195 いつの間にか
大魔界・キリエグ屋敷天守閣(キリエグ領)
天守閣の床に向かい合わせで座るキリエグとエクサー。
その様子はとても良好とは言えず、エクサーはただ下を俯き、目の前の凄まじい剣幕のキリエグを直視できなかった。
「飯が冷めるぞ…食え…」
キリエグは大きな杯に組まれた酒を一息に胃に流し込むと、杯を勢いよく床に置く。それがまたなんとも威圧的に感じてしまえた。
こんな状態で目の前の飯を食えと言うのはなかなか難しいものがある。
確かに目の前に置かれた、漬物、副菜、焼き魚、味噌汁は美味しそうだ。
というか見るだけでも美味しいのがわかる。
しかしだ…
こんな緊迫感のある状況で「モグモグ、パクパク、美味しい!」なんてことができるわけがない。
そんなことすれば、エクサーお葬式編が始まってしまう。
絶対にこれは阻止しなくてはならない。なんとかして生還しなくてはならないのだ。
「聞いたぞ…小僧…娘と結婚するらしいな…」
「・・・へ?」
キリエグが口を割ったかと思えば、いきなりこんなことを言われ、エクサーは思わず間抜けな声が出た。
「え?…え?…は?そうなんですか?」
全くもって初耳だった。
レイヒと結婚。夢かと勘違いする文章だった。
結婚と言う言葉の意味が知らないだけで他にもあるんじゃないか?とも考えたがどう考えてもそんなことはあり得そうもなかった。
というか、そもそも目が覚めてからレイヒと会っていないのにどこにそんな約束を契る暇があったと言うのだ。
「そうなんですか?だと…?」
エクサーはキリエグの気配が変わったのを感じ取った。
しかもとてもつもなく悪い方に。孤児院にいた時に飼っていた機嫌の悪い牛の尻尾を間違って踏んだ時の感覚にそっくりだった。
やらかしたと言うのが目に見えてわかったのだ。
「ほぅ…娘との約束を覚えていないとな…?」
「いや、ほんとに知らないんです!」
エクサーは何度も何度も土下座をして必死に謝った。
しかし、そんなものキリエグにはそんな思いは全く届かないのだ。
もちろんキリエグとしては最愛のレイヒがどこの馬の骨かもわからん悪魔に取られるのは癪だった。だがそんなことよりもレイヒとエクサーが本当にその約束をしていた場合、エクサーがその約束をを破棄していると言うことになる。それがキリエグとしては許せないのだ。
キリエグの周囲の空間が、キリエグの気配で歪み始めた。
すると、タッタッタッと言う軽く足を擦りながら、足早に向かってくる足音が聞こえ始めた。
「エクサーここにいた…」
この緊張感漂う場所にレイヒが姿を見せた。
「レイヒ!」
レイヒがここに来てくれた。
キリエグの混乱を特にはここに来てくれたことが誤解を解く大きな救いになると考えたエクサーは華やかな笑顔が会に現れた。
「レイヒ、お前この小僧と結婚すると言っていたな?」
「小僧じゃない…エクサー。」
「そうか…そんなことより、この小僧、お前とそんなことを約束した覚えはないとシラを切ったぞ?」
キリエグはエクサーの呼び名を小僧から変えると言う意思は全くないようだった。
「…」
レイヒは黙ってエクサーの右隣に座る。
「レイヒ、なんとか言ってよ。そんな約束してないよね?」
レイヒは左ての小指を無理やりエクサーの小指と絡めた。
「今した…」
そう言って、2人の絡まった小指をキリエグに見せつけた。
「はい…これで決まり。」
「へ?」
「エクサー…約束破ったら本気で針千本飲ませるから…」
どうやらこの瞬間、結婚する約束が正式に決まったらしい。
さぁ大変なことになったエクサーくん。
エクサーくんが恐る恐るキリエグの方を見ると、なぜかキリエグはに指を押し当てて泣いているではないか。
もうエクサーの頭の中は何が何だか全くわからなかった。
さっきまでブチギレていたと思っていたキリエグが、お次はまさかの涙を流している。
一体これは何から来ている涙なのか見当をつかない。
エクサーは考えることでも放棄しようかと思ってしまった。
「レイヒ…ヒョウに似て育ったな…」
「あっ、泣いた。」
レイヒは泣いているキリエグを見て「あぁはいはい」ぐらいの気持ちで思っているようだった。
「なんで泣いてるの?」
「お父さん、酒飲むと泣きやすくなる。特にお母さんとか思い出すと。」
「あっそうなの。」
キリエグは大きく赤いひょうたんから酒を杯に注ぐと、それを一気に飲み干す。
「オレもなぁ…昔…先代にヒョウとの結婚を言い出せなくてなぁ…そうしてたら、ヒョウがいきなりオレの耳引っ張って先代の前に言って、堂々と結婚を宣言したなぁ…いつも大人しいヒョウの覚悟を見た。物おじも後悔もないあの態度をレイヒは持っているのか…」
キリエグを見たエクサーはヒソヒソとレイヒに話しかけた。
「そうなの?」
「…初めて聞いた。」
「何はともあれ、落ち着いてくれたならよかった。」
エクサーはフッと胸を撫で下ろす。
この緊迫感から解放された時のスッキリ感は、どう頑張っても慣れないとつくづくエクサーはそう思った。
「だが…小僧、お前にはまだ当たり前のように力不足だ。あのよくわからん鉄鬼の息子だかなんだかを倒せるぐらいではないと許さん。レイヒに何かあっても1人でなんとかできるようでないと困るのだ。」
さっきまで泣いていたと思ったら、まさかの今度は超真剣フェイスで話し出すキリエグ。なんと言うか率直にエクサーが思ったことは大変に疲れると言うことだった。
「雷鬼いるか!!」
キリエグが屋敷中に響く大きな声で雷鬼を呼ぶと、天守閣の窓からいきなり電撃が暴れるように入ってくると、それが一つになり、そこに雷鬼が現れた。
「殿!どうしやした?」
「小僧に鍛錬を積ませろ。」
「コイツですかい?」
雷鬼はエクサーを指差す。
「コイツはレイヒと結婚が決まった。だが、今のままでは弱すぎる。だから強化しろ。」
「わかりやした。」
雷鬼は額に血管を浮き上がらせて、大股でポケットに手を突っ込んでエクサーにガラ悪く近づいてくる。
「おいガキィ…明日からだ。容赦しねぇからな、覚悟しとけ。」
そんなに大きな声で喋っている訳ではない。
しかし、それなのに雷鬼のセリフにはビリビリっとした刺激が体に流れるような感覚を覚えた。
雷鬼はセリフを吐き捨てると窓に近づき、枠に足をかけ、一本の稲妻になってどこかに行ってしまった。
足をかけていた窓枠は焦げて、部屋には若干の帯電が残った。
「小僧まずは飯を食え。誰か、レイヒの分の食事を。」
すると、部屋の端から、キリエグの使いの大魔族が『ステルス』を解除して、姿を見せた。
(えぇ…2人だけだと思ってた…)
そこそこの鍛錬を積んでいるエクサーが探知不可能なほどの『ステルス』を召使いが平然と使えることにエクサーは驚き、自分の力がまだまだだと思い知らされた。
そこからレイヒ、キリエグ、エクサーの3人での食事が始まった。
だが、特に何か喋ると言うこともなくただ、静かに黙々と食事を摂る、そんな時間が流れるだけだった。
(ん…?僕…ほんとにレイヒと結婚することになってない?)
レイヒのわがままにも思える強行的結婚確定。
しかもそれをキリエグが納得に走っている事実。
エクサーにいきなり許婚ができたのだった。
ーー終ーー