181 長
大魔界・???
「ねぇ〜ピアノ〜疲れた〜。」
「姉様、文句を言わないでください。」
ピアノは嫌々と子供のように疲れたを嘆くフォルテの手を掴んで大魔界の森の中を彷徨っていた。
この様子を見ると、一体どちらが『姉』で『妹』かわからなくなってくる。
2人も森の中で気を失っていたところをピアノが先に目覚め、フォルテが起きたため、歩き始めたところだった。
フォルテもピアノも2人共、エクサー同様に魔法の使用がほとんどできなかった。大魔界の魔力濃度の高さに、まだ体が慣れきっていなかったのだ。
ピアノもフォルテも体に少しばかり多くの重力がかかっているように重く感じていた。だから、フォルテも疲れ気味なのだった。半分ぐらい甘えも入っていそうだったが…
草木を踏み、森の中を進んだ2人は少し先に光を見た。
「ピアノ〜やっと出口だよぉ〜。」
「そうですね。やっとですね。」
2人はそこめがけて少し足早に進んだ。
そして、森を抜けると…
「ねぇ、ピアノほんとに言ってる?これ進むの?」
「…私も先がこれとは思いもしませんでした。」
その先はなんと砂漠だったのだ。
空気は乾燥し、見る限り果てしない砂漠だった。どこを見ても建物はないし、それどころか悪魔、動物の気配も無いのだ。
「どうする?ピアノ?」
「どうしましょう。進むにしてもこれだけ広大な砂漠だと魔法が無いと万一の時に心配です。一旦、緑のあるこの場所で魔法の回復を待ちましょう。」
「そうしよう〜!」
2人は砂漠と森の境目の地面に腰をかけた。
「疲れた〜。」
「疲れましたね。」
「知らない場所だし、右も左もわかんないし、おまけに魔法使えないし〜。」
「簡単な、強化魔法と防御魔法程度なら使えますね。」
「ほんとだ!でもこれだけじゃ心許ないよ〜。」
「だからこそ、回復を持ちましょう。」
2人は姉妹同士仲良く喋りながら話をして魔法の回復を待った。
「近くに誰かいないのかなぁ?」
「どうでしょうか。私たちはそれほど探知には強くないですから…6つ程の強力な魔力があるのはなんとなく分かりますが…あとは分かりません。」
「この6つって『五大貴族』って奴?」
「だと思いますが、そうとすると1つ多いですね。」
「何か異分子的なものでも生まれたのかな?」
「真実はわかりませんね。しかし、この6つの魔力には近づかないのが賢明ですね。今の魔法の使えない私達ならなおのことです。」
「そうだね〜。」
2人の見つめる砂漠はほんとに何の変哲もない砂漠だった。
いつまで立っても生物の気配がない。
「そういえば、あの赤い稲妻なんだったんだろうね?」
「魔力を帯びていたので魔法の一端ではあるかも知れませんが。しかし、私達がエクサーと離れ離れになった理由はこれと結びつけてもいいと思いますね。」
ピアノはずっと夜空を見つめていた。
「どうしたのピアノ?空、綺麗?」
「はい。地獄の月は赤いので、新鮮ですね。」
「エクサーが元々見てたのはこの月だったんでしょ?これはこれで綺麗だね。」
2人は空を見つめて微笑み合った。
『…み〜つけた。』
魔法が戻るまで退屈だった2人が同時にあくびをすると、いきなり下にワープホールが開いた。
「「!?」」
2人が気づいた頃にはもう遅かった。魔法の使えない2人は抵抗のしようがなく、そのまま落下して行った。
「ピアノ!!」
フォルテは離れそうになったピアノの袖を何とか掴んだ。そして、強めに抱きしめた。
「大丈夫だからね…」
フォルテは何があってもピアノを離さないように強く抱きしめた。これは姉として妹を守る行動だった。
落下を続ける2人は下に現れた光を見た。きっと出口なのだろう。
その予想は見事的中。2人はワープホールの先に出ると、どこかの床に落下した。
「痛ってってって…」
フォルテはピアノを守って、お尻から着地し、落下の衝撃を全て自分で受けた。
「姉様!大丈夫ですか?」
「ダイジョブ!ダイジョブ!」
とは言ってはいるものの、魔法が使えないため、衝撃を生身でモロに受けたのだ。フォルテはお尻を摩って痛みを和らげた。
「あんた達、何で私の領土に入ってきたの?」
ピアノとフォルテは気だるげな声を聞く。
そして顔を声のする方に向けると、今いるフォルテとピアノの先には光沢のあるベルベット色の片方に肘掛けのあるソファに寝転ぶ、灰色の肌の女の悪魔がいた。
「大魔族!」
フォルテは灰色の肌を見るや否や声を上げた。
悪魔は黒髪にメッシュのピンクの入ったすごく長い髪の毛をしており、太ももの見えるスタイルのクッキリとわかる黒のドレスを着ていた。右耳は寝転がっているのでわからないが、左耳には軟骨含め6つほどのピアスをつけている。目はピンク色をしている。蛍光に近い鮮やかな色だった。
総じて見ると大人のお姉さんと言った感じだった。
この場所は月明かりの反射を利用した薄暗い城。
今ピアノ達のいる場所から、あの大悪族の元には赤色の手触りのいいカーペットが続いていた。
ピキッ!
すると、大魔族はいきなり全身に血管を浮き上がらせ始めた。
それと同時に空気が変わる。恐ろしく空間が圧迫的になり始めたのだ。
「私が大魔族なんてのは見ればわかるでしょ!!!!それよりも私の質問に答えろ!何しに来たかってことだ!!」
大魔族は声を荒げた。
凄まじい覇気だった。1人の女の出せる覇気では到底なかったのだ。
「まったく…イライラさせないでよ!せっかく誰か来たと思って気分良かったのに台無しじゃない!!」
大魔族は頭を掻きむしりながら怒っていた。
「素直に答えてあげてください。長の機嫌のため…いえ、我々のために。」
床に座り、大魔族の怒りに圧倒されるピアノとフォルテ。
その背後にいきなり長身ですらっとしたイケメン塩顔の男が現れた。
この悪魔も肌が灰色。左目に眼帯をつけ、右目は濁ったような黒目をしていた。短髪オールバックに紳士服。首に懐中時計をぶら下げていた。
「バーツ!やっと帰ってきた!!!私の香水は見つかったの!!」
このピアノ達の後ろにいる男の大魔族の名はバーツ。ソファで寝る、怒り爆発中の女の大魔族の側近だった。
「申し訳ございません。どうも見たらない様子d…」
男が女の香水を見つけられなかったことを謝ると、バーツは話の途中で後ろの壁に思いっきり吹き飛ばされた。
「聞いてないのよ…何でもかんでも報告すればいいと思って…使えない…まったくもって使えない!!!!!!」
女の大魔族がバーツのことを吹き飛ばした。
確実に今のピアノとフォルテがくらっていたら死にかねない威力。それどころか魔法が戻ってきたところで、死にかねない一撃だった。
バーツは瓦礫の中からヌルッと起き上がると服を払いながら、元の場所に戻ってきた。
頭部からの出血が見られるが、それも歩いてくる途中で完全に回復。
ピアノ達の元に来た時には、吹き飛ばされる前と何ら変わりない状態にまで戻っていた。
「しかし、今の私めにできることは謝罪しかないのです。どうかお受け取りください。」
「はぁ…悲しい…思い通りにいかないのが悲しい…」
すると、今度は女の大魔族が泣き始めたのだ。
何というか感情の起伏が大きすぎるような気がする。感情を抑えるリミッターが欠如しているようにしか見えなかった。
「では今のうちに。私めはバーツと申します。以後お見知り置きを。」
バーツはピアノとフォルテに一礼して自己紹介を始めた。
「この度は長の感情に巻き込んでしまいまして申し訳ありませんでした。」
「い、いえこちらこそ、無礼でしたら申し訳ありません。」
「そんなことはないですよ。長にはもう少し大人になっていただきたいものです。」
バーツはソファに寝ながら泣く女を横目で見た。
何というか、落ち着きというか話し方というかテンションというか、ピアノとバーツは『性別を反転させるとこうなる』が目の前で起こっているように見えた。。
「私の名前はピアノと申します。そしてこちらが姉の…」
「フォルテだよ!よろしく。」
「よろしくお願いいたします。」
「姉様!敬語を!」
「フッフッフッ、構いませんよ。元気なのはいいことですから。」
フォルテの初対面の馴れ馴れしい態度をバーツは何とも思っていないどころか、逆に新鮮に感じていた。だから、笑って返していた。
「差し支えないようでしたら、ここがどこで、あの方、あなたが『長』と呼ぶ方はどなたか教えていただいてもよろしいですか?」
「全く問題ないですよ。では先に長が誰かをお教えいたしましょう。」
バーツはソファで泣いている女の方に手を差し出した。
「長の名はルードレスネス。この大魔界で『久遠の情動』と呼ばれる五大貴族ですよ。そしてここは、長の領土、ルードレスネス領のホグバッタ城です。」
「「!!」」
大魔界・ルードレスネス領 ホグバッタ城
2人は驚いた。
まさか、今目の前でソファに座って泣いている女こそが、大魔界で五大貴族の一角とされるルードレスネスだとは思いもしなかったのだ。
「えぇ!全然気づかなかった。まさか五大貴族だなんて。全然魔力感じないや。」
「無理もないでしょう。五大貴族の名を持つ者の魔力量は遠くから見ればわかりますが、近くに行くとその気配と量に飲み込まれてわからなくなるのです。例えれば、遠くから見ると建物の全容がわかりますが、近づくと全容が見えなくなるのと同じようなものです。」
ドンッ!
すると、ルード※の方からいきなり強い音が聞こえた。
※(ルードレスネスの略)
「あなた達、私の質問に答えてなかったわ。」
3人が振り返るとルードが立ち上がっていた。
何かと思ったあの足音はルードが勢いよくソファから足を地面につけた時の音だったのだ。
ルードは裸足で床を歩いてこちらに向かってくる。
遠くから歩いてくるルードを見ると、確実に怒っているのがわかった。ルードの周囲がカゲロウのように揺らいでいるのだ。あの大きな高圧的な音も怒りによるものだったのだ。
「おっとっと、まずいですねこれは…」
バーツは向かってくるルードを見て、冷や汗を流して苦笑いしていた。
「お2人共、おもてなしをしたいところでしたが…戦闘になろうとしています。」
「何となく私も思いました。ルードレスネス様の感じからしてそんな感じは…」
「どうするピアノ?私達、まだ魔法が戻ってないよ?」
「おやおや、そうですか…なおのことまずいですね…ではまずは私が長と食い止めますので、魔法が戻り次第合流していただくようお願いいたします。私1人では長には到底敵いませんので。」
バーツはルードに向かって歩き始めた。
2人歩み寄りを固唾を飲んで見るピアノとフォルテは自分が戦っているような緊張感を感じていた。
大魔族の衝突を生で見ることになるという事実が2人に多大なる緊張感をギフトしてくれた。
ーー終ーー