184 険悪な凶星
大魔界・???(アポロポリス号)
大悪魔は青い輝きを持って甲板に着地した。
その輝きは、眩しいものではなく、まるで青いサファイアを目の前にしたような美しさだった。
先ほどまで吹いていた風が途端に止む。
これを見たシー・ブルー達が今、現れたこの女の大魔族が異質なものであることを直感的に理解した。
女の大魔族の容姿は、どことなくスティスに似ている。というか、パーツの構成はほとんど一緒だ。
違いはオスかメスかという性別的な体の設計の差から生じるもの。これぐらいしか違わないのだ。
女魔族はスティスほどではないが、短く剃り込みの入った坊主。青い目は、ブルーのサファイアをそのまま目に埋め込んだかのように美麗。そして耳につけた大きな輪っかのイヤリング。白のシャツに肩がけの黒のスーツと少し崩れた黒のネクタイ。ペアのスーツの上下は少しばかりダボっとしていて、おしゃれへと昇華している。
「お兄ちゃん…人の家壊しちゃダメでしょ?」
「…うるさい。」
「はぁ…遊ぶなら弱い者いじめじゃなくて、私と遊んでよ。」
「デキの悪い奴と遊ぶのは弱い奴と遊ぶよりも億劫だ。見ていて腹立たしくなるからな。」
スティスの顔には登場から今まであった薄ら笑みが消えていた。
そして、声のトーンから察するに、スティスは目の前の女の大魔族に苛立っていた。
「まぁ…いいや…私は遊んでもらう…から!!」
女の大魔族はスティスの目の前に瞬間移動すると、勢いよくスティスの顔面を狙って蹴りを放った。スティスはこれを腕で止めた。
「さっすがぁ〜!」
次の瞬間、遅れてドンッ!っと言う音と衝撃波が遅れて放たれる。
音と衝撃の速度を凌駕する。それほどに、今の一瞬のこの2人の動きは速かったのだ。
「こんな蹴りが入ると思ったか…?」
「思ってなぁいよ。試し試しぃ〜。」
すると、いきなり、スティスがその場でクルッと回りジャンプをすると、女の大魔族を蹴り飛ばした。
この攻撃は女の大魔族の顔面にクリーンヒット。女の大魔族は顔面から血を流しながら、甲板で蹴り飛ばされた勢いを消した。
「あはっ!やっぱり強いなぁ〜お兄ちゃんは!来た甲斐あったな〜。」
女の大魔族は蹴り飛ばされた時こそ、顔面から血を吹き出していたが、顔を上げた時にはすでに完全回復していた。
「父さん、あれ誰?」
アリストが突如現れたあの女大魔族についてシー・ブルーに聞いた。
「わからん。だが言動と気配からするに当てはまるのは1人。スティスの妹と言われる。『青い凶星・アルドリン』と見て間違いないだろうな…」
「あれが…」
あの女の大魔族こそ、スティスの妹。青い凶星の名を冠する五大貴族の一角。アルドリンだった。
つまり、今、シー・ブルーの見ている光景というのは『兄弟喧嘩』のようなものなのだ。
「お兄ちゃんさぁ〜ここでやったら迷惑そうだから別のところでやらない?」
「あ?」
「いい…じゃん!」
アルドリンは勢いよくスティスの腹に入り込むと、スティスの腹にアッパーをお見舞いして、スティスを上空高くまで殴り飛ばした。
そして、アルドリンはニヤリと笑うと、体から青色の魔力を放出。スティスを追いかけるようにして、船から飛んで行った。その衝撃は凄まじく、今までで一番、船が海に沈んだ。
「うっ…かはっ…!」
シー・ブルーは床に血を吐いた。
「父さん!!」
ハナは急いでシー・ブルーの顔の前に現れた。
「大丈夫だ…ただちょっと、疲れがな…」
「キョル!医療班とセットをここに!ここで治療する!!」
「わかった…!」
シー・ブルーは「疲れた」と言っているが、その容体は思った以上に芳しくない。
あの一撃の拳に全てを込めたシー・ブルーは一切の魔力を今持たず、細胞の回復がいつものように間に合わないのだ。それに大魔界の魔力濃度の高さが体を蝕む。
今のシー・ブルーは時間と共に死に近づいていると言っても過言ではなかった。
「父さん!しっかりね!」
すると、船の周囲をまるで演劇のライトアップのように、水色と青の閃光が照らし始めた。
スティスとアルドリンがはるか上空でぶつかり合っていたのだ。
閃光同士は衝突をする瞬間、さらに輝かしく爆発したように光る。まるでこの様は、2色の花火だった。
しかも、この閃光の輝きは1秒に満たない時間を経るごとにどんどんと衝突を早める。2人の攻撃が.1秒レベルで加速していっているのだ。
これを見るシー・ブルー一家や船員達はなぜ『スティス』と『アルドリン』の2人の肩書きに『星』が付くかがわかった気がした。
この2人の衝突はまるで『星の喧嘩』なのだ。
衝突の際に出る閃光。互いが互いに向かって行く時にできる残像の光。
次第に加速して行く2人は残像が消える速度よりも速くなって行き、上空には不規則で法則を持たない光の残像が美しく大魔界の空を照らして行った。
「やっぱりお兄ちゃんじゃないと楽しくない!!!私は、これを!これを!!これを求めてた!!!!」
「…」
衝突を繰り返す2人の顔は酷く対照的だった。
アルドリンは笑い、スティスは怒りを携え睨む。
スティスがここまでアルドリンを嫌うのには大きな理由があった。
〜〜〜〜〜
スティスとアルドリンは血の繋がった兄弟。これは紛れもない事実だった。
しかし、もっと正確に言うと「腹違い」と言う言葉が必要だった。
スティスとアルドリンの父は同じだった。
母親が違うのだ。
スティスは父親の1番目の妻から生まれ、アルドリンは3番目の妻から生まれた。
1番目の子供として丁重に扱われたスティスの元に現れた3番目の兄弟。しかも女。しかも弱い。
大魔界の生きる悪魔にとって力の評価と言うのは、地獄よりも大切だった。そのため、女で弱いアルドリンは、この考えの植ったスティスにとって見ていて腹立たしいものでしかなかった。
だが、アルドリンはそうではなかった。強い兄というものを成長すべき指針としていた。
この2人の互いへの想いのズレは溝を生み、そして深くしていった。
そんなとある日、アルドリンは兄の真似をすることで自身の成長曲線が跳ね上がることに気がついた。この事実がアルドリンのスティスへの『目標』『指針』と言う名の『執着』が増幅していった。
スティスはオリジナル性のないアルドリンを、個性のない出来損ない。自分の力では成長できない失敗だと認識するようになった。
しかし、アルドリンの成長は止まらなかった。力の終着点に近い兄を模倣し、性別が違うからこそ見える別の視点で、大魔界でも選りすぐりの力を手にしたのだ。
だが、この兄の模倣で強くなったと言う事実が、またスティスがアルドリンを嫌う理由になったのだ。
〜〜〜〜〜
「お前を見ているとイライラする…鏡写しの気分だ。」
「そんなこと言わないでよ!!」
スティスとアルドリンは互いを弾き飛ばすと、全力で拳の連打を衝突させた。
2人の連打で生み出した衝撃波は海上に嵐のような波を発生され、海上のアポロポリス号に大きな揺れをもたらした。
一見すると、拮抗しているように見えるこの状態だったが、次第に差が生まれ始めた。
スティスの連打にアルドリンが押され始めたのだ。
「クゥ…あっ!!」
スティスはこの瞬間を狙い、一際大きな一撃でアルドリンの姿勢を崩すと、一気に距離を詰める。そして、アルドリンの顔面を殴り飛ばすと、アルドリンは海の中に落下していった。
それを見下ろすスティスは、右手に魔力を溜め始めると、右の拳にできた大きな魔力の拳を作り上げ、それを海中のアルドリンにトドメと言わんばかりに振り落とした。
魔力の拳は水中で爆発すると、海面を一時的に大きく押し上げ、爆音と衝撃波が周辺を吹き飛ばしたのだった。
シー・ブルー達はこの状況をただ見つめていた。
攻撃の規模感が違いすぎる。それが全員が胸に思っていたことだった。
そんなシー・ブルー達のいる甲板にスティスがいきなり現れた。
全員は、固唾を飲んで、スティスとの戦闘を覚悟した。
「…興醒めだ。アルドリンのせいで。」
そう言い残すとスティスは体から、水色の魔力を放出すると、流星のようにどこかに飛んで行ってしまった。
「なんなんだ、アイツ…」
「でも一難去ったわ。よかった。」
全員がスティスが去ったことに安堵していると、キョルトノルが医療班と医療セットを持って戻ってきた。
「持ってきた。これで治療を。」
そして、甲板に寝転がっているシー・ブルーの治療を始めた。
『あ〜ぁ、それじゃあ時間かかり過ぎるんじゃない?』
そんな切羽詰まった状況に呑気なセリフが飛んできた。皆がそちらを向くと、甲板にスーツの水気をバサバサと払うアルドリンの姿があった。
「あなた、何しに!!」
ハナはそんなアルドリンに声を荒げたが、アルドリンが瞬間的にハナの目の前に移動すると、人差し指をハナの唇に優しく当てた。
「ん!何をする!!」
「静かにしてて。患者のためよ?」
アルドリンはシー・ブルーの側にしゃがみ手をかざすと、シー・ブルーの状態を一瞬で元に戻した。
「はい!お〜わり!!じゃあ、私帰るから。」
アルドリンは立ち上がると、後ろを向いて歩き出した。
「あなた!なんで父を…?」
アルドリンは顔の半分をシー・ブルー達に向け、笑った。
「お兄ちゃんが迷惑かけたでしょ?お詫びってやつ。私は結構、人情に厚いのよ。」
アルドリンの言葉に嘘も悪意も何もなかった。あるのは善意だけ。本当に優しさでやったことだった。
シー・ブルーは回復すると同時に体にみるみると脂肪が戻って来た。
いつも通りのお太りフォームに戻ったのだ。
シー・ブルーは体を起こした。
「ありがとうな。」
「いいのよ。私はお兄ちゃんと戦えたから十分。あなたを助けるのなんて消化試合、後始末みたいなものよ。」
「そうか…」
シー・ブルーは脂肪がいきなり戻ったせいか、少しばかりフラつきながら立ち上がった。
「どうだ?酒でも一杯。」
シー・ブルーはとても衝撃的なことを言い出した。
五大貴族とも言える大魔族の1人を飲みに誘うなど、危険も極まっている。
「父さん!気は確か!!相手は五大貴族なのよ!!!」
兄弟全員が同じことを思っていた。それをハナが代弁した。
「大丈夫だ。コイツからは闘争の意欲が見えない。それに回復させてもらったんだ。危険を承知で感謝でもしなきゃな。オレも人情には厚いんだ。」
「フフッ…面白いわ。じゃあお言葉に甘えようかしら。」
アルドリンはかなりノリノリのようだった。
「でも一杯じゃ止まらないかも…お酒、結構好きなの。」
「そうか…一番いいのを開けてやる。」
「楽しみね。早く飲みましょう。」
ーー終ーー




