俺、君が好き
「前世でどんな徳積んだら、そんな状態になるんだよ!」
気が付いたら、陸も海も空も瑛二の膝を取り合うようにぎゅっとなって座っていた。
「俺だって、そんな状態になったことないのに!」
「コタくん、お友達を猫たちに取られたからって拗ねないの」
唖然とする俺の肩を母親が優しく叩く。
違う、そっちじゃない。
俺は瑛二を取られたから文句を言ってるんじゃない。
猫たちが瑛二を選んだから文句を言っているんだ。
「虎太郎、どの子が、どの子なの?」
嬉しそうな顔で聞かれて、ムッとした顔も引っ込んだ。
そもそも俺が連れて来たんだし、まあ、瑛二が楽しんでるならいいか。
「こいつが陸で、この毛並みがちょっとごわついてるのが海、それと細身なのが空」
俺は隣で瑛二の手を掴んで動かして、猫を1匹1匹紹介していった。
◆ ◆ ◆
夕方になる前に瑛二と俺は家を出た。
俺の母親は夕飯を食べていってほしそうにしてたけど、暗くなると瑛二が帰りにくくなると思った。
服にはちゃんとローラーもかけてやって、瑛二はご機嫌そうだった。
「虎太郎、今日はありがとう」
カツカツと白杖が地面を打つ音が聞こえて、それにかぶるように瑛二の声が聞こえた。
「こちらこそ、ガレットごちそうさま」
言葉に返すように横をちょっと見上げながら言う。
貸した腕は優しくもしっかり掴まれていて、これから夏になったらどうすんのかな、とか考えたりした。
いまは5月だけど、きっと、もう少ししたら暑くなる。
「ちゃんとお礼になったかな?」
「なった、なった」
心配そうな瑛二の言葉に考え事をしながらも軽く返事を返す。
「虎太郎はさ、あまり俺の目について質問してこないよね」
それは突然の瑛二からの疑問だった。
「興味ねぇし」
前を向いて、さらっと答えて、また失敗したと思った。
「あ、いや、なんか言い方悪かったかも。いまの嘘。いろいろ聞いてくんの、なんか小さなガキみたいじゃん? いちいち答えんの面倒だろうし」
こっちが正直な答え。
俺だって、誰彼構わず自分のこと聞かれたら嫌だし、面倒だし。
「俺は別にいいよ?」
「え?」
瑛二の意外な反応に俺は間抜けな声を出してしまった。
「だって、俺のこと、もっと知りたいって思ってくれてるってことでしょ?」
「嫌なこと聞いたりするかもじゃん。好きになるやつは同じふうに目が見えないやつなの? とか」
俺が流れで質問すると、瑛二の足がピタリと止まって、息を吞む音が聞こえた。
まあ、質問があれだったかもだけど、いざ聞いてみるとやっぱこうやって気まずくなるじゃん。
「ほら、ほらな?」
場の空気をなんとかしようと、俺の腕を掴んでいる瑛二の手を軽く叩いたときだった。
「好き」
「は?」
ぼそりと聞こえた言葉に思わず固まった。
「虎太郎、俺、君が好き」
長い睫が持ち上がって、吸い込まれそうな瞳が俺のことを見ていた。
合うはずのない視線にどきりとする。
――瑛二が、俺のことを、好き?
「え、そ、それって、そういう好き?」
戸惑いから笑いそうになって、でも、押し殺して、尋ねる。
ただ人として好きなだけかもしれねぇじゃん、って思ったけど
「そういう、好き」
って返されて
「なんで?」
って言葉が自然と口から出た。
「おかしなことを言うみたいだけど、一目惚れしたんだ」
瑛二がそんなことを言って、ふっと優しく笑う。
「それは……」
たしかに、おかしなことを言ってる。
どういう意味かよく分かんねぇけど、取り敢えず答えとしては……
「えっと、ごめん」
絞り出すように俺は瑛二にそう言った。
「そうだよね、いいんだ、別に」
瑛二は振られたってのに、やけにあっさりとしていた。
え、なんで、俺、いま、ほっとした顔された?
もしかして、揶揄われたのか?
「駅の音、するね。送ってくれてありがとう」
俺がなにかを質問する前に、駅の音に気付いた瑛二は俺の腕をそっと離して、去って行ってしまった。
「歩くの速ぇし、よく分かんねぇ……」
辺りにはしばらくカツカツという白杖の音が響いていた。