210 解放
人間界
「なんだ?随分と収まりよくコンパクトになったじゃねぇか?」
「…」
サタンの封印部位の”右足”吸収したナールガは、1つになった大罪『大罪集極体・ギルティ』にそう告げた。
場所は上空。降り注ぐ雨が2人を強く打ち付けていた。
「大人しく結界の中にいてくれたほうが嬉しかったんだが…まぁそうもいかないとは思ってた。」
ナールガはその場で深く腰を落として、ギルティを手で誘うように挑発する。
だが、ギルティはそれに全く反応を見せなかった。
その一見隙だらけに見えるギルティにナールガは雨粒が止まって見える速度で殴りかかる。ギルティはそれを簡単に右手で止めた。
「速いな…予備動作と行動のムラが全くないな…」
「…」
ギルティはナールガの言葉が聞こえないと言わんばかりに表情を変えなかった。
ナールガはそんなギルティに生意気だと思っていた次の瞬間、ナールガの腹にギルティの重い一撃がヒットする。
その威力はナールガの底上げされた防御をいとも容易く貫通し、鈍い音と衝撃が響いた。
腹を押さえ込み、口から血を垂れ流すナールガを見て、ギルティはようやく口を開けた。
「我を目の前にして汚いものを見せるな。礼儀知らず…」
ナールガは腹を抑えながら、顔を上げてギルティを見ると睨んだ。
「別人だな…さっきとはまるで違う。」
「何も変わらない…ただ1つになっただけだ。それ以上でも以下でもない。」
ナールガは腹を抑えるのをやめると体をゆっくりと起こした。
「ウォーミングアップがてら…とも思ったがそんな必要はなさそうだ。全力でぶつからないと得られるものも得られなさそうだ。」
「はぁ…サタンも可哀想な奴だ。最後にこんな奴の中に消えていくのだからな…」
「勝手に哀愁を漂わせるな。こっから死ぬのはお前だぞ?」
「よく噛み付く子犬だ。」
雨が2人を強く打ちつける。
「我の前に立つ事は人も天使も悪魔も自然であっても許さぬ。」
すると、ギルティの上にある雨雲が突如として渦を撒き始める。
「我の前に…立つな。」
次の瞬間、ギルティから夥しい数の稲妻が発せれる。
「『罪の雷』…」
「チッ!」
ナールガは咄嗟にギルティーから離れる事を選択した。それは直感的にあの稲妻に触れれば死ぬという危機感の表れだった。
(あの稲妻…サタンの封印部位を4つ吸収しても当たったらマズいと思わせてくる。とんでもないな…)
稲妻は空に浮かぶ雲を切り刻み、雨だった天候をも晴れに変え、月の光の届く美しい夜へと変化した。
だが、状況はそんな悠長な事を言える場合ではなかった。
攻撃を避けるナールガに目をやったギルティはその場でほんの少しだけ重心を前に傾けると、一気にナールガの頭上に移動。そのまま、ナールガの顔面を掴んで、地上に急降下していった。
2人が落下する事で地面は隆起し、地割れが起こる。
「離せよ…テメェ!」
ナールガは怒った表情で下からギルティを睨むと、ギルティの腕から無理やり脱出すると2人は激しく衝突を始めた。
ーーーーー
天界・ミカエル宮
”ミカエル親衛隊・次席”フレリエルの一報はミカエルに大きな衝撃を与えた。
「ほ、本当ですか?」
ミカエルは今聞いた事が信じられない様子でフレリエルに聞き返した。
「はい…ただ今、部隊の調整に入っていたウリエル様、ラファエル様もガブリエル宮に向かっておられます。」
「そうですか…フレリエル、トロリエルを呼んでください。至急、ガブリエル宮に向かいます。」
「了解いたしました。」
ミカエルは下唇を噛んでその場を去ろうとした時、その場に好都合にも”ミカエル親衛隊・三席”トロリエルが現れた。
「トロリエル、ちょうど良かったです。あなたもついてきてください。ガブリエル宮に向かいます。」
「ミカエル様…その前に1つよろしいですか?」
「なんですか?至急案件ですか?」
「至急かは判断しかねますが、拘束中のA2という悪魔がお呼びです。」
「A2が…?」
「はい。何やら話したい事があるとの事で。」
「わかりました。私はA2に会ってから早急にガブリエル宮に向かいます。あなた達は先にガブリエル宮へ。」
「「了解いたしました。」」
ミカエルと2人はここで二手に分かれ、各々の目的地に急いだ。
ーーーーー
「おやおや、来てくれて嬉しい限りだよ。」
「なんの用ですかA2?」
体に鎖の刺さったA2は、薄暗い部屋の壁に縛り付けられる形で動きを封じられていた。
そんな状況でもA2の顔は笑っている。まるで薄ら笑みしか知らないかのように。
「用がないと言ったらどうする?」
「万一にもそんな事があればあなたの旅路はここで終わりです。」
「ハハハ!勘弁してくれよ。」
「それで、なんですか用は?早くしてください。こちらも一大事を抱えているのです。」
「そうか…では単刀直入に言おうか。”私を人間界に送ってくれ”。」
「!」
ミカエルはA2の発言に驚いた。
まさかここでそんな事を提案されるとは思っても見なかったのだ。
「許可できません。」
「そうかそうか…だが私は食い下がらないよ。別に私はただ自由になりたいと言っているわけではないのだよ。今から私のする事の結果として自由が得られれば良いと思っている。」
「結果として…?」
「ハッハッハッ!では私の考えを述べようか。私が人間界に行き、ナールガを止める。それで無事に帰って来れた暁には、私を元の地獄に帰して欲しいだけだ。君達も君達で大変そうだからね。」
「そうですか…しかし、それでも賛同はしかねます。」
「その心は?」
「人間界の問題はナールガだけではないのです。”大罪の復活”これも大きな問題です。その2つの問題にあなたを投げ込んで両方共の解決があなたにはできますか?」
「……」
それを問われたA2は顔を下に向けダンマリを始めた。
「それができないのであればその条件は飲めません。」
ミカエルはそう言って、部屋から出て行こうとした。
「ハッ!…ハッ!…ハッ…アッハハハハハハ!!!」
ミカエルが扉に手をかけて時、A2は何かに取り憑かれたのかと思うほど不気味に高らかに笑い始めた。
「何がおかしいですか?」
「いやいや、おかしくはない。俄然、人間界に行きたくなっただけだ。」
「あなたに2人を止められると?」
「Yesと言っておこうか。サタンを吸収したナールガと過去の地獄の統治者であらせられる大罪。そんな者達を目の前にした私は興奮が最高潮になり、きっと死闘を広げるだろう。」
「勝てるとは言い切らないのですか?」
「はぁ…」
A2はいきなり笑みを消すとため息をついた。
「この私の提案の好条件さにまだ気づいていないのかい?これはね、私にとってもあなたにとっても最高の契約なのだよ?」
A2は珍しく真面目な顔をしてミカエルに話を始めた。
「私が人間界に行けばあなた達天使はその間にもガブリエルの暴走を止められる。私が勝てばそれで結果オーライ。逆に私がそれを止められなかったとしても、私という厄介な種を1つ消せる。そしてその後、天使軍で削れた大罪とナールガを仕留めればいい。私にはナールガと大罪と戦える、自由になれるというメリットがある。どうだい?悪くない…それどころか好条件だろう?」
A2は双方のメリットをつらつらと話すと薄ら笑みを戻した。
ミカエルは数秒考え込み、何も音の無い時間が過ぎた。
「信用しても良いのですか?」
「もちろん。なんなら私に裏切った場合、体を粉々に吹き飛ばす契約でもするかい?私は裏切る気がないから構わないよ。」
「…そうですか。ではそうしましょう。」
ミカエルは右手の人差し指をA2に向けるとクルッと一回転して見せた。
これはミカエルがA2に”裏切り=死”の契約をしたという意味だった。
「裏切ったら死ですよ?いいですか?」
「構わない。」
「では解放します。」
ミカエルが右手をスナップするとA2を拘束していた鎖が、光の粒子になって消えた。
A2はゆっくりと立ち上がると服のホコリを払うと、ここでA2は完全に自由の身となった。
「あっそうだそうだ。返してよ。」
そう言うとA2はミカエルに手を差し伸べ、何かを返すように言った。
「返す?何を?」
「私の”魔術”と”魔力”。」
A2はニヤッと笑って、ミカエルに奪われた自分の魔力と魔術を返すように言った。
「なぜですか?」
「なぜって、私にこの状態で突っ込めと?今の私のどこに勝算があるように見えるかい?サタンを吸収したナールガ。縛りのない大罪。私に勝ち目なんてないじゃないか。私としても全力で戦闘を楽しみたいからね。」
「…」
「そんな悩まないでくれよ。もし、私が不審な動きをしたら、裏切りと見なして契約を履行すればいい。」
「…わかりました。」
ミカエルは胸の前で両手を組むと、A2の頭上に天の光が現れた。
そしてミカエルが組んでいた両手を解くと。A2の頭上の光が消え去った。
「これでいいでしょう。念の為、魔術を使った際の出力を半減しています。あなたの魔術は出力を誤ると一大事ですから。」
A2は自身の右手を開いたり閉じたりして、力が戻った事を確かめた。確かに自身の魔術と魔力が戻っている事を確認した。
「そういえば、よくガブリエルの暴走を知っていますね。」
「これだけうるさいのだから知りたくなくても聞こえてくる。私のこの地獄生まれ、地獄育ちの地獄耳でね!」
「…」
「上手い事言ったつもりだったんだが…まぁいいか。」
「天国の扉まで送りましょうか?」
「結構結構。」
ミカエルの親切心100%の誘いをA2はバッサリと断った。
「では、どうやって人間界に行くつもりですか?」
A2は一歩前に出ると、ミカエルを振り向き笑った。
すると、A2の体の向く方の空間に亀裂が入った。
「最短距離で直行するに決まっているだろう?」
その空間に入った亀裂はガラスのヒビのようにどんどんと伝播し始めた。
ーーーーー
人間界
ナールガとギルティの激戦は大気を歪ませる戦いだった。
誰も近づけない。近づけば巻き込まれて死ぬ。そんな圧倒的な規模で行われる戦闘だった。
ナールガは若干の劣勢を強いられていたが、戦いに対して楽しさや満足感を感じて笑っていた。
一方のギルティは攻撃を受けようとも一切顔を変えずに、冷徹な顔をしていた。
「ッハハ!」
「…」
2人は魔力を放出し、一気に距離を詰めた。
そして、2人が衝突するかに思われたその時だった。
「「!!」」
2人の目の前の空間にガラスのヒビのようなものが現れた。
2人は驚いて、すぐさまその場から離れる。
「なんだ?」
ギルティはそれに見当もつかない様子で首を傾げて不思議がった。
「…クッソ…」
ナールガは空間に入ったヒビを見て笑みを捨てて、拳を強く握り、血管をむき出しにして怒りを示していた。ナールガには、この空間のヒビの正体が分かっていたのだった。
空間のヒビがどんどんと広がっていく。それと同じようにナールガの拳を握る力もどんどん増していき、強く握りすぎて血が流れ始めた。そして、空間のヒビが止まった。
「…来やがったな…A2!!!!!」
ナールガが大きな声を上げるのと同時に空間のヒビが爆発したように吹き飛んだ。
「そんなに大きい声で呼ばないでくれよナールガ。相変わらず、君は僕の事が大好きなんだね!」
割れた空間の先からゆらりと飛んでナールガとギルティの前にA2が姿を見せたのだった。
ーー終ーー




