191 思いを胸に
大魔界・黄泉霊山(キリエグ領)
「『鬼術・空鬼砲』…!」
「うあっ!!」
エクサーはヤヨイが拳で押し出した空気をアレクトーンで受け止める。
しかし、空鬼砲の威力は未だ底が見えず、なんなら、ヤヨイの動きが鋭くなるにつれ、一緒に威力も増していっていた。
(つ…強いな…)
ヤヨイを目の前に弱いなどと思ったことは一度もない。
だが、予想できる強さよりも遥かな強さを持っていた。
(隙がない。自分が不利になると技を使われてこっちの動きを止めて振り出しに戻してくる。)
エクサーは『鬼術』と言う技の汎用性の高さとカバー力を身をもって体感した。
『鬼術』の起源は鬼族の誕生とほとんど同時期である。
元来、大魔界に身を置いていた鬼族は過酷たる環境をどう生き延びるかを模索し、魔術に依存せず、汎用的に一般に流通させることのできる術を生み出した。これが『鬼術』の原点だった。
「ガキ…お前はもう飽きた。時間稼ぎとか言っていたけど、本気でやれば次の一手でお前を消せることがわかった。もういいだろう…楽になれ。」
ヤヨイは鋭い眼差しを一層強くしてエクサーを睨む。
そして、その場でヤヨイの体重がなくなったのかと錯覚するほど柔らかな回転と着地をする。
その着地した瞬間にヤヨイは着地した場所を抉って、エクサーに急接近をした。
エクサーは近づいてきたことを感覚的に理解できたが、その瞬間、体中に無数の痛みが襲い、エクサーは吹っ飛ばされる。その先でエクサーは白目を剥いて気絶をした。
『鬼術・乱鬼流』
それが今の技の名前だった。
『鬼術・乱鬼流』
流れるような打撃と蹴りを相手に与える連撃技。
一連のこの連撃は川の流れのように自然で、舞のようにしなやかなであり、一度攻撃を喰らうと続け様に攻撃を受けることになるという超攻撃特化の技である。
「エクサー!」
レイヒは急いでエクサーに駆け寄ろうとしたが、その先をヤヨイが通せんぼした。
「気分よく殺すつもりだったけど…残念だ。」
ヤヨイはレイヒの目を見た。
「僕、君のことが好きだったよ。現にとても美しいからね。でも、僕と君の間にある隔たりは愛や恋では崩せない。僕も…君も…どちらもそれに納得できないから…」
ヤヨイは悲しそうな顔でワープホールから紅色の和傘を取り出した。
「大丈夫。一撃…一撃で君を削るから痛くはない。」
「『氷結晶』!!」
レイヒはヤヨイに両手を向けると、背後より作り出した氷の礫がヤヨイを襲う。
ヤヨイは持っていた傘を素早く広げ、右手で持ち手を軽く掴み、左手で持ち手を回し、傘を回した。そして、傘は礫を粉々にして弾いた。
「無駄だよ…」
「くっ…」
レイヒは地面を右手で勢いよく触れる。
「『氷壁』!!」
ヤヨイの足元から大きな氷の壁が現れ、ヤヨイを空に打ち上げる。
空に打ち上げられたヤヨイの顔は至って冷静であり、宙で軽くバク転をして体勢を持ち直すと、広げた傘を足元に構え、そのまま急降下。『氷壁』を砕いて地面に着地をした。
ヤヨイは和傘を閉じて、杖のようにして体重の一部を傘に委ねた。
そんな隙が見え見えのヤヨイにレイヒはまだ攻撃をしようとしたが、その時、体の中で何かが弾けたような、切れたような感覚がレイヒの感覚を蝕んだ。
「魔力をうまくコントロールできない君が…いきなり魔法をそんなに使おうとしたから、体と心が驚いて乖離しているんだ。」
「なんで…こんな時に…」
「醜いな…母親の背中を追いかけて自分の制御を捨てる。上手く自分と感情の釣り合いが取れず、結果、大事な時に何もできない。母親をい捨てられない君は本当に醜い…」
(あぁ…やっぱり私は…醜い…)
何もできない絶望感で沈んだレイヒの心に偶然にもヤヨイから発せられた『醜い』と言う言葉は深く突き刺さった。
自分ではわかっていたことだ。
いつまでも母がいなくなった悲しみを捨てられず、忘れられず、追いかけてしまう自分の気持ちが自分を停滞させていることなどわかっていたことだった。
そのせいで、目の前で母親を失った記憶がいつまでもこびりついているせいで、力が暴走して周囲に迷惑をかける。
「大人しくここで殺されてくれ。ここで殺されて僕の恨みを軽減させてくれ。そうして、先に逝って父の帰りを待つんだ。」
ヤヨイは失意に埋もれるレイヒの首元に傘を近づける。
「ごめんね…お父さん迷惑かけて…私がいつまでも引きずっていなければよかった話だった…ごめんなさい。」
この場で生き残る術もなく、傷心したレイヒは素直に首を差し出した。
「懸命だ…」
ヤヨイがレイヒの首を一息に消し飛ばそうと振りかぶった次の瞬間、その顔面をブチギレたエクサーが殴り飛ばした。
「エクサー!!」
「何が懸命だ…何が醜いだ…そんなわけないだろ!!命かけて守ってくれたお母さんを忘れられないのが醜い?忘れちゃダメなんだよ!!ずっと、覚えてなきゃダメなんだよ!!」
エクサーは怒っていた。
母を思うことを醜いと思うレイヒにそれを肯定するヤヨイに怒っていた。
「レイヒ!ここで変わるんだ!お母さんが君を守った理由を胸に!!」
この言葉を聞いたレイヒの脳裏に蘇る、死に際の母の記憶。
〜〜〜〜〜
<回想>
幼いレイヒを庇ったヒョウは背中を攻撃され、口から血を流してレイヒを守った。
「レイヒ…元気に…強く生きるのよ…」
母は最後は優しく笑った。
〜〜〜〜〜
エクサーの体は激情と共に変化を始める。
『悪魔進行化』が起きていたのだ。
牙が生え、右の額から捻じ曲がったツノが生え、翼が生え、爪が伸び、皮膚が硬くなっていた。
〜〜〜〜〜
<エクサーの精神世界>
もう1人の自分はエクサーの中で笑っていた。
「60%から始めよう。」
〜〜〜〜〜
エクサーはアレクトーンを堂々と構えた。
絶対にヤヨイを殺すと言う思いを胸に。
エクサーはレイヒの方を振り返る。
そこには周囲に氷気を纏い、額から小さなツノの生えたレイヒが立っていたのだ。
「レイヒ…?」
「ありがとうエクサー。守ってくれて。私、強く生きるから。」
レイヒの体は徐々に成長を取り戻し始めていた。
体の成長が再度、息を吹き返し始めていたのだ。
「大丈夫?」
「私も戦う。守ってもらってばかりじゃ強くなれないから。」
「わかった。やろう!」
「うん。」
ヤヨイはそんな2人を見て、腹の奥から怒りを湧き上がらせた。
「ムカつく…さっさと殺す…」
その口調は一周回って冷静だった。
ヤヨイは覇気を魔力を出し惜しむことなく放出した。
ボルテージが上がったのはレイヒだけではなく、ヤヨイも同じだった。
そして、レイヒが勢いよく地面を凍らせると、開戦の火蓋が切って落とされるのだった。
ーー終ーー
<キャラ紹介>
ヒョウ (故人)
・レイヒの母親でキリエグの妻
・容姿はほとんどレイヒと遜色がなく、レイヒがそのまま大人になったような容姿をしている。
・レイヒもヒョウも大魔族でありながら、肌の色素細胞に変異があり、灰色の肌ではなく、白い肌をしている。
・ヒョウの両親は容姿、能力共に至って平凡であったが、突然変異的にヒョウが生まれ、それを手元に置いておくのが勿体無いと思った両親はキリエグの先代の元に子供ながらヒョウを預ける。
・元はキリエグの元で『氷鬼』と呼ばれ、幹部の役職を持っていたが、キリエグとの結婚と共に地位を捨てた。