そいつ俺のダチなんで
電信柱の横に一人の男子高校生が立っていた。
体格とか制服からそう判断したわけだが、さらっとした黒色の髪とか伏せた長い睫とか、整った顔面とか、その透明感に思わず、目を奪われた。
いままでに見たことがないほど綺麗で、同じ人間だと思えなかったくらいだ。
――白杖……。
目を逸らせないほど綺麗な顔をした彼は白杖を両手で持って、真っ直ぐ上に持ち上げていた。
それは緊急事態、助けてほしいときの合図だと超真面目人間の俺は知っていた。
だが、後ろから来た会社員のおじさんみたいな人が話し掛けていたから良いかと思ってしまった。
ふと足が止まる。
「君、綺麗だね。どうしたの? おじさんが助けてあげようか?」
たまたま聞こえたんだが、なんか怪しい。
助けるだけで、綺麗だねとか普通言うか?
へんなとこ連れて行こうとか思ってねぇよな?
「どうも、おっさん、そいつ俺のダチなんで」
気付いたら、身体が動いていた。
おじさんには「え?」という顔をされたが、俺は「行くぞ」と言って白杖を持った腕を掴んで歩き出した。
「撒いたか?」
しばらく歩いて、後ろを確認し、ようやく足を止める。
おっさんも大したことねぇな、この俺の威圧感に諦めたか。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
伏せていた目を上げて、白状の男子がこちらを見た。
「ああ゛? お前、どこ高のやつだ?」
――しまった、ついクセで不良ムーブをかましてしまった……!
男子の瞳の綺麗さと身長の高さに戸惑って、思わず、俺は渾身の不良ムーブをかました。
すらっとした彼は龍生と同じくらい、つまり180㎝くらい背の高さがある。
おっさんから逃げるためにあまり横を見てなくて、いま気付いた。
「えっと、立花盲学校高等部専攻科二年の西 瑛二と言います」
「ほ、ほう、瑛二だな。俺は仁坂高校二年の佐藤 虎太郎。同い年なら敬語とかいらねぇから」
ぺこっと頭を下げられて、俺もなんか分からないキャラで応える。
もう、ほんと、なんでここで不良ムーブかましたの、俺!
「俺、光が分かるくらいしか見えなくて、ちょっと触ってもいい?」
「え? お、おう」
まさか、突然そんなことを言われるとは思ってなくて、俺は戸惑いながら一歩、瑛二に近寄った。
左手で白杖を、そして、自由なほうの右手が俺の腕から肩、それから首にゆっくりと辿り着く。
そこから、まだ進んで……
「もしかして、と思ったけど……」
ここで俺はハッとなった。
背が低いと言われるんじゃないかと思ったのだ。
「ちょ」
身を引こうとしたときだった。
「君、ヤンキー? 俺、本物のヤンキー初めて会ったよ。うわぁ、耳にすごいピアス空いてる」
「う、わっ」
優しくではあるが、耳を触られてビクッと身体が跳ねた。
くすぐったい。
「お――」
「かっこいいね」
おい、と言おうとして言葉を飲み込んだ。
だって、それは……、俺がずっと欲しかった言葉。
いや、いやいや、ただピアスがかっこいいって言ってるだけだよな?
「ピアスくらいで、んなわけねぇだろ」
悶々とした気持ちで、吐き捨てるように言ってしまう。
どうせ、と思ったのに。
「それだけじゃないよ。助けてくれたとき、かっこよかった」
綺麗で優しい笑みが手探りで俺の左手をぎゅっと握った。
「は……」
これは疑問形の「は?」じゃなくて、思わず口から息がもれた、というか。
こんなにも、いとも簡単に俺の欲しかった言葉をくれるやつがいたなんて……。
ひどく照れくさくなる。
「で、で? あそこで何してたんだ?」
一瞬固まった俺は我を取り戻して、どもりながら瑛二に尋ねた。
そうだ、一体何をしてたのかを冷静になって聞こうじゃないか。
「初めて来た場所で迷子になってしまって」
「迷子って目的地は?」
気を遣っているのか言いづらそうにしている瑛二に俺はさらに問い掛けた。
「……えっと」
なんで口ごもるのか。
言いにくい場所なのか?
「どうした?」
俺の問いに瑛二が一瞬何かを考えたあと、ううん、と首を振る。
そして
「ここの最寄りの駅に戻りたくて」
と言った。
んだよ、言いにくいところなのかと思って、ビビったじゃんか。
「西台良駅な、連れて行ってやるよ」
掴むところはここで合ってるのか分からないが、俺は瑛二の左腕を掴んで駅に向かって歩きはじめた。
「ありがとう」
「別に」
瑛二からお礼を言われて、こんなん友達と仲良く歩いてるだけだろ、と思って返事をした。
「っ……!」
瞬間、隣の瑛二がちょっとした道の段差でガクンと足を軽く踏み外した。
腕を掴んでいたから転ぶことはなかったが、俺が言ってやらなかったからか、と思って
「あ、ごめん」
俺が軽く謝ると、なぜか瑛二は「ううん」と嬉しそうにふふっと笑った。
瑛二が笑うから、俺も口元が緩む。
――なんで笑ってんだよ、意味わかんねぇ。でも、なんか、いつもの道なのに楽しいな。
「虎太郎、今度、お礼がしたいから、連絡先教えて」
駅に着くと、改札の近くで瑛二がスマホを取り出してそう言ってきた。
「礼とかいいって、別に――って、お前のスマホ、画面真っ暗なんだな」
「必要ないからね。こうやって音声だけで」
「おお」
驚いた。
瑛二のスマホは画面がブラックアウトしたみたいに真っ暗なままだった。
ただ瑛二が画面をタップすると音声が聞こえているから、スマホの電源はついているらしい。
「ほら、番号教えて」
「えっと070……」
急かされて、お礼はいいとか言いながら俺は瑛二に番号を教えた。
「はい」
「すげぇ」
しばらくすると、電話番号から導き出したのか、メッセージアプリに「よろしく」という文字が送られてきた。
プロフィールには『西 瑛二』の文字。
「あとで連絡するね。今日は本当にありがとう」
「お、おう」
あとは駅員に聞くから、と瑛二は改札の窓口へと向かっていった。
気になって、じっと見つめてしまう。
どこで乗りたいとか、どこで降りたいとか話していたのか、駅員としばらく話したあとで瑛二は不思議なことにこちらを振り返った。
「ふっ、なにやってんだよ」
見えてるはずねぇのに、俺がまだいると思ったのか、瑛二は俺のほうを向いて笑顔で手を振っていた。
その爽やかな笑顔に見えてないって分かってるのに、俺も思わず、柄にもなく笑顔でぶんぶんと手を振り返した。
「って、俺も同じ路線じゃん!」
と気付くまで、20分くらい経っていた。