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君の声が聞こえる【青春BL】  作者: 小早川乗り継ぐ/純鈍
2.虎ってもんを教えてやるよ
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いま、虎、連れてくるから

「虎太郎の名前って、どんな意味があるの?」

「は?」


 次の土曜日、瑛二からお礼をしたいと言われて一緒に静かなカフェに来た。

 おしゃれな苺のガレットを食いながら、そんなことを聞かれて、俺はぼけっと顔を上げた。


「いや、俺たちは基本点字の世界で生きてるからさ。どんな字なのかなって」


 透明感のある瞳が俺を見る。

 見えてないのに、すごい綺麗に食うよなと思いながら俺は


「俺も詳しい意味とか知らねぇけど、動物の虎っていう字は入ってる」


 と言った。

 

 いままで両親に名前の意味を聞いたことはなかった。

 俺も別に気にしたことなかったし、ずっと気にしてるのは身長のことだけで。


「へぇ、虎って、どんな動物なんだろう? 獰猛な肉食動物だってことは情報的に知ってるんだけど」


 瑛二は想像するように言った。


 本人から話を聞いたところによると、瑛二は生まれつき光覚という光が分かるくらいの視力しかないらしい。

 だから、人の顔も見たことはないし、色も知らない。

 でも、できることは自分でやるし、なにより、コミュ力がすごい。

 店員とかにどんどん話し掛けていって、ここのメニューも自分で聞いて自分で選んで、むしろ俺のほうが置いてかれてるっていうか……。


「虎太郎、聞いてる?」

「お、おう。――瑛二、アレルギーとかあったりするか?」


 瑛二に声を掛けられて、俺は思考の世界から戻ってきた。

 そして、いいことを思い付いた。


「アレルギー? いまのところないと思うけど、なんで?」


 不思議そうな顔をする瑛二。


「虎ってもんを教えてやるよ」


 俺はそう言いながらにやりと笑った。

 これから起こることで瑛二がどんな反応をするのかが楽しみだ。


 ◆ ◆ ◆


「ここ一段上がってるから」


 玄関に入るなり、俺は瑛二の手を引いて言った。


「お邪魔します」


 靴を脱いで、廊下を歩き、リビングの扉を開けると


「あらぁ、コタくんがお友達をお家に連れてくるなんていつぶりかしら」


 あらあらと言いながら、俺の母親が笑顔でこちらにやってきた。


「母さん、コタくんって呼ばないで」


 高校生にもなって、母親にくん付けで呼ばれてるとか恥ずかしくて、俺は焦った。


「ごめんね、ママ、嬉しくて。いつも、つい口出しし過ぎちゃって」

「いや、別に、僕は……あ」


 しゅんっとなる母親に、なんだかすごく悪いことをしたような気分になり、フォローを入れようとして、しまったなと思う。


「コタくん、中学までは僕って言ってたから、たまに出ちゃうのよねぇ」

「い、言わなくていいから」


 俺のかっこいいライフがどんどん削られていく。

 ある計画で驚かせようと思って連れてきたのに瑛二も後ろで小さく「コタくん」ってこぼしてるし。


「はじめまして、西 瑛二です。コタく、あ、虎太郎くんにはこの前、道で助けてもらって」


 俺と母親の会話が切れたのを察知して、瑛二が自己紹介する。


「瑛二も別にそういうの言わなくていいからっ」


 母親の「あらあら」と「いらっしゃい」を遮って、俺は瑛二に言った。

 照れくさくて顔が熱い。


「とってもかっこよかったんですよ」

「え、瑛二……!」


 止めたのに止まらない。

 もう、それわざとだろ?


「コタくん、顔真っ赤」

「そういうのも言わなくていいって!」


 俺の母親は瑛二に分かるように言ったみたいだ。

 口には出さないけど、瑛二が見えてないって瞬時に理解したらしい。

 白杖は折りたたんでリュックに仕舞ったんだけどな。


「瑛二くん、はい、ここ座って」


 俺に笑い掛けて、母親がそっと瑛二の手を引き、リビングのソファに座らせる。

 そして、「ありがとうございます」という瑛二からそっと離れて、まだ扉の所に立っている俺のほうにすっと寄ってきた。


「ん?」


 疑問符を浮かべる俺に母親が静かに耳打ちをする。


「ねえ、ずいぶんコタくんと違うタイプの子みたいだけど、どんな下心があって連れてきたの?」

「は、はあ? そんなんじゃねぇから」


 なんだよ、下心って。

 瑛二は男だし、知り合ったばかりだし、下心もなにもないだろ。


 たしかに、俺と瑛二は見た目のタイプがまったく違うし。

 俺は派手にはしてるけど顔は平凡で、瑛二は本人気付いてないけど道を歩けばすれ違った人が二度見するくらい美形だ。

 なにもなければ知り合いもしてないだろう。

 母親が疑うのも、まあ、仕方ないのか?


「ただ助けただけ?」

「そう」


 まったく、何を言ってんだか、と思いながら隣の部屋の前に移動する。

 そして、そこから瑛二に向かって声を掛けた。


「瑛二、いま、虎、連れてくるから」

「え? 虎を?」


 言葉だけでもうビックリしたような顔をする瑛二に、俺はふふんという顔をした。


「いざ、出陣じゃ! お前たち!」


 俺は勢い良く隣の部屋の扉を開けた。

 開けた瞬間、飛び出してくると思ったら、ノロノロノロノロ。


 ゆっくりダラダラ出勤してくる3匹の猫たち。


 黒猫の陸、茶トラの海、白猫の空、3匹とも保護猫である。


「え? なに? なにが出陣したの? 噛む? ねえ、噛む?」


 はっ、はっ、はっ、なかなかの狼狽えっぷりだ。


 ソファに座ったまま瑛二が左右の気配を確認しているが、まだ猫たちはぜんぜんそこに辿り着く様子はない。


「瑛二、こいつが虎だ」


 なかなか瑛二のところまで辿り着かないことに痺れを切らした俺は一番大人しい白猫の空を抱き上げて、瑛二の横に座った。

 そして、そっと、瑛二の膝に乗せる。

 同じネコ科動物だから、間違ってはないだろう。


「猫、だよね?」


 優しく触れるようにして、瑛二がほっと息を吐く。

 あれ? もしかして、猫には触ったことあった?


「そう、虎の赤ちゃんがこいつらくらいの重さで、大人の虎は最大350キロくらいだから100倍くらいか?」


 猫は大体大人でも3.5キロくらいだから、そうだろうという感じで言ってみる。


「ふわふわだ。俺、猫って初めて」


 瑛二は適応能力も高いらしい。

 もうすでに空の背中に顔を埋めたりしている。

 っていうか

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