分にとって利があるのかも分からなかった。
今、少年が求めるのは力だった。
しかし、そんなもの小説や漫画、或いはアニメなどのようにピンチになって湧き出て来るようなものでも、神に突然与えられるものでもない。
そもそも、仮にそんなチャンスがあった所でそれをものに出来るかは別問題であるが、そんな事を考えたところで、そのチャンスも今のところ訪れる気配すらない。
そうして、前世から引き継いだ無駄なぼやきを、ひたすらに脳内で繰り返しながら、現実逃避していた少年ではあったが、子供の小さな足でもそれほど広くない施設内で、そこまで距離が離れているわけでもないその場所に着くのは、そんなに時間が掛からなかった。
「おお!いつも通り時間に正確だな!」
「当たり前だ、私は時間を浪費するのが嫌いだからな」
先程、少年を呼びに来た偉そうなおかっぱ頭と同じく、白衣のような装束を纏った小太りの男と偉そうなおかっぱ頭の男が会話する。
そこに少年は勿論口出すことなく、ただこれから始まる自らの日常に嫌気を感じながら、それでも密かに思考を巡りせる。
(……いつか、ここから出るために)
少年は前世より頭を自らの生存の為に使いながら、既に習得した大人達が話す言語や近くの書類の文字に目をチラりと通し、今日も静かに且つあくまでも従順に大人達の狂った研究に付き合う。