45 他の戦い
地獄・トバルカイン魔法学校
「ちょ、ちょ、ちょ、何事〜〜〜〜〜!」
「近寄らないでえぇ〜。」
突如、凶暴化し始めた生徒たちに驚き、学校中を逃げ回っていたのは、ラーバルとレノのカップルだった。ラーバルはレノをおんぶして有り余る力で逃げ回った。
空気を介して広がる『バブルス』は学校にまでその影響を及ぼしていた。
そんな走り回るラーバルは、空き教室を見つけ急いで中に入った。そして、扉を閉め、中から机や椅子などで簡単には開けられないようにした。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
ラーバルは息を切らしながらもレノを丁寧に床に下ろした。
「ねぇ、大丈夫?私重くなかった?」
レノはラーバルの額に流れる汗をハンカチで拭き取った。
「大丈夫さ、走っていればそんなことは気にならない。それよりも、もう少し丁寧に運ぶべきだったね。」
「いいのよ。」
ドカーーン!
こんな会話をしているのも束の間、叩くだけでは開かないと理解した感染者たちは、魔法を使って扉をこじ開けてきた。
「よし、いいかいレノ。僕は一か八かで『フライ』で飛ぶことに賭ける、君を抱えてね。いいかい?」
「わ、わかったわ。」
レノは少し震えた声で許可をした。
『フライ』はエクサーが簡単そうに使ってはいるが、習得レベルとしてはかなりの難易度があった。ラーバルはエクサーが『フライ』を見て、少しだけ練習したことがあったが、全て失敗に終わり、投げ出してしまっていた。
ラーバルは、まさかそれがこんな猶予のない絶体絶命の瞬間に必要になるとは思ってもなかった。それでもやらなくてはならない状況に今、ラーバルは立たされていた。
レノを抱き抱え、深く深呼吸をすると、窓ガラスを割り、迫り来る感染者たちがギリギリ、ラーバルに触れないタイミングで、中庭に向かって飛んだ。
5階建てのビルぐらいの高さから飛んだラーバル。落下中に何度も『フライ』を発動しようと試みるも地面との距離は縮まる一方。
「クソッ。」
もう無理なことを悟ったラーバルは、レノを傷つけることを防ぐために自分の背中を下にして地面へと落下した。
「ガハッ。」
生物であれば脊髄を損傷することは、避けなくてはならないことだったが、止むを得ず背中から落ちたラーバルは脊髄を骨折した。
「ラーバル、大丈夫!?」
レノは急いで起き上がると、ラーバルの様子を見るや否や、全力でラーバルに回復魔法を使った。
身を削る思いでエクサーに回復魔法を使うレノだったが、2人の後に続くように感染した生徒たちが、窓を突き破って、降り注いできた。
レノがそれに気づいた時にはすでに遅く、レノは目を閉じて、ラーバルの上に覆い被さった。
「キーーーーーーーーー!」
この絶対的ピンチに何やら超高音が鳴り響いた。それを聞いた生徒たちは、途中で気絶し、ボトボトの上から落ちてきた。
「間に合いましたね。」
真っ黒なマント、発達し尖った牙、血色の悪い顔、貴賓溢れるいでたち。我らが校長、トバルカインが2人の前に姿を現した。
「校長先生。」
「ちょっと失礼しますよ。」
トバルカインがラーバルに触れると、ラーバルはあっという間に元に戻り、万全の状態になった。
「校長先生、ありがとうございます。」
「いえいえ、寝ていて遅れてしまいました。申し訳ありません。」
トバルカインが来て安心したのも束の間、感染した生徒たちは四方から姿を現し始め、中庭の3人を囲んだ。2人はトバルカインによっていった。
「さて、あなたたちにはこれを渡しておきます。」
そう言って、トバルカインは2人に銃を1丁ずつ渡した。
「フォークナーです。装弾数3発、貫通力なし、当たった相手の魔力回路を破壊する能力を持ちます。すでに私の魔力で2つに3発ずつ装弾されているので安心してください。ただし、知っているように魔力回路の破壊は回復魔法の対象外なので、修復にとてつもない時間がかかります。なので、絶対に回避できない時にのみ使ってください。いいですね。」
そんなことを話しているうちにも、わらわらと現れる生徒たち。
「校長先生、でもあの数ですよ。」
「大丈夫です。私がいます。それにラーバル、あなたが頑張ればレノの負担が少なく済みます。襲われるリスクも減るでしょう。あなたは大切を守ることだけ考えなさい。」
「わかりました。」
「愛の証明、実力の証明、努力の証明、結果の証明、全ての証明には実力を元にした力の行使が不可欠です。あなたのレノへの愛の証明のためにもここで頑張りなさい。私も愛する生徒たちのために力を行使します。」
今にも襲ってきそうな生徒たち。
「さぁ、いきますよ。我が生徒たち。」
3人は互いに背中を預け、構えた。
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地獄・サクラコマチ
街の至る所に桜が咲き、風に吹かれれば花びらの舞う、夜桜美しき妖美な街、サクラコマチ。建物も一定基準の高さより上に建てることはできず、和風建築のみの許可。皆が礼儀をわきまえた失礼のない場所だった。
「キャーーーーー!」
そんな街も『バブルス』の影響を受けていた。正確にいうと、サクラコマチの悪魔たちは街中に貼られた特殊結界により影響は受けていなかったが、結界外から侵入してきた悪魔たちによる被害を受けていた。
そんな悪魔たちから逃げ惑う、サクラコマチの女悪魔たち。
だが、襲う者いれば守る者がいるのがこの世界。美しき桜の木から木へと飛び移り、高速で向かってくる1人の少女。
「花吹雪。」
今にもサクラコマチの悪魔たちを襲いそうな、感染者の周りに花びらが円形に回り始めると、感染者たちの体を切り刻み始め、肉片へと姿を変えた。
他の場所の悪魔たちは、感染が解ける時のことを考えて気絶させるという選択肢をとっていたが、この街では、勝手に入ってきた感染者という立ち位置だったため、排除という考えの元、気絶ではなく殺すという選択がとられた。
「アマメちゃん。ありがとうございます。」
女悪魔が頭を下げた先にいたのは、バネットの側近のアマメ・カグラだった。
「近くに職人さん達が匿う場所を設けています。そこへ。」
「はい。」
そういうと女悪魔たちは逃げていった。
そうこの街は、バネットの住まう街だった。
「物騒な夜ねぇ。」
中央にそびえ建つ大きな城の頂上から、バネットは街を見下ろしていた。
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地獄・マネスキ
「う”ぁ”ぁぁぁぁ!」
「ふんっ。」
軽々とフォルテの攻撃を受け止めるF,D。先ほどまであったフォルテの高らかな笑い声を放つ余裕はもうここにはいなかった。
フォルテは魔力を使い、魔力砲をF,Dに向けて打ち込むが、バリアに簡単に防がれてしまう。瓦礫や建物の残骸から様々なものを錬成し攻撃、魔力を消費し物質を構築し攻撃、様々な攻撃手段をフォルテは用いたが、それでもF,Dに『バリア』で全てを弾かれた。
F,Dはフォルテを攻撃することはなかった。人獣化した状態でのF,Dでは下手な攻撃をすれば、フォルテに重傷を負わせる可能性があった。それでも人獣型を選択した理由は、獣型では機動性に欠け、人型では耐久性に欠けるためだった。
そんなF,Dも一つの攻撃の隙を伺い始めていた。それは、他の場所で戦う皆と同じ気絶だった。
闇雲に攻撃を放ち続けるフォルテにそろそろ現れる致命的な隙、それは魔法を使う者として絶対にあってはならない、魔力切れだった。
突如、錬成や構築魔法が使えなくなったフォルテは、自分が魔力切れを起こしていることに気づいた。が時すでに遅し、フォルテの目の前に移動し、右手の掌を顔の前に出すと、ダメージのない衝撃波を放ち、フォルテは気絶した
。
F,Dはフォルテの気絶を確認すると、獣型『ケルベロス』に姿を変え、フォルテを背中に乗せると、サランカスの方に向かって走り出した。
ーー終ーー