32 第2ラウンド
「第2ラウンドだ。」
グガットは両手の拳をぶつけながら、リンドに向かって歩く。
リンドも冷静にグガットに向かって行った。
そして、2人の間合いが触れた時、2人のもう一度、鈍い音を鳴らしながら拳を衝突させた。
数秒の拳の押し合いののち、制したのはグガットだった。
リングの端まで飛ばされたリンドだったが、床を全力で踏み込み、瞬時にグガットとの距離を縮めた。
そして、2人の連打が始まった。
ドコドコという音を放つ衝突は一発一発が衝撃波を放った。
ただ、リンドはこの押し合いで早々に優位を取り始めたのだった。
リンドはグガットが力で押し切ってくると踏んだ。そうすれば、リンドにとっても大きく不利になる。そのためそれを阻止すべく、連打の数を増やしてそれを阻止することにした。
ひどく冷静な思考で弾き出したこの策は実際この作戦は成功を収めた。
グガットが小さな青年の連打に押し負けているという状況を観客は嘘のように感じていた。
「くぅぅぅ…」
連打に対応できなくなったグガットは後ろに後退。そして、捌き切れずに次第にダメージを受け出した。
そして、グガットが感情に揺れ、反撃しようとした瞬間、リンドの拳は、針に糸を通すように綺麗にリンドの心臓に命中した。
そして、グガットは白目を剥いて倒れた。
この日、この瞬間を持ってグガットは死んだ。
ーーーーー
この急展開を観客が認識するには時間を有した。
あのグガットがいとも簡単に死んだ。現実か。現実だった。
なんとも言えない空気で、会場は解散を迎えていた。
バネットも例外ではなく、帰路に立とうとしたところ、途中で、パチパチパチという何かを打つ音を耳にしてその方向を見ると、そこにいたのはすごいスピードでタイプライターを打つ男の悪魔だった。
その悪魔は、痩せ型で目の下に大きなクマをついた寝不足そうな悪魔で腕が6本生えていた。
「あら、ネット。あなたもいたの。」
「あぁ、バネットか。1457日ぶりの休みと招待状の日が重なったんでね。」
この悪魔の名はネット。新聞、テレビ、ラジオ、雑誌など、地獄の情報、情報媒体の9割を取り仕切る悪魔で『情報王』の異名を持っていた。
「でもまさか、こうなるとは思ってもいなかった。」
「私も思ってなかったわ。」
ネットは高速でタイプライターを打ちながら器用にバネットと話した。
「明日の新聞は、これで持ち切り。せっかくの休みが台無しだ。ここで、リンドが勝てばいい記事になると思ったら、それどころの騒ぎじゃなくなったね。」
「ここから、荒れるわよ。」
「あぁ、わかってる。地獄経済界でも多くの資産を持ち、大きな権力を持った『薬物王』グガットの死。記事としてはここ70年でもっとも大きな記事になりそうだが、それだけでは済まない。グガットが死んだ穴を埋めるには相当の時間が必要になる。そしてこの隙をうまい具合に突く企業も出てくる。それに株式も大きく影響を受ける。間違いなくデフレになる。」
「グガットの穴埋め大変よ。きっと。」
「幸い、グガットには1人子供がいる。」
「でも、23年前から消息不明よ。」
「はぁ、そうなんだよ。とりあえず、近いうちに爺さんが会議を開くだろう。それも待つことだ。」
「そうね。」
「はぁ、正体不明の『殺意』についても書かなきゃいけないし大変だよ。」
「そういえば、ヴァットは?」
「さぁね、さっき足取り軽く一番乗りで帰っていったよ。」
「そう。じゃあ、私も帰るわ。また今度。」
そう言ってバネットは帰っていった。
ーー終ーー




