200 地獄へ
大魔界・デルフォース城
今日も大変にデルフォース城周辺の天候は悪かった。
もはやここまで来ると、これがデフォルトの天候なのではないかと思えるほどの強風と霧雨を撒き散らしていた。
城の中では大きな広間に置かれた、赤い布の敷かれた長机の端と端にナールガとプレズデントが座り、食事をしていた。時間的に言えば、この食事は夕食に相当するものだった。
部屋にはジャズ調の曲が流れている。
2人はパンと肉、スープと各々の前に置かれたワインに舌鼓を打ちながら、特に会話もなく食事をしていた。
食事も終盤に差し掛かり、ナールガが自分のグラスにワインを注いだ時だった。プレズデントが口を開いた。
「そのワイン、お気に召すかい?」
「…まぁまぁだ。」
「それは、私が倒産寸前のワイン製造者を助けた礼で貰ったものなんだ。非常に腕の立つワイン職人でね。このままま廃れていくのは勿体ないから助けたんだ。」
「文句をつけるなら、もっと酸味が欲しい。」
「若い物が好みなのかい?それは知らなかった。」
プレズデントは赤ワインでよく煮込まれた肉にナイフをゆっくりと通し、フォークで肉を口に運んだ。
「ちなみにこの肉は、倒産寸前の牧場屋を救った時に貰ったものだ。」
「…肉は最後に食う派か?」
「私は一番美味しい物を最後にいただく主義でね。」
「理解に憚るな…」
プレズデントは、自身のグラスにワインを注いだ。
「私は明日、地獄に上がる。」
「わかった。」
「その次の日…つまり明後日、私は、サタン信者を集め、サタン信仰会の代表就任演説を行う。その時に私は熱弁をして、信者の信仰心を仰ぎ、贄の杯を使用する。それで人間界への扉を開けるとするよ。」
「じゃあ、オレは明後日に人間界に上がればいいのか。」
「いや、私と一緒に上がって欲しい。贄の杯を使い、人間界に行くチャンスに不安を残したくなくてね。」
「そうか。」
ナールガは何やらもの言いたげな顔をしていた。
「何か意見があるかな?」
「いや、もう少しサタンの魔力を抑えたかったと思っただけだ。」
「絶対にかい?」
「いや、9割方押さえ込んである。オレも不安は極力持ち込みたくないだけだ。」
「珍しい。多少なりとも不安を考えるとは…」
「普段は思わない。ただ、サタン関連ともなると話は別だ。」
「そうかいそうかい。とりあえず、支度をしておいてくれ。地獄に上がった後の1日は部下が丁重におもてなしする。」
「…」
ナールガは無言で承諾した。
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次の日
大魔界・デルフォース城
「さぁ、行くとしようか。」
「あぁ。」
プレズデントとナールガの2人は宙で立ちながら、デルフォース城を見下ろしていた。
今日の天気は、雨がなく、風は時折強く吹く天候。ここに来て初めての天候だった。
「城はどうする?残して行くかい?」
「いいや、壊して行く。」
ナールガは、デルフォース城に右手を向け、魔力弾を城に放つと城を粉々に消し飛ばした。
「ミカエル達が調査に来ると面倒だ。」
「あ〜ぁ、せっかく綺麗にし直したのに綺麗な爆発になっちゃって。」
「いい散り様だ。」
「ならよかったですよ。」
ナールガは体から魔力を放出した。
「行くぞ。大海の大穴でいいな?」
「いいよ。」
プレズデントもナールガに倣って魔力を放出すると、大海の大穴の方角にジェット機顔負けの速度で飛んで行った。
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大魔界・アポロポリス号
アポロポリス号は大海の大穴の真下で波に揺れながら、停船をしていた。
上にある大海の大穴は、じっと見ていると吸い込まれて地獄に戻れそうな気を見る者に与えた。
「父さ〜ん、右甲板の修復完了。左も7割はできたって。」
「よし!わかっ…イッタタタタ…」
「無理しないでよ。」
船長室の自分のベットで横になっていたシー・ブルーが、次男であるコリコント・ブルーに修復の進行報告を聞くと、体を飛び上がらせた。
しかし、まだ若干の傷が残っているせいか、体を起こしたせいで激痛が体に走った。
「クッソ…スティス…許せん!」
「大人しくしてて。生きてるだけラッキーだよ。それにもう一度戦ったってあんな奴には勝てない。勝てないように設計された敵キャラみたいなものだよ。」
シー・ブルーは自身をボロボロの身に追い込んだ、五大貴族・黙悦の凶星・スティスに、大変な苛立ちを感じていた。
「でも、スティスの妹さんとは仲良くできてたじゃん。」
「血が繋がっていても、別人だ。アイツとの酒は美味かった。」
「はいはい。」
ブーッブーッ!!
すると、船長室の魔力探知機が、大きなブザー音を鳴らして警告を始めた。
「どうした!?」
「父さんは寝てて!」
コリコントは急いで探知機を見ると、そこには大きな2つの魔力がこちらに向かって来ていることを示していた。
「何かが向かって来てる。」
「この前の大魔族の海賊か?」
「違う。魔力は2つ。それも1つは恐ろしいほどに大きい…」
コリコントは1つの魔力の大きさに冷や汗を流した。
「こんなに大きいものがそれも、この速度で…」
魔力量もさることながら、異常なのは向かって来ているスピード。
もし、これが船に対する特攻であれば、当たれば一発で海の藻屑だ。
すると、探知機の表示する2つの魔力がさらにスピードを上げたのだ。
「スピードが上がった…」
コリコントは今、自分が何をすべきか悩んだ。
魔術で追尾弾を向かわせたところで、あの魔力量に対しては何にもならない。
コリコントはマイクを手に取り、船全体に音響を繋いだ。
「衝撃に備え!!!」
いきなり、コリコントの声が船の船員全員の耳に響く。
だが、このいきなりの命令に対し、訓練された船員達は急いで近くの手すりなどの固定された物に捕まった。
そして、次の瞬間、その2つの通り過ぎた際に発生した強風に船は煽られ、大きく傾いた。船はこれになんとか耐え切ると、元の位置に戻った。
「はぁ…はぁ…」
コリコントはなんとかなった現状に安堵した。
「コリコント聞こえる?」
すると、コリコントの元に、長女・アリスト・ブルーから『フォン』で連絡が来る。
「どうしたの姉さん?」
「今、甲板にいて、ハッキリとは見えなかったけど、大海の大穴に悪魔2人がとんでもないスピードで地獄に向かったわ。」
「わかった。負傷者は?」
「私の周りにはいない。確認するわ。」
「お願い。」
アリストは魔法を切った。
「聞いてた父さん?」
「聞こえた。あのデカい魔力2つが地獄に…こりゃあ何か起こる。」
「でも、とりあえず被害がなさそうでよかった。」
「いい判断だったぞ…オレもそうしただろうな。」
シー・ブルーは、コリコントがした判断を適切だったと賞賛した。
「早くF,D達を拾って地獄に戻るぞ。修復期間はあと12時間だ!!」
「父さん、無茶言わないでよ…」
「なるだけ早くだ。船乗りの勘が働いた。こっから一悶着あるぜ。」
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地獄・ベリス島
「はぁ…」
I,Bは砂浜に寝転がりながら、読んでいた本を畳んだ。
ただ、この本も3周目。他よりも記憶力のいいI,Bには次に何が起こるかが鮮明に思い出せるため、読んでいて全然面白くないのだ。
「べーちゃん、それ読み終わったッスか?」
「飽きた…」
「じゃあ、オレが読むッス。」
「はい…」
I,BはE,Mに読んでいた本を渡した。
そして、立ち上がり伸びをした。
「はぁ…ねぇライダー、この結界いつまで張っておくの?もう体は慣れた。」
「そうだな…明日にでも解除しろ。」
「わかった…」
I,Bは何気なく大海の大穴を見た。
すると、偶然にも大海の大穴周辺の海水が大量に飲み込まれ始めていた。
「ライダー。」
「なんだ。」
「大海の大穴の様子が変わった。何がが起こる…」
「わかった。」
ライダーはサンラウンジャーから降りると、I,B、F,Dと共に大海の大穴を凝視した。
「ほんとだな、海水を飲み込む量が多い。何か吹くか…」
「吹く?水をッスか?」
「もしかすると、エクサー達が出てくるかもしれない。それの上がってくる合図かもな。とりあえずは待機だ。」
「わかったッス。」
しかし、大海の大穴から出てきたものは3人の想像していたものではなかった。
「ん?ライダー、確かに大海の大穴から誰か出て来たッスけど、2人ッスよ。」
「ホントだな、距離的に顔が見えん。I,B見えるか?」
「…ちょっと待ってて。」
I,Bは目を窄めて、その2人組の容姿を確認しようとした。
しかし、2人組は魔力を放出すると、飛び去ってしまった。
「行っちゃった…」
「だな…」
「どうするッスかライダー?」
「オレ達も大陸に戻るぞ。なんだかわからんが、胸騒ぎがする。」
「わかったッス!」
「荷物をまとめろ。最終監獄に行って、バーナボーと合流する。」
3人はせっせと一緒になって砂浜に広げた物をまとめ出した。
ーー終ーー




