196 ストーカー
大魔界・???(キリエグ領)
「えっと…あってるのか…ここで。」
エクサーは昨日約束した雷鬼との修行をするべく指定された場所に訪れていた。
だが、この訪れた場所というのが本当にここであっているのか疑いたくなるほどの場所なのだ。
この場所、よく中華系のお話に出てくる剣のような岩が多く連なる渓谷のような場所なのだ。
加えて、なんの不幸か、この渓谷の機嫌が悪いのかとんでもないかずの落雷が空から降り注いでいるのだ。
その落雷の威力もいつも見るものが可愛く見えるほどの威力を誇っていて、剣のような岩の先端に当たるとそれを破壊し、瓦礫が道を塞ぐ。
こんな危険極まりない場所に「いきなり来い。」は本当に何かの冗談かと思う。いや、そうであって欲しいと思う。
渓谷の先に進めば進むほど空気が帯電している。
肌がそれを感じると鳥肌が立ち、若干の痛みを感じるほどに。
都会の高層ビルレベルの高さの先の尖った岩を見上げながら、魔力で体を保護するエクサー。万一にも生身でこんな威力の落雷に当たれば一発御陀仏待った無しに決まっている。
危険を承知でエクサーがどんどんと先に進んで行く。
すると、いきなり尖った岩がなくなり、その先には円形の平地が現れた。
(いきなり平地…しかも半径300mぐらいの円形だ…)
エクサーの見立ては当たっていた。
本当に半径300m程度の円形の平地なのだ。
周囲をキョロキョロと見たエクサーが平地の中央に目を向けると、そこには誰かが座っていたのだ。
だがその座っているはちょっと違う。別に椅子や岩に腰掛けているのではない。
電気を纏って、静かに呼吸穏やかに、宙で目を瞑って坐禅を組んでいるのだ。
エクサーはそれを見るとなんだか周囲が静かに感じた。
落雷は鳴っているし、それにより岩は破壊されるうるさい音のオンパレードであるにも関わらず、非常に安らいで見える。それほどに平地の中央で宙で坐禅を組む姿が自然だった。
エクサーは恐る恐る、その坐禅を組む者に近づく。
遠くからではわからなかったが、近づけばその坐禅を組んでいるのが雷鬼であることがすぐにわかった。
そして、雷鬼側もエクサーが近づいてきていることに気づくとゆっくりと目をあけた。
「来たな…クソガキ…」
「こ…こんにちは…」
雷鬼は宙に浮くのをやめ、地面に足をついた。
「…チッ!」
雷鬼が舌打ちをすると、雷鬼の口から小さな電流が生じた。
「ったくよぉ…!オレの瞑想タイムを邪魔しやがって…」
「ごっ…ごめんなさい!」
「殿の頼みだから仕方ねぇけどよぉ…お前、嬢様の許婚になったらしいなぁ?」
「あっ…!はい!そうです!」
「わからんなぁ…テメェのどこに惚れる要素があるのか見当もつかん。」
ここでエクサーもなんで惚れられたのかわからないと言いたいところだったが、鬼族の地雷を踏んだら大変なことになる気がしたので、ここはグッと堪える。
「別にオレは許婚に意を唱えることはしねぇ。殿もしねぇしな…でもお前のその貧弱さには意を唱える!これから来る将来のいざって時に殿の娘を守れんのか?到底、今のお前にはできねぇと見える。だから、ここでたっぷりボコしてやる。」
雷鬼は首を傾けて構えを取った。
いきなりの戦闘体制だ。
「構えろ、当たり前だが有事はいきなり来るぞ?」
構えた雷鬼のオーラは凄まじいものだった。
雷鬼の体からはとんでもない音のする電撃が発せられ、天候もさらに荒れていく。
流石は五大貴族・キリエグの幹部を務めているだけのことはある。
エクサーも体を強張らせて構えた。
「そいやぁクソガキ、名前はなんだ?母ちゃんが殺す時でも一戦交えるなら名前は大事って言ってたからなぁ…」
「エ…エクサーです…」
「そうか…じゃあ行くぞクソガキ…」
雷鬼は名前を聞いといて、エクサーを名前で呼ぶ気はさらさら無いようだった。
「よぉく集中しやがれ。」
エクサーがいつもより少しだけ目に力を入れる。
(雷鬼…そう言う名前だから、きっと『ボルト』なんかの電気、雷関連の魔法が上手いだろう…動きは早いし、攻撃をもらった時の余波も大きい…でも、電気を使用してスピードを上げて、移動すれば移動場所に電気が残る。しっかりとそれを察知する!)
エクサーはある程度の分析を3秒程度で終えると、アレクトーンを取り出す。そして、アレクトーンを構え、勢いよく雷鬼との距離を詰めた。
(当たる!)
アレクトーンの剣先は順調に進み、雷鬼の胸に傷を与えようとしていた。
(!!)
しかし、エクサーは剣先が雷鬼に触れる瞬間に理由のわからない謎の危機感のようなものを覚え、攻撃をやめ、雷鬼と距離を取った。
「止めたか…いい筋だ。」
雷鬼は距離を取ったエクサーに少しばかり関心していた。
(なんだ今の…?なんで今、漠然と危険を感じたんだ…!?)
しばしの混乱。
エクサーは何故ゆえ自身の体が本能的に回避を選択肢に提示してきたのかをよく考えた。
「オレは今、帯電状態。触れれば帯電した電気が流れてお前は一発で黒コゲだ。それを本能的に理解して回避したな。」
すると、雷鬼は帯電をエクサーが見えるように体の周りに具現化して見せた。
(なるほど…アレクトーンの攻撃に反応できなかったのではなく、反応しなかったのか…いや、攻撃されても僕のほうがダメージが大きいから反応する必要がなかったのか…)
「だが…これはちとズルかもな。殿に言われた訓練にもならん。これはまだ早い。」
雷鬼は帯電を解除すると、右手を空に向けた。
そこ目掛けて、凄まじい轟音と共に雷が落ちてくると、雷鬼の手は帯電した槍を握っていた。
「武器対武器。これならズルくはねぇだろ。」
雷鬼が槍を振り下ろすと、電気を纏った衝撃波がエクサーを靡かせた。
「さぁ戦るぞ。」
そう言って、雷鬼とエクサーが衝突し、屋敷に帰るまでにエクサーは39戦を戦い全敗。しかも一発も与えられないと言う結果に終わった。
「へぁ…へぁ…へぁ…」
エクサーはなんとも情けない息切れで地面に倒れ込む。
「なっさけねぇな。ほら立て。帰るぞ。」
「はいぃ…」
エクサーはフラつきながら立ち上がり、残った魔力を体に回して雷鬼の後をついて帰って行った。
その様子を誰かが岩陰から見ていた。
誰かは2人が飛び立ったことを確認すると、気づかれぬように静かに後を追って飛んで行った。
エクサーはその様子に全く気づいていなかった。
ーーーーー
大魔界・キリエグ屋敷(キリエグ領)
2人が屋敷の門から中に入ると、その先でキリエグ、水鬼、風鬼の3人が入り口で待っていた。
「ん?殿、どうしたんで?それにテメェらもなんだ?なんのお出迎えだ?」
その顔は1人もれなく険しい顔をしており、エクサーもこの顔の3人を前にすると疲れた体でも体が恐怖を感じた。
「お前、ほんとに気づいてないのか?」
「気づいてない?…あぁ〜気づいているよなんとなくな。思い違いかと思ったが結局ついて来やがったしな、それに魔の者じゃないときた。」
(みんな、何を言ってるんだ…?)
エクサーは全員の話の焦点がどこに向いているのかが見当もついていなかった。
「オレもイラついてんだゼェ…コソコソコソコソと精神異常のストーカーみたいなことされるとよぉ!!」
「!」
エクサーは隣の雷鬼がいきなり帯電を始めた。
しかもその帯電の量はエクサーと戦った時に見せたものの何十倍もの量であり、この影響を隣で受けることになるのが流石にまずいと思ったエクサーは咄嗟に少し離れた場所までジャンプして、その場で頭を抱えた。
雷鬼は帯電した電気の全てを思いっきり空に向かって一直線に放出し、上空の雲を電気で晴らしてしまった。
エクサーが自身の無事を確認し、恐る恐る雷鬼の方を見ると、雷鬼と自身との間に大きな羽に鎌のような髪型の金髪の隻腕の天使が立っていた。
「だ…誰?」
その天使はエクサーの方を軽く振り返り、エクサーの無事を確認した。
「テメェか…悪質ストーカーは。」
「不快にさせてしまい申し訳ありません。」
天使は頭を下げた。
「名を名乗れ。殺す時でも名前は大事だ。」
「…私は天使長代理・カイエルと申します。お見知り置きを。」
「お見知り置きをぉぉ?」
天使の登場にイライラを募らせた雷鬼は予備動作なしでいきなり、高密度の電撃を放った。
が、カイエルは涼しい顔で何もせずに空に弾き飛ばした。
「ほぉ…流石にやるなぁ。」
「お褒めいただけて嬉しいですよ。それにしても凄まじい魔法ですね…もはやこの操作力と殺傷能力は魔術の域です。」
「わかったぜ。」
雷鬼は謎にニヤリと笑うと電撃の如くの速度でカイエルに殴りかかった。
「オレァ…あんまり…天使に褒められても嬉しくないらしいぜ!!!」
「やめろ雷鬼…」
その様子を見たキリエグは低く重厚な声を響かせた。
その様子は屋敷の建物と生物を震わせ、木々に止まった鳥たちも思わず飛び立った。
「おい天使…何用か言え。」
雷鬼は急いでかいえると距離をとって、大人しくなった。
「流石は五大貴族、鬼王・キリエグ…言動一つでこの迫力とは…」
「聞こえなかったか?オレは用を言えと言ったぞ?」
またもやキリエグの声は屋敷中に響いた。
「今回はお邪魔したのはこの子を少しお借りしに来たと言うわけです。」
カイエルの目線はエクサーに向いた。
「え?僕?」
「彼の仲間が今、人間界に勝手に出入りしたことで拘束されています。その仲間がなかなか口を割らないので参考人として、この子をお借りしに来たわけです。」
「この子供の仲間が下界に?」
「えぇ、きっと聞いたことのある名前の悪魔ですよ。」
「誰だ?」
「A2です。」
「…アイツか…」
キリエグもA2については知っている部分があるようだった。
「ですので、なぜに下界に降りたかなどを聞くためにこの子をお借りいたします。」
「…構わん…」
「感謝いたします。」
キリエグはあっさりとエクサーを連れていくことを容認した。
当然だ。エクサーはたまたま現れた悪魔なのだから。
「でもな…」
キリエグの話はまだ終わっていなかった。
「ちっと来るのが遅かったな。この小僧はオレの娘と結婚が決まってんだ。そんな小僧を易々と天界に行かせられるか。」
「そうですか…しかし安心してください。傷は一切つけないとお約束致します。」
「そう言うことじゃねぇ。傷がどうこうじゃねぇ、娘が嫌がるんだよ…」
キリエグは静かに怒っていた。
「では…失礼致しますね…」
カイエルはいきなりエクサーを光の輪で包み、身動きを取れなくさせ、自分の方に引き寄せた。
「少し手荒ですが…私も主人・ミカエル様が待っていますので。」
ドンッ!!
キリエグは勢いよく足をその場で踏んだ。
その衝撃は今までの衝撃のどの衝撃よりも周囲を震わせた。
「待てや天使のクソガキ…」
キリエグは力の全てを握ったかのような右拳を作ると、その拳を思いっきりカイエルに振るった。その衝撃はカイエルの背後の屋敷を全て思いっきり薙ぎ倒す威力だった。
攻撃によって舞い上がった砂ボコリが晴れると、もうそこにはカイエルとエクサーの姿はそのにはなかった。
「チッ…!逃したか…」
「でも、殿、見えなかったですぜ?」
雷鬼達は突如として痕跡一つなく消えたカイエルとエクサーを探すため周囲を見渡す。
カイエルが飛び立ったのであれば少なからず魔力が残る。ましてや強力な天使であるカイエルならなおのこと。たが、今回の場合、魔力の残りが全くと言っていいほど発生していなかった。
「…直通だろうな。ここと天界を無理やり繋げた…つまり、アイツらはもう天界にいる。」
「そんなことできるんですか?」
風鬼はキリエグに聞いた。
「本来は天界と大魔界を直結することはできん。だが、多分それを可能にする術を天使長クラスなら持っている…」
「つまり、今の移動はミカエルの仕業と?」
「そうだろうな…」
「で、殿どうするんで?」
「準備だけしておけ…待てなくなればカチコミだ…」
「「「はっ!」」」
3人は御意を示した。
「レイヒにはオレが伝えておく…」
キリエグはそう言い残して、高く飛び上がり、屋敷の中央に聳え立つ城の天守閣に一直線で飛んで行った。
その内には静かな怒りが燃えていた。
ーー終ーー