192 暗闇の一点の光
大魔界・黄泉霊山(キリエグ領)
「エクサー!」
「わかってる!!」
エクサーが振るったアレクトーンはヤヨイの腕を切り落とす。
「ちっ…!」
だが、これはエクサー1人の成功ではない。覚醒したレイヒのサポートあっての賜物だった。
ヤヨイはちょこまかと連携をするレイヒとエクサーの様子に苛立つばかり。
この苛立ちは、ヤヨイの攻撃力などを相乗的に高める。
それと引き換えに視界が狭まり、少しばかりの隙が生まれやすくなっていた。さらに、上昇する攻撃力などとは裏腹に冷静さは徐々に失われ、感情に身を委ね始めていた。
「『氷結晶』!!」
無数の氷の礫がヤヨイを襲う。
「ちょこざいな技だ!!」
ヤヨイは手を払う風圧で氷の礫を消し飛ばした。
そのこエクサーは突っ込んで行く。
「『大…
アレクトーンから大量の魔力が放たれる。
その様子を見たヤヨイとレイヒの目には、その大量の魔力が紫色の炎をアレクトーンが纏っているように見えた。
…噛』!!」
エクサーの渾身の『大噛』はヤヨイを捉えたかのように見えた。
しかし、ヤヨイはこれを右腕で受け止め、拮抗を始める。
両者は歯を食いしばり、互いの力をぶつける。
「かあぁ!!!」
しかし、白目をむき、一時的に力を増幅させたヤヨイはエクサーの力を上回り、アレクトーンをエクサーの背後に吹き飛ばす。
「くっ…」
アレクトーンを飛ばされたことは相当な痛手。
エクサーが失敗したと思っていた矢先、ヤヨイは勢いよく地面をその場で踏み締める。
(『鬼術・激鬼衝』)
エクサーはその場で動けなくなる。
そこ首元に向かってヤヨイは持っていた和傘を振りかざす。
「させない…」
ヤヨイは背後に冷気を感じ取り振り返る。
そこには恐ろしいほどに冷徹な目で、ヤヨイを睨むレイヒの姿があった。
ヤヨイはそれに怖気付くことなく、持っていた和傘を素早くレイヒに向かって投げつける。
レイヒの顔面目掛けて放たれた和傘は止まることなく顔面を貫くかに思えたが、なんと、和傘は向かってくる途中で凍りつき、バラバラに氷となって壊れてしまった。
レイヒはお返しと言わんばかりに、歪で即席の氷の槍を作り出すと、それでヤヨイの目元を貫通させた。
そして、動けるようになったエクサーも続け様に右手に力を込め、ヤヨイの顔面を殴り飛ばした。
「くぅ…」
地面に倒れ込むヤヨイは怒りで歯と歯を擦り合わせながらゆっくりと立ち上がった。
怒りのあまり、防御に割く魔力を攻撃に回していたせいで、本人も想定していたいダメージを受けたのだ。
エクサーはアレクトーンを拾うと、すぐさまレイヒに駆け寄って、回復魔法をかけてあげた。
「ありがとう…」
レイヒは少し照れているような顔をしていた。
「甘く見ていた…いや…甘くすら見ていなかった。だが、見るべきだった。地面を這うアリ以下だと思っていたお前達は…どうやらよく吠える犬ぐらいはありそうだ…」
ヤヨイは少し弱った声でこんなことを独り言のように呟いた。
レイヒもエクサーもこれを見ていた。
その瞬間、2人は正面から凄まじい数の空気の衝撃波が2人を正面から襲った。
2人は完全な意識外からの攻撃に防御などしているわけもなく、正面から攻撃を受けた結果、身体中の骨がボロボロに折れた。
そんな2人が地面に倒れ込む前に、ヤヨイは高速で走って近づいてくると、レイヒの長くて綺麗な白い髪を無造作に掴んで、勢いよくレイヒを地面に顔面から叩きつける。
(レイ…ヒ…)
エクサーは痛みの脅かされた微かな視界の中で、レイヒの髪の毛を掴んでレイヒを振り回すヤヨイの姿を見て手を伸ばす。しかし、全身の骨の再生が間に合うよりも早くヤヨイが動いているため、助けに行けないのが現実だった。
「このクソ一族が…」
ヤヨイはボソッとこんなことを呟いて、レイヒをボコボコに攻撃した。
そして、レイヒの髪の毛を離したかと思うとそのままエクサーに攻撃を始めた。
「お前は…魔力回路が壊れるまでやらないとな…」
エクサーへの攻撃はレイヒへの攻撃と違ってその何十倍もの攻撃力をしていた。
レイヒは回復魔法を使えない。魔力が暴走している時に回復魔法を覚えている隙がなかったからだ。
その一方、エクサーは回復魔法が使える。そのため、魔力回路を断つほどの魔力を纏って攻撃しなくては決定的な勝利にはならないのだ。
ヤヨイの猛攻は大量の魔力を使用しエクサーの魔力回路の機能を鈍らせる。
そして、エクサーの体は耐久の限界に達し、その場に倒れるのだった。
「…ふぅ…」
地に倒れるレイヒとエクサー。
もうこの2人に反撃の炎を燃やす気力と身体機能は残っていなかったのだ。
ヤヨイは空を見上げ、袖の中から魔石を取り出し、口の中に放り込むと飴を噛み砕くように噛んだ。
これにより、ヤヨイの魔力が全回復する。
仮にエクサーとレイヒが今、奇跡的に動けるようになったとしても魔力が完全に戻ったヤヨイと先ほどのような戦闘ができるかと言えば、そんなものは絶望以外の何者でもない。
今まで削った全てが振り出しに戻ったのだ。
「万事休す…君達を見ているとそれがよく似合っているね…」
ヤヨイは魔力が回復したせいか、感情の昂りが薄まり、どことなく爽やかさを醸し出していた。
「御託はいい…終わらせよう…」
ヤヨイがレイヒに止めを刺そうとした瞬間、ヤヨイは血相を変えて背後を振り返る。
そして、その目線の先に凄まじい地響きと砂ボコリを巻き上げて何かが着地したのだ。
「…お出ましか…」
ヤヨイは冷や汗を一滴流す。
魔力が鈍り、魔力探知がほとんどできないエクサーでも、今着地した者の生物としての純粋な迫力と覇気がひしひしと伝わってきた。
砂ぼこりが晴れ、そこに姿を見せたのは怒りと覇気に満ち満ちたキリエグだった。
そのキリエグの顔は鬼の形相の中でも鬼の形相をしていた。
ーーーーー
ーーこれより少し前の話
大魔界・キリエグ屋敷(キリエグ領)
「つ…強ぇぇな…」
「そうですか?」
土鬼の見つめる先には、大量の土に体を押しつぶされるサンバソウの姿。
土鬼vsサンバソウの戦いは決着を見ていた。
ここに辿り着くまでの戦いは、序盤こそサンバソウが勢いづいて戦場を支配していた。
しかし、勢いはいつかは衰えるもの。
ペース配分を理解し魔力効率の良い土鬼はあまりギアを入れることなく、サンバソウの上に行き、結果、自然と勝利を手に入れた。
「その量の土を乗せて、潰れないあなたは大したものですね。一応魔力も混ぜてあるので潰れてもおかしくないはずですが…」
「へっへっへ…昔っから…頑丈なのが売りだったんでね…うっ!がはっ!」
口から吐血するサンバソウ。
土鬼が言ったように土は魔力が混ざることにより、想像を絶するほどの重さであった。
痩せ我慢とは言わない。ただ、サンバソウの体は頑丈が故に耐えることができ、それ故に苦しみを感じるが、死ねないだけなのだ。
「強いんだなぁ…あんた…」
「当たり前です。レイヒお嬢様のお側に身を置くのです。自分で言うのもなんですが、強くて当然です。」
「痺れるねぇ…あんた…いい女だな…教えとくぜ…早くお嬢様のところに行った方がいい…頭が殺しに行っているからな…」
「!」
土鬼は血相を変えた。
「おっとっと…大きい声出すなよ…気持ちはわかるが……死にかけなんだ…優しくしてくれ…」
サンバソウが途切れ掛けの声で土鬼に話しかけていると、いきなり屋敷周辺が一瞬の閃光に包まれる。
そして、土鬼の横に稲妻が落ちると、雷鬼が姿を見せる。
「よう、土鬼。こんなところで何してんだ?」
「お話している場合じゃないです。お嬢様のところに『鉄鬼』の頭が…」
「んなこたぁ知ってるわ。俺たちがシバいた奴らがそれを吐いた。」
「私は行きます。」
「そんな怒んなって。お前が行きたい気持ちもわかるが、それよりもデケェ気持ちの奴がいんだって。」
「?」
「わかんねぇのか?」
その瞬間、凄まじい地響きが起きる。
「ウチの大将の出陣だ。」
地響きしていた地面がいきなり、沈み込んだように沈降する。
そして、屋敷からキリエグが勢いよく空に向かって飛んでいったのだ。
「旦那様…」
土鬼は飛んで行くキリエグの様子を見て、確実に怒髪衝天であることがわかった。
「ほんじゃあ行くぞ土鬼。」
「はい。」
雷鬼は体中に電気を帯びキリエグを追った。
「くぅ〜…もう少し話していたかったが…叶わなそうだ…」
土鬼は死にかけのサンバソウを少し悲しげな様子で見た。
「やはり、誰かの死は敵であっても慣れませんね…」
「へへへ…この場でまさか情をかけてもらえるとはなぁ…」
「これ以上あなたを見ていると…悲しさが込み上げてきそうです。失礼します。」
土鬼はそう言ってサンバソウに背中を見せると、飛んで行った。
その様子を見たサンバソウは静かに目を閉じた。
(あぁ…まさか…一回も恋が実らないとはな…見方にする方…間違えたな…こりゃ…)
サンバソウの浅い呼吸は風に流れ、溶けるように消えていった。
そしていつしか、風はサンバソウを髪を撫でるように流れ、サンバソウをどこかに誘うように吹くのだった。
ーー終ーー
<キャラ紹介>
サンバソウ
・魔術なし ・自動回復魔法なし ・鬼術全てを習得済み
・キリエグと敵対する『鉄鬼』の一番幹部
・武力、行動力共に十分なものを持ち合わせているが、若干の薄幸体質をしている。
・性格は少しばかり大雑把だが、ハキハキしていて裏が全くない。善か悪かでは善寄り
・子供の頃から誰かと付き合う事を夢見ているが、毎度いいところで相手が病に倒れたり、殺されたりしていて叶っていない。そのことに対してはしっかりとその度に涙を流している。
・意外とベジタリアン寄りで山菜をカラッと揚げた物を好む。
・下戸