ちょ、どこ触ってんだよっ
「え? その声……虎太郎?」
「ふざけんなよ!」
驚いたように足を止めた瑛二の前に回り込んで、俺は瑛二の胸ぐらを掴んだ。
「なんなんだよ、そいつ! 人には一目惚れとか言っておいて、俺がそいつに雰囲気似てるから好きとか言ったのかよ!」
――いやいやいや、何言っちゃってんの! 俺! 不良ムーブやめろ! 俺!
頭では分かってるはずなのに、ぜんぜん止まらない。
不良の皮かぶるのに一年費やした俺が止まってくれない。
「振ったの俺だけど、揶揄ってたんだよな? お前! だって、そんな早く――」
「ちょっと、君! 手を離しなさい!」
急に後ろから誰かに羽交い締めにされた。
「は?」
唖然として、手が離れる。
知らないサラリーマンだった。
「君たち大丈夫か?」
別の知らないサラリーマンが瑛二たちに尋ねる。
俺は未だに羽交い締めにされてるし、色んな人からキッと睨まれた。
もしかして、これって、ヤンキーが訳もなく他人に絡んでると思われてる?
「ちょ、俺は別に!」
「大人しくしなさい!」
もう瑛二から手を離しているし、攻撃性はないのに後ろのサラリーマンは俺を解放してくれない。
「いや、だから、違うって離――」
「それ、俺の好きな人です」
俺の言葉を遮るように瑛二の真っ直ぐな声が聞こえた。
「それ?」
ピタリと俺を羽交い締めにしているサラリーマンの動きが止まる。
「それ。彼」
瑛二が静かな声で言い直した。
瑛二側のサラリーマンの視線が俺を見る。
「すみません。俺が悪いんです。大丈夫なので」
音で判断しているのか、瑛二はこちらに向かってぺこりと頭を下げた。
その一つの仕草だけで周りの空気が変わる。
綺麗過ぎた。
サラリーマンもパッと俺から手を離す。
「虎太郎」
「んだよ?」
名前を呼ばれて返事をすると、俺の位置を把握したのか白杖で地面を叩きながら、いままで我関せずみたいな態度をしていた千早ってやつと一緒に瑛二は俺の方にやってきた。
「いろいろ勘違いされそうだから、場所を変えよう」
にこっと微笑まれて、いまあったこと全部思い出して、ぶわわっと顔が熱くなった。
◆ ◆ ◆
「つって、なんでカラオケだよ?」
移動しようと言われて来たのがカラオケ。
受付の人が配慮してくれたのか、短時間利用だからって団体向けのやけに広い部屋に案内されて、マイクも端末も初期位置から動かさないままで、電気も点いてて、モニターは消えてる、といういままでに見たことがないカラオケの使い方をしているわけだが……。
「俺たち、来る機会ないから来てみたくて」
L字になったソファに俺、瑛二、千早の順番で座ってて、瑛二が答えた。
千早は「音が響かないんだね」とか言ってて一人楽しそうにしてる。
「で、えっと、まず、咄嗟にそれって言ってごめん」
「あ、いや、俺も胸ぐら掴んでごめん」
ぺこっとお互いに頭を下げ合う俺と瑛二。
俺も咄嗟になったら「それ」って出ると思う。正直、どこに俺がいるかも分かんなかっただろうし。俺も急に胸ぐら掴んだわけだし。
「というかさ、理不尽すぎない?」
次、なに言おうかな、と思っていたら、口を開いたのは千早だった。
「は?」
なんのことだ? と思った。
「だって、君、瑛二のこと振ったんでしょ? せっかく告白してくれたのに、振って、勝手に腹立てて」
瑛二の向こう側に座った千早が偉そうに足と腕を組んで俺に言う。
「それは……」
冷静になって考えてみれば、そうかもしれない。いや、でも、瑛二も俺を揶揄ったかもしれないわけで……。普通、三日で他のやつに鞍替えとか出来ねぇだろ? ん? あれ、でも、さっき、俺の好きな人って言って……。
「ちっか! なんだよ?」
頭の中でまたぐるぐる考えていたら、いつの間にか、千早が俺の間近まで来ていた。
すごい至近距離から顔面を見てくる。
「僕、弱視だから、このくらいの距離で明かるければ、ちょっとだけ見えるんだよ。って、うわぁ、がっつり金髪のヤンキー。でも、可愛い顔してる」
「可愛いって言うな」
別に千早も悪いやつじゃなさそうだけど、思わず、喧嘩腰になってしまう。
まあ、お互いにツンケンしてんだから、仕方ない。
自己紹介もしてない。
「千早、ずるいよ」
瑛二はどの点に関して言ってんだか分かんないんだが
「なにがずるいだ。俺だって、男なんだから、可愛いとか言われて嬉しいわけないだろ? 瑛二は男が好きなのかよ?」
俺は文句を言った。
その後ろで「僕は嬉しいけどなぁ」という千早の声が聞こえた。
「いや、特にそういうわけでもなかったんだけど」
「そうだよね。だって、瑛二、去年まで大学生のお姉さんと付き合ってたし」
考えるように言う瑛二とそんな瑛二にピトッとくっ付くように言う千早。
――ふぁっ! 年上の女の人と経験あり!?
「おねいさん? そんなんで俺のこと好きとか、よく言えたな!」
女の人が元々好きで、付き合ったことあって、なんで俺を選んだ?
もうほんとに訳分かんねぇよ。
「うーん……、虎太郎、ちょっと触っていい?」
千早がさっきやってたくらいの距離に近付いてきた瑛二が悩んでる感じで俺のほうに手を伸ばす。
「は? またかよ? って、俺、いいって言ってないんだけどっ」
まだ了承してないのに、頭とか顔とかじゃなくて、瑛二の手が胸とか腹とか腰とかを服の上から触ってきて、くすぐったい。
「ちょ、どこ触ってんだよっ……は?」
顔を熱くしながら、瑛二の手を止めようとしたら最後にぎゅっと抱きしめられて、俺は固まった。
「うん、大丈夫そう」
なにもなかったみたいにニコニコ顔で離れていく瑛二。
――は? なにを持ってして大丈夫つった?
「それでさ、確認したいんだけど、結局は虎太郎は瑛二のことが好きってこと?」
――千早ぁあああああ!