52 亡き思い
母の思いを知ったリンド。母の願いはこんな血に塗れた生き方では無かった。
リンドの体から力が抜けた。
エクサーの目にもリンドのからの圧力が極端に小さくなっていることは見えた。この状況をチャンスと捉えたエクサーは、リンドに急接近。『アレクトーン』を大きく振り上げた。
『アレクトーン』から爆発的な魔力が放出されると、完全にトドメを刺す勢いでエクサーは剣を振り下ろした。
防御を捨てたリンドは、振り下ろされた剣を受け、胸に大きく深い傷を負った。
エクサーは倒れたリンドの顔を見て驚いた。リンドの顔から涙が出ていた。
この瞬間にエクサーのハイ状態は効果を失った。大量の出血、そもそも攻撃の意思が感じられない。どう見ても自分の勝ちであることを確信したエクサーは、リンドに近づいた。
エクサー不思議だった。今この瞬間のどこに泣く要素があったのか。
エクサーが近づいた途端、リンドは小さな声で喋った。
「あなたの…言う通りだった…。運命には…抗ってはいけなかった…。ごめんなさい…ごめんなさい…。母よ…もう一度……」
リンドは泣きながら息を引き取った。
勝者はエクサーだったが、エクサーの気持ちはどこかモヤモヤしていた。
だが、F,Dからの命令を放棄するわけにはいかないエクサーは、廊下の奥にあるドアに向かって進んだ。
ドアを勢いよく蹴破って中に入ると、太ったおじさん悪魔がいた。
「随分と派手に戦って、勝利をもぎ取ったのは可愛らしい少年だったか。」
「あなたがヴァットですか?」
「そうだが。」
「一緒に来てくれませんか?」
「断る。」
「でしょうね。」
「じゃあ、ちょっと手荒にしますね。」
エクサーはヴァットに向かって切り掛かった。
「『グラヴィティ』。」
エクサーはとてつもない重力と共に地面に叩きつけられた。
「若い者は気が短くてかなわん。もっと長い目で楽しんだらどうだ?」
重力によってエクサーの骨はバキバキに折れたが、これに関してはフルオートの回復魔法で大した影響にはならなかった。ただ問題なのは動けないと言うことだった。
ヴァットはタバコを吸った。
「リンドは強かっただろ?あの子は今地獄中で万永する薬物『バブルス』と共存できた、たった1つの例だ。リンドの母親、名をなんと言ったかな?まぁいい。リンドの母親は、大魔族と言うやつでね。ちょうどいいと思い『バブルス』の初実験場はリンドたちの住む村で行った。だが、予想以上の危険性が発覚したため、村ごと消しとばし、無かったことにした。それから数ヶ月後、その場所に様子を見に行った時、リンドがいたのだ。我々はリンドに興味を持ち、持ち帰ると、なんと!『バブルス』の共存者であることがわかった。最初はリンドが誰かわからなかったが、その大魔族の子供であることを思い出し、この奇跡を野に返すわけにはいかないとグガットに託した。」
エクサーは話を聞きながらもなんとか脱出を試みた。
「リンドの母親はいい母親だった。大魔族でありながら、他者を思い、並外れた優しさを持っていた。特に子供であるリンドへの愛はとてつもなかった。覚えているよ。だから利用しやすかった。」
エクサーは力での脱出を諦めた。
「ん?」
エクサーは徐々に立ち始めた。
「ほう、『グラヴィティ』を『グラヴィティ』で押し返したか。いいセンスだな、少年よ。」
「あんた、最低だよ。」
「そうか?」
「自分のために弱者を利用するなんて!」
「何やら人間のようなことを言うな。弱者の利用は当然とも言える権利だ。これを不平等だなんだと片付けるのはあまりにも頭が弱い。そう思うならやり返せば良いのだ。まぁ、それができぬのだから弱者なのだがね。」
「………。」
エクサーはヴァットの話を聞いて、リンドの涙の意味をおおよそ理解した。エクサーに眠る正義感はここで呼吸を始めた。そして、ヴァットに対して限りの無い怒りを覚えていた。
エクサーは「アレクトーン』を構えた。
「分かり合えなくば、ここで殺す。」
エクサーの態度を感じ取ったヴァットは上着を脱いだ。
「ただのおいぼれのように見えるかもしれないが、お前のようなガキにはまだまだ負けんよ。」
グガットと同じ時代を生きたヴァットが使う技と言ったらもちろん潜在解放だった。
服がはち切れ、ムキムキにパンプアップしたヴァットは、エクサーに向かって高らかに拳を振った。
「ごめん。今、機嫌悪いから。」
向かってくるヴァットとすれ違うように剣を振ったエクサーは一撃でヴァットを沈めた。
『アレクトーン』の斬撃は心臓にまで届き、ヴァットは呆気なく死んだ。
エクサーはなんとも味の悪い世界の仕組みの中で生きていることを自覚した。だがきっとこれは人間だった時でも同じ、いや、人間のままであればこの世界の仕組みを知らずに死んでいたのだろうと思った。
一応、ヴァットの死体をF,Dに見せるべく、引きずってエレベーターの前まで運んだ。
運んでいる最中に思ったが、薬物について知っているヴァットを殺したことは結構やらかしているんじゃないかと思った。
エレベーターがつくと中からピアノとトットが出てきた。
「あれ?ピアノ。」
「遅くなりました。えっとそれは?」
「あぁ、ヴァットだよ。勢い余っちゃって。」
「そうですか。」
「でもどうしよう。薬物について知っているであろう本人殺しちゃったし。」
「大丈夫です。この方がなんとかしてくれました。」
ピアノはトットに手を向けた。
「申し遅れました。私の名前は、ケレット。グガットの息子です。」
「えぇ!そうなんですね。」
「はい、ヴァットの行動は身に余る行動が多かった。そのため、ケレットとしての私は一度息を潜め、トットとして、側近を務めてきました。」
「なるほど。でもなんとかしてくれたって。」
「はい。ヴァットが『バブルス』を撒き散らすという計画を持ち出した段階で、私は、単なる薬物の『バブルス』をウイルスとして書き換えました。計画発表から実行までの期間が短かったのでかなり、賭けでしたがなんとかなりました。ウイルスということは、これに対する抗体が存在します。なので、研究者たちに『バブルス』の空気感染をする抗体を作らせ、今これを地獄中に撒き散らしました。自体は徐々に収束に向かっていますよ。」
「あぁ、よかった。」
「ヴァットの死体はこちらで丁重に預かります。」
「はい。あっ、それと。」
エクサーはリンドの死体を見た。
「リンドですか。」
「あの、彼は…」
「彼はいい子でした。私がもう少し上手く立ち回れていれば、死ぬことはなかったかもしれません。彼は、母親に似て、奥底に計り知れない優しさを持っていましたから。」
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ケレットは昔、リンドとした散歩を思い出した。
街中を散歩した時、前からすれ違った母親と子供をリンドは目でおった。
リンドが何かに興味を示したのは珍しかった。
「知り合いですか?」
「いや、ただ…」
「ん?」
「…いや。なんでも。」
口ではなんでもないと言っていたリンドだったが、ケレットの目にはリンドの顔がどこか羨ましそうにしているように見えていた。
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「では、帰りましょうか。」
3人はエレベーターに乗って下に降りた。
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「エクサー怪我は?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。」
ビルの外に出た3人をF,Dが待っていた。
「よくやった2人とも。」
「ありがとう。」
「ところで、お前は誰だ?」
「ケレットと申します。」
「ケレット?お前がグガットの息子のか?」
「はい。」
「随分と顔が違うな。」
グガットの1人息子であるケレットの存在はF,Dも認知していたが、記憶の顔と今の顔は全くの別人だった。
「あぁ、忘れてました。」
ケレットはいきなり顔の皮膚を引きちぎると、中から全く別の顔が出てきた。
「どうです?」
「ほんとだ。確かにケレットだ。お前は。」
「信じてもらえて何よりです。」
F,Dは『ケルベロス』へと姿を変えた。
「2人とも乗れ。帰るぞ。」
エクサーとピアノはF,Dの背中に乗った。
「ケレット、そのうち事情を聞きに行くからな。」
「わかりました。安心してください。逃げも隠れもしませんから。」
F,Dは、クリスト城に向かって走って行った。
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「ふぅ〜。やっと終わったです〜。」
「やっとだ。」
抗体の影響で凶暴化は鎮静化。クーとドラギナはやっと気が緩んだようだった。
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地獄・トバルカイン魔法学校
「大丈夫ですか?2人とも。」
「なんとか。」
「フォークナーを使わずに、素晴らしいです。」
ラーバルとレノの2人はフォークナーを1発も使わず、耐え切った。
「ラーバル、あなたは大切なものを守れましたよ。素晴らしい実力です。」
ーー終ーー