179 じゃんけんと洗礼
大魔界・???
地獄とは違い人間界と同じような大きな月が空に浮かぶ。その距離は人間界よりも非常に近く、月面が目視できるほどの近さだった。
この日の大魔界は程よい風が吹き、星も綺麗に輝いていた。
そんな大魔界のとある森の中でエクサーはうつ伏せになりながら気を失っていた。森の中を流れる風が、エクサーの少しクセのある茶髪を揺らした。
すると、エクサーは意識を取り戻したのか、ゆっくりと目を開けた。そして、寝ぼけた様な顔であぐらをかいて座ると、周囲をキョロキョロと見た。
「頭…痛い…」
寝ぼけた声でボソッとエクサーはこんなことを呟いた。
頭が痛かったのだ。それも殴られた衝撃による感じではなく、頭痛…偏頭痛に似た痛みだった。
エクサーは頭が少しずつ動き始めると、立ち上がって空を見上げた。
「わぁ…月だ久しぶりだなぁ、綺麗だ。」
エクサーは空に浮かぶ月を見上げた。
孤児院にいた頃、よく窓から見た夜空に浮かんでいた月を思い出した。
地獄にも月はあった。しかし、地獄の月は赤く光っていたので、月は月でも別物と言って良かった。
一頻り、大魔界の月を堪能したエクサーはとりあえず、見晴らしのいい場所を求めて歩き始めた。
ーーーーー
しばらく歩いてわかったことは、今のエクサーは魔法がほとんど使えないこと。それとこの場所の魔力濃度が異常に高かく、体に鈍さを与えていることだった。
だが、この2つは密接に絡んでいることもなんとなくわかった。
高い魔力濃度の場所では、自身の魔力と他の魔力とが溶け合い、自身の魔力を媒介とする魔法の使用を著しく阻害する。だから、強化魔法、防御魔法程度の魔力消費の少ない魔法しか使えないのだ。
さらにはきっとこの片頭痛の様な痛みも、気圧の変化と同じ容量で魔力濃度の差が影響して起こっているのだろうと、エクサーは考えた。
しかしながら、魔法が使えないというのは大変に厄介だった。空が飛べれば、周囲を俯瞰的に認識し状況を整理することは容易いが、それができないと単純にめんどくさいのだ。
(そういえば、みんなどこだ?)
エクサーは周囲の状況を知るのと同時に、ピアノやシー・ブルー達の居場所も探すことにしていた。よく知り馴染んだ、ピアノ達の魔力も感じない。感じるのは四方に点在する6つの大きな魔力だけ。これに気を取られるせいで、かき消されて見つけにくいというのもありそうだった。
(この大きい魔力これがコリコントの言ってた『五大貴族』の魔力…すごいな…でもなんで6つも気配があるのか?)
ハッキリ言うとこの一切隠そうともしない大きな6つの魔力は今までエクサーの出会った最強に感じる、ナールガやA2、フルシアンテ達よりもはるかに大きく感じた。
コリコントにサタンと互角と言う前知識を植え付けられたせいか、それの信憑性が本当に近いのではないかと思うほどだった。
そんなことを考えていると、エクサーは1つの古びた古屋に着いた。
だが、どう見ても明かりがついていない。まず誰かがいる気配も無い。とりあえず、情報を聞き出そうとしようかとも考えたが、誰もいないのなら、お話にもならない。
そう思って通り過ぎようとしたが、一応寝ている可能性や、いるのに明かりがついていないだけの可能性を考慮して古屋の近くをあえて通り過ぎることにした。
「やっぱり…誰もいないかぁ〜…」
エクサーは民家の窓から中を覗くとこんなことをボソッと言い、歩き始めた。その時だった。
いきなり、強い魔力反応を2つ確認して振り返ると、その瞬間、エクサーの目の前に、周囲の空気を飲み込む大きな竜巻と、耳をつんざく轟音を纏って降る落雷が現れた。
その2つの現象は砂ボコリを巻き上げたと同時にエクサーは落雷の影響で大きな耳鳴りに支配された。
そんな中でもエクサーはその2つの現象の方を見ると、砂ボコリの中から2体の灰色の肌の男の悪魔がそこにはいた。灰色の肌からわかるように間違いなくこの2人は『大魔族』だった。
「へっ!せっかく来たのにガキ1匹かよ!」
「雷鬼、そんな口の聞き方をするな。」
「うっせぇなぁ、風鬼!」
互いは互いを『雷鬼』『風鬼』と呼び合っていた。
灰色の肌に黄色い目を持つ悪魔が『雷鬼』。
灰色の肌に緑の目を持つ悪魔が『風鬼』の様だった。
雷鬼の方が口調と気性が荒々しく、風鬼は思慮深そうで落ち着いた印象を感じた。
エクサーはいきなり現れた2人に流石に焦った。
大魔族を目の前にする。ナールガ以降お目にかかっていない機会。大魔界全体の魔力濃度で鈍った感覚でもわかる魔力量の多さと、それぞれの持つ気配。
目に見えて強いことがわかった。
「で?どっちがガキを瀕死にするよ?」
「ここは公平にいこう。じゃんけんだ。」
2人はエクサーの目の前でじゃんけんを始めた。
「「じゃんけん…ぽん!」」
勝者は黄色い目の男だった。
と次の瞬間、エクサーは腹部に意識外からの強烈な痛みを感じると、後ろの民家に殴り飛ばされた。
「ふぅ…」
エクサーを殴り飛ばしたのは雷鬼本人だった。
雷鬼の拳はバリバリと鳴る電気を帯びており、エクサーもその影響をもろに受けた。
民家を薙ぎ倒し、瓦礫の中でぐったりと倒れ込むエクサー。
そのエクサーは体の中で電気が暴れ回っているような痛みに襲われていた。もちろん拳のダメージも相当なものでありながら、その痛み方が優に上回っていたのだ。
そして、エクサーは痛みに耐えきれず、いきなりブラックアウトしたかのように意識は消えてしまった。
「一撃…雷鬼はも少し楽しむことを覚えた方がいいね…」
「はぁ?俺は一撃を楽しんだから十分なんだよぉ!!」
「いちいち大きな声を出さないでくれ。うるさい。」
「黙れ!お前が貧弱なんだよ!」
「はいはい、早く帰ろう。殿も待っているから。」
そう言うと風鬼は足の裏に作った小さな竜巻で浮かび上がると、崩れた民家に入り、エクサーを拾い上げると、雷鬼と共に姿を消した。
ーー終ーー