58 少年
地獄・ベレノアジト
突如として回転し、下へと下がる床に乗ったエクサーは困惑しながらも息を潜めた。
そして、床が一番下まで着くと、前後左右に道が現れ、一緒に乗っていたガタイのいい男の悪魔はそのまま正面に歩いて行った。
エクサーはとりあえず男とは別の方向に進むことにした。
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慎重に進んでいくエクサー。
攫われたペペルの住人達を探して歩いているが、一向にその気配はなかった。
ずっと『ステルス』を使っていると、魔力がもったいないと考えたエクサーは、この場が安全とみなし解除、それでも慎重さを欠くことをせず進んでいった。
『サーチ』で生物の反応を確認してはいるが誰一人として反応を示すことはなく、全くと言っていいほど静かなアジトだった。
これならあのガタイのいい男に着いて行けば良かったと思っていたエクサーは、どこかに生態の反応があることを確認した。
『サーチ』の範囲を反応のある場所にのみ絞り、その方へと近づいていった。
(この先か)
ついに反応のある場所の扉の前にまで着いた。
どうせこの先にいるのは敵だと腹を括り、覚悟して扉を開けた。
だが、想像とは大きくかけ離れていた。扉の先からは中から優しい風が吹き、地獄には珍しく、人間界の昼間を思わせるほどの光に照らされていた。
いきなりの眩しさに思わず目を瞑ったエクサーはゆっくり目を開けた。
この円形の広い部屋にはたくさんの花が植っていて、その中央に花をに水をやるエクサーと変わらないほどの少年がいた。
少年はエクサーが入ってきたことに気づいてはいたようだが、これといって目を向けることも、話しかけてくることも、攻撃してくることもなかった。
エクサーは全くと言っていいほど敵意を感じない少年に話しかけにいくことにした。少年のいる中央の場所に続く道を歩いてエクサーは少年と接触を試みた。
エクサーが近づいてきても全く反応をしない少年と、その空気感に謎の緊張を見せるエクサー。両者は特に何か話すこともなく数分の時を泳いだ。
「あ、あの…」
エクサーは意を決して喋りかけた。
「い、いいところですね。ここ。」
返答はない。
「花好きなんですか?」
返答はない。
この状況で無視!とエクサーはちょっとショックを受けた。
そんな中、少年は何かを見つけると、その場にしゃがみ込んだ。
エクサーはそんな少年と同じようにしゃがみ込んだ。
少年の見つめる先には他と比べて元気のない、一輪の花があった。
少年は悲しそうな顔をした。
「この花、菌にやられてるね。」
エクサーの言葉に少年は、返答をした。
「治るのか?」
「フランの花が感染する菌は3種、どの菌かは分かりませんが、そのどれもが感染して仕舞えばその時点で終了の菌です。このまま放っておけば周りも菌に感染します。」
学校の図書館にあった植物の花の本を読んでいたおかげで、この花が一体、何でどういう状態であるかがエクサーにはなんとなく分かった。
「じゃあ、抜かなきゃなのか。」
「残念だけど…フランは美しい外見とは裏腹にとても病弱なんです。」
「やはり、秀でるということは、それなりに何かを背負うのか…」
少年は一輪の元気のないフランの花を摘んだ。
少年はやっとエクサーの顔を見た。
少年は、なんとも穏やかな顔をしていた。全くもって濁りがない。この前戦ったリンドも濁りがなかったが、どちらかというとリンドは『空っぽ』という言葉で表せ、この少年は『透明』という言葉が適していた。
「ありがとう。侵入者さん。」
「!」
完全に忘れてた。自分の身は侵入者という立場だった。それを思い出したエクサーに一気に緊張が走った。
ーー終ーー