212 偉大なる父
地獄・サンクタムシティ
突如、プレズデントの前に現れた渦を巻き、空に昇る火柱。
その中から現れたのは大きな竜の尾を持ちイフリートの血統を純血で受け継ぐドラギナであった。
「次から次へと…今日は一体なんだ!!どれだけ子守をすればいい!!」
イフリートの血統という肩書きを持ち、見方によってはひれ伏す事も選択肢となる強力な存在であるドラギナを前にしてもプレズデントには1人の子供としての認識しかなかった。
今のプレズデントは口調の荒々しさから分かるように怒っていた。
それもこれもクー、レノ、ラーバルと子供を相手にし、そんな子供にもれなく、危機を感じさせられたり、感心させられたり、大きな傷を負わされたり、行動は違えど、そのどれもがプレズデントの培ったプライドを傷つけるには十分だったからだ。
「まぁいい…何度来ても同じだ!子供が束になろうと勝てない!!それともなんだ!!今の僕は子供が束になって事足りると思われているのか!!」
プレズデントの体からは感情の起伏に連動するように魔力が放出され始めた。
「腹立たしい…最低な気分だ!!」
プレズデントは溢れ出す力で、思いっきり右足で地面を踏み込む。
そこから発せられた衝撃波はドラギナにまで届く。
ドラギナは感情むき出しのプレズデントを見て、呆れた顔でため息をついて、頭を掻いた。
「話は終わったか?おっさん?」
「…!」
まさかの煽りを決めてきたドラギナに対し、プレズデントのギリギリで怒りを溜めていた器から一気に怒りが溢れ出す。
「黙っていろ…子供がァァァ!!!」
プレズデントは魔術で大量の影で濁流を作り出す。
濁流はドラギナを勢いよく飲み込む。
「このままお前達も飲み込む。そのまま影に飲み込まれろォォ!!」
プレズデントはドラギナを飲み込んだ濁流の進行方向を変え、ラーバル、レノ、クーのいる場所に向かわせる。
今のプレズデントに子供の生死を考えている余裕はなかった。自分で自分の感情の捌け口から感情を流す事しかできなかったのだ。
ラーバル、レノ、クーの3人の心の内は絶体絶命の一点で共通していた。
影の濁流が最も近いラーバルに差し掛かった時、ラーバルは覚悟を決めて目を瞑った。
だが、ラーバルは目を瞑った瞼の先に影とは相対する輝かしく強い光と熱を感じ取る。
この光と熱は何もラーバルだけが感じている感覚ではなかった。
少し遠くにいるプレズデントにもレノにもクーにも届くものだったのだ。
そして、ラーバルの目の前まで差し掛かっていた濁流がギリギリで弾けるように勢いがなくなると地面に帰っていき、中からドラギナが出てきた。
「移動の手間が省けた…」
ドラギナは全くの無傷でプレズデントを睨む。
「所詮は影…光が強いと動けるものも動けないだろ?」
ラーバルは目を開けると、地面に倒れながらドラギナに話しかける。
「た…助かったよ…」
「ふんっ…1つ年上だろ?まったく頼むぜ。」
「元気になったら一発殴るからね?」
「お前じゃ無理だ。」
ラーバルは笑顔を浮かべていた。
このドラギナの登場に謎の安心感を感じたからだった。
「大人しくてろ…」
「そうさせてもらうよ…」
ドラギナはゆっくりとプレズデントに向かって歩き始める。
そして、ドラギナが足を止めたのはプレズデントにぶつかるほど近い場所だった。
同世代と比べて背の高い方のドラギナ。しかし、プレズデントを目の前にすればまだまだ子供と言わざるを得ない身長差でプレズデントを見上げた。
「君には僕の苛立ちがわかるか?」
「知らない…知ろうとも思わない。」
「どこの誰の子供だか知らないが…躾がなってない。どうせ、あの私に倒された子供達のお友達とやらなんだろう?」
「だったらどうする?」
この生意気なドラギナの発言にプレズデントの額に血管がハッキリと浮かび上がる。
「そうかそうか…そう来るか…だったらお前から殺してやる!お友達もな!!そしてお前は友達を守れないまま殺されるんだ!!!」
「…」
大声で若干唾を飛ばして豪語するプレズデント。
自分から近づいておいて離れて行くと少しカッコ悪く思ったナールガは渋々それを受け入れつつ、目を瞑る。
ーーーーー
時は『 EP157 サンドイッチ 』まで遡る…
地獄・テンパラ城
城の周りの森林は炭になっても燃え続けていた。
まるでそれが永遠に燃え続けるために生まれたように。
ここら一帯で呼吸は大変な苦労を強いられた。
それは周囲の何もかもが燃えているせいで喉を焼き切るような思いをしなくてはならず、同時に焦げ臭い強烈な臭いが鼻をつんざくからだった。
まさに地獄というこの状況を作り出したのは誰か。それはたった1人が作り出したのだから驚きだった。
燃え盛る森林の中に佇む巨大な所々に火の付いた城の前に1人の悪魔が降り立った。
その姿は誇り高きイフリートの血族、ドラギナだった。
城の門はドラギナを認識すると軋んだ音を鳴らしてゆっくりと開く。ドラギナはその城の中に歩みを進めるのだった。
「おかえりなさいませ、ドラギナお坊ちゃん。」
大きな玄関を抜けるとすぐに背の低い、城の召使いがドラギナを迎えた。
「帰った。父さんはどこだ?」
「ラムパルダ様であれば、すでに炎天の間にいらっしゃいます。」
「そうか…」
「お荷物はございますか?」
「ない。」
「かしこまりました。それではお気をつけて。」
ドラギナは召使いと少し話すとそのまま城の奥に進んで行った。
その道中も何十人と召使いとすれ違うが、その度にドラギナは優しく言葉をかけた。
地獄・テンパラ城(炎天の間)
「来たなドラギナ。」
「帰ったよ父さん。」
テンパラ城の最奥。
最上級の部屋である炎天の間にたどり着いたドラギナを迎えたのは”環境王”の名を冠する悪魔、ラムパルダだった。
いるだけで焼死してしまいそうな程の熱さをしているこの部屋。そんなこの部屋にドラギナとラムパルダは汗1つかかずにいる。イフリートの熱への耐性が伺えた。
「食事は済ませたか?」
「あぁ。」
「何を食べた?どこで食べた?何分かけた?どのぐらい食べた?」
「…気になるか?」
「ノハッハ!気にならん。」
ドラギナは玉座に足を組んで肘をついて座るラムパルダに近づいた。
「ドラギナよ…彼女できたか?」
「…は?」
緊張感を漂わせるラムパルダの喋りから繰り出されたのはなんとも拍子抜けするセリフだった。
「…できていないか。」
「いや…なんだ急に…?」
「このラムパルダの子供として…強くなるにはその方が手っ取り早いという事だ。」
「先が読めない。何が言いたいんだ?」
「いい歳こいたおじさんの話だ。少し長くなるのは覚悟しなければなんぞ若造。」
ラムパルダはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「うっ…!!」
立ち上がったラムパルダが右手でドラギナを指差すと、ドラギナの胸にラムパルダの右手から伸びた炎の楔が打ち込まれていた。
「何を…」
ラムパルダはドラギナの困惑の表情に愉悦をして、口角を上げた。
「なに大それた事はしていない。この楔をお前が自分で焼き尽くせた時、お前は自由になるという事だ。」
「自分で…?」
「そうだ。逆に言えばお前はこの楔を解かずに元の生活に戻ろうとすると楔が心臓を焼き尽くす。」
「どうやって解除する?」
「お前がさらなる炎を操れた時、その地下からで楔を焼き切って見せればよい。」
ラムパルダの指先から伸びた楔が千切れると、楔は自然にドラギナの体に入り心臓を取り巻いた。
「なんで…そこまでする?」
「意地悪をしたわけではない。オレはお前を失いたくはない。父親だし旅行も行きたいし。」
「乙女か?」
「そんな事はいい。話を元に戻す。今のお前は勿体無いのだ。」
「勿体無い?」
「今のお前の強さはオレが同じ歳の時と比較しても全く劣らない。だが、このままお前は成長すると2年後のお前とその時のオレに抜かれる。オレより才能のあるお前がだぞ?勿体無い以外の何者でもない。お前の歳から2年後のオレと2年後のお前とになぜ差が開いたかわかるか?」
「鍛錬を積んだか?」
「当然だ。それは当たり前としてだ。まぁ…こういうものは自分で気づいた時に経験も相まって成長できるとオレの親父も言っていた。」
「爺さんも…」
ラムパルダはドラギナに近づくと頭を撫でる。
その強さは撫で慣れていないのか、そこそこの威力でドラギナの髪型を崩した。
「励めドラギナ…自分で”気づき”を得るのだ。躓いて転んだら相談に乗ってやるぞ…」
地獄の中でも頂点に位置する程の実力を持つラムパルダ。
その中身は意外と子供思いの優しいお父さんであった。
「じゃあ城から帰っていいか?」
「ダメだ…」
雰囲気からいけそうな気がしたドラギナだったがその願いは叶わないようだった。
ーーーーー
炎天の間から出てすぐ。
ドラギナが廊下を歩いているとその先から1人の背の高い女の悪魔が向かってきていた。
容姿を見るにドラギナの要素を持ち合わせており、形も竜を彷彿とさせるイフリートの血統と言って差し支え無さそうだった。
「ドラギナ、おかえり。」
「ただいま母さん。」
この女の悪魔は正真正銘のドラギナの母・フレイスだった。
長身。全身を黒いタイツに覆い、その上から大事な部分を隠すように服を着ている。
下唇の右側にホクロ。左腕にはびっしりと彫られた炎と薔薇の刺青。右腕は荒々しいやけど傷があった。
ドラギナの母親という事もあり歳はかなり重ねているはずなのだがその様子からはそんな事を一切感じさせない。容姿の年齢を人間の年齢で例えると大人びた20代のようであった。
「お父さんに何言われたの?」
「ざっくり言えば強くなるまで帰るなって…」
「まったくやれやれね…そういう自分勝手なところを直して欲しいわ。でもあなたを買っての事よ。あの人…興味がない相手に肩入れなんてしないから。」
「…そうか。」
「これからどうするの?」
「頭に浮かんだ事を片っ端からやる事にする。」
「そう…帰ってきたならおじい様のところに行きなさい。久しぶりに顔でも見せてこないと生き返って焼かれるかもよ…」
そこからドラギナは強くなるための”気づき”を求めて、頭に浮かんだ事を片っ端からやり始めた。
水の中で炎を出す練習をしたり、体が溶けるほど火力を極限まで上げてみたり、周囲の森を焼き尽くしてみたり、出てきたご飯を片っ端から炙って食してみたり…
「はぁ…」
ドラギナは山の奥にある綺麗な滝のある池の水を手で掬って飲むと、息を吐いた。
「どれも…効果があるようには見えない…か。」
思いついた事全てをやってみたものの、得られた物は火力upと皮膚が厚くなったぐらいだった。
そのどこにもにラムパルダの言う”気づき”があるようには見えなかったのだ。
「帰るか…」
時間も時間、夕食のお時間という事でドラギナはテンパラ城に帰って行った。
ーーーーー
地獄・テンパラ城
「それで…調子はどうだ?ドラギナ。」
「何も掴めない…」
ラムパルダ、フレイス、ドラギナの3人は優雅な夕食の時を過ごしていた。
今日はステーキをメインとした豪華絢爛料理。ラムパルダという悪魔の地獄での地位を考えれば当然と言える豪華さであった。
「ちょっとヒントぐらいあげてもいいんじゃない?」
フレイスはいつまで経っても助言をしようとしないラムパルダに耐えかねて言った。
「ノハッハ!!自分で考える。自分で感じる。大事な事だ。」
「そうは言っても…」
「そうか?では、ドラギナ食後に裏山に来い。」
「は?」
ドラギナは思わず食事の手が止まった。
「なぁに父親の背中の大きさを知っておくのも経験だ。それもヒントになるやもしれん。兎にも角にも待っているぞ?」
ラムパルダはグラスに入った酒を一気に飲み干すと、足取り軽く部屋から出て行った。
「ドラギナ気をつけるのよ?あの人、お酒も飲んだから調子上がりやすいかもしれないわよ。」
「…わかった。」
ーーーーー
テンパラ城の裏山の山頂は、山を横に真っ二つにしたように綺麗に横に切れており、円錐形の上の方を切り取ったような円形型をしていた。
ドラギナは食事を終えると母であるフレイルと共に山頂に降り立った。
風が優しく2人を撫でる。その風の行先には空を見上げて立つラムパルダが先にいた。
「ドラギナよ…もしオレが1分間、理性を失い殺戮に走ればどのぐらいの命が潰えると思う?」
「…100万ぐらいか…?」
「およそその8倍だ。」
「!!」
「ちなみにこの数字はオレがまだ若かった頃に行った”結果”だ。だから今のオレであればその倍以上の数値が出る。」
ドラギナは固唾を飲んだ。
自分の父がたった1分自由に殺戮をするだけで最低でも800万の命が消えるというのだから当然の反応だった。
「そんなオレよりもお前は才能がある。これはオレの親父も言っていた。自覚しろドラギナ…お前に眠っている力はオレ以上の人数を手にかける事ができる力なのだ。」
ラムパルダはスーツを脱ぐとインナーの姿になった。
両拳をゴキゴキと鳴らす。すると、ラムパルダの背後から皮膚を焼くほど強い熱波がドラギナとフレイスを襲う。
「母さん…別の場所に。」
「そうさせてもらうわ。」
フレイスはこの状況から逃げるように空から2人を見下ろした。
「馬鹿げた力だな…衰え知らずか。」
ドラギナは幼い頃に見た父親の圧倒的力と今を照らし合わせて、その時よりも遥かに大きな力を持っている事に気がつき、父親がいかに化け物であるかを理解した。
「悪魔は長く生きる…オレはまだまだ成長期だ!!」
山が揺れ始める。大気が揺らぎ始める。
ドラギナは目の前に大火災を錯覚する。
ラムパルダが構えを取った。
ドラギナも今からこの化け物と戦うという事に最悪だと思いつつ、構えを取る。
「気炎…万丈!!!」
ラムパルダが笑ってそう言うと、ラムパルダvsドラギナが開戦した。
ーー終ーー
<キャラ紹介>
ラムパルダ
・魔術なし ・自動回復あり
・ドラギナの実の父にして、環境王と呼ばれる悪魔。
・推定年齢は人間年齢で70歳前後。
・人里離れたテンパラ城に住み、その理由は近くに民家があると何かの拍子で被害が発生するため。
・五芒星に匹敵以上の力を持ち、五芒星よりも恐れられている。
・A2曰く、地獄で一番戦いたくない悪魔はラムパルダらしい。
・若かりし頃に喧嘩で街9つと800万の悪魔を殺した過去を持つ。
・上記を反省し今は遠くで隠居生活のようになっている。
・イフリートの血統であるフレイスには一目惚れで結婚。告白の際、告白に慣れていなくて噛みまくった経験あり。
・フレイスはビジネスの手腕があり、ラムパルダ監修の『ボルケーノ・ハバネーロ』という名前の唐辛子スパイスを販売。売り上げ本数は2600万本のウルトラメガヒット!しかし、ラムパルダ自体、辛い物に耐性がありすぎる為、辛さはかなり抑えられており、ラムパルダの注文通りにすると試作の段階で死人が出た。




