175 五大貴族
地獄・アポロポリス号
「燃料補給、食料は万全。出稿準備できました。」
「了解…出航!!」
隣に立つアリストのに確認を受け、シー・ブルーのこの言葉がスピーカーを通して船内に響き渡ると、機関室にいる船員達が忙しなく働き出し、汽笛を鳴らした船はゆっくりと、動き出した。
地獄・アポロポリス号(訓練室)
「おぉ〜、動いた動いた。」
「確かに、少し揺れた。」
船が動き出した微弱な揺れを感じたエクサーとコリコントは船内にある、広い訓練所にいた。2人は、日常会話をしながら、円を描くように相手の間合いを観察していた。
そして、2人は同時に重心を互いの方に傾けると、コリコントは肘で、エクサーは拳を勢いよく衝突させて、ぶつかった。
「いいね。その年齢とは思えないぐらいの力だ。」
「ありがとうございます。」
コリコントは足を勢いよく横から蹴り、エクサーの脇腹を蹴ったが、エクサーはこれを少しかすってバク転で避けた。
(予備動作が読みづらい。それに無茶にも思える体勢からの攻撃…自分の可動域をしっかりと理解している証拠。コリコントさんは強い。)
エクサー的にはコリコントの蹴りは紙一重の避けだった。
「じゃあ、そろそろギアを上げるよ。エクサーもしっかりついて来てね。」
「はい!」
エクサーは全身に魔力を回し、コリコントの攻撃を捌き始めた。
「いいね!動きが鋭くなっている!!じゃあ、これならどうかな?」
コリコントはいきなり両手を目の前で広げると、そこに4つのミサイルが生成された。
(なんだあれ!?構築魔法か何かか?いや…違う。魔力の動きが構築魔法とは違う。まさか…!)
「エクサー、鬼ごっこタイムだよ。」
ミサイルは勢いよく、エクサーに向かって飛んできた。エクサーは足に魔力を集中させ、走り回るように逃げた。ミサイルの回避に成功したように見えたエクサーだったが、このミサイルがただのミサイルではないことにすぐさま気がついた。
ミサイルは壁ギリギリで急旋回すると、エクサーに戻って来たのだ。
(追尾付き!誘導弾か!!)
エクサーの推測通り、このミサイルはただのミサイルではなく、追尾性能のついたミサイルだった。エクサーは体をいきなり、向かってくるミサイルと向かい合わせ、右手を前に出した。魔力砲で消し飛ばす気だったのだ。
しかし、エクサーは背後からコリコントに蹴られた。
「後ろ、ガラ空きだよ?」
(しまった…!)
重心を前に崩されたエクサーは、向かってくる4つの誘導弾を真正面から受けることとなった。エクサーに着弾したミサイルは小型ながらも結構な爆発を起こし、訓練室には焦げるような匂いが充満したのだった。
「ゴホッ…!煙たっ!」
煙の中から口に手を当てて出て来たエクサー。爆発を真正面から受けたせいで、体の前面の皮膚が爛れてしまっていたが、それもフルオートの回復魔法が何事もなかったかのような状態まで、ほんの数秒で元通りになった。
「おぉ…!フルオートの回復魔法…へぇ、エクサーはもう、その域にいるのか。僕も見習わなきゃな。」
「今の爆弾、構築魔法じゃないよね?」
「おっ!気づいたか!そうだよ、今のは僕の魔術さ。僕の魔術は誘導弾を作ることができるんだ。」
「やっぱり。魔力の流し方的に魔法の流れじゃないから、そうかとは思ったけど。」
「へぇ、魔力の流れも読めるのか、すごいね。」
「A2が教えてくれたんだ。完全とは程遠いけど。」
「ちなみに、僕達、兄弟全員が魔術持ちだよ。内容は…お楽しみということで知りたかったらそれぞれに聞いてみな。」
まぁ、エクサー的には非常に気になるため、この訓練が終わったら聞いて回ろうと考えた。
「とりあえず、今は続きにしよう。」
「はい!」
コリコントは誘導弾を空に生成すると、エクサーに向かって打ち込む。それと同時にエクサーに向かって走り込んだ。
エクサーは『アレクトーン』を取り出し、構えると、迎え打つように走り出した。
ーーーーー
「負けたーーー!!!」
エクサーは訓練室の床に大の字になって寝転んだ。
「いやいや結構やるよ、エクサー。誘導弾の6割程度を捌き切るとは大したものだよ。」
「でも負けたーー!」
エクサーは負けたことに悔しさを感じている様子だった。それも、序盤までは良い線に乗っていたのに、終盤になると、スタミナなどの身体要素が浮き彫りになり始めたからだった。自身すらも自覚するこの弱点をいつまで経っても拭えない自分に嫌気を覚えるのは当然だった。
「はい、これ飲んで。」
「ありがとう。」
コリコントは、どこからともなく持ってきた飲み物の入ったコップをエクサーに手渡した。エクサーは体を起き上がらせると、飲み物を飲んだ。
「ん!ん?ん!!ん??ん〜〜?」
飲み物を口に含んだエクサーはなんとも言えない反応をした。なんというかこの飲み物しょっぱくもあり、甘くもあり、冷たくもあり、熱くもある。とても不思議だ。これほどの色々の要素を含んでいながら、不味くは無いのだ。
「何これ?」
「これは美容ドリンクだ。キョルのところで開発した、特別種の種や葉で煮出して、これに蜂蜜を加えた。特選ブレンド・ティーとでも言おうかな?栄養が詰まっているから、体にはいいよ。」
「へぇ〜〜。」
確かに体に良さそうな感じはした。
体にスーッと染み渡るのだ。感覚的にはサウナの後の水風呂に入った時の感覚が体内で行われている感覚だった。
「疲れた体にこれがまた染み渡るんだ。スーッとして疲れが後に引かない、それに肌にもバッチリ。我ながら良いものを開発した。」
コリコントはこれを開発するために費やした時間と過去を噛み締めていた。ここまで思い入れがあるなら、これだけ自信があるのも納得せざるを得なかった。
「そうだ!聞いておきたかったんだ。」
「?なんだい?」
エクサーは思い出したかのようにコリコントに話しかけた。
「大魔界の注意点ってあるの?全体的に強い悪魔がいっぱいいるのはわかったけど、それ以外に何かないの?」
「あぁ〜…注意点かぁ〜。元も子もないこと言うと全てに注意しておいた方がいいよ。会話においても睡眠おいても。魔力濃度が異常に高いから呼吸も慣れるまでは気張らないと危険だよ。」
「ふむふむ。」
すると、コリコントは着ている服の胸ポケットからクシを取り出すと、髪をとかし始めた。
「注意というわけじゃないけど、『五大貴族』については知っておいた方がいいだろう。」
「五大貴族?」
「大魔界の土地はこの五大貴族と言われる5体の悪魔によって分けられ、統治されてる。この5体の悪魔はサタンに相当する力を持つとすら言われる程に強いってことを知っておけば大丈夫。」
「本当にサタンと同じぐらい強いの?」
「それがはっきりはわからないんだ。サタンが生きていたのなんて、ずっと前の話だし、ウワサの域を出ない可能性もあるけどね。」
「ちなみにどんな悪魔なの?」
「では教えてしんぜよう。」
コリコントは髪をとかし終わると、クシを胸ポケットにしまった。
「1人目は、地獄、大魔界に存在する鬼族の頂!『鬼王・キリエグ』
2人目は、甘く、そして見透かすように常に黙って笑う。その裏に潜むは制御不可の闘争心と暴虐。『黙悦の凶星・スティス』
3人目は、1秒ごとに変化する全ての万物に感情を揺らし、その感情のエネルギーは常人の数倍。それ全てを力とする悪魔。『久遠の情動・ルードレスネス』
4人目は、スティスの妹であり、兄であるスティスに負けるとも劣らない強さを持つが、一方、優しさを持ち合わせる悪魔。『青き凶星・アルドリン』
5人目は、五大貴族の中でも最も穏和であり、常識的。しかし、冷静に物事を見切り、必要とあらば、殺生することを誰よりも厭わない悪魔。『ライガー・通称・アリババ。』以上。この5体の悪魔が『五大貴族』と呼ばれる悪魔だよ。」
「へぇ…強そう。」
エクサーは言葉だけでも、強い悪魔であることがなんとなく伝わってきた。
「強いに決まっているだろう。真正面から戦っても確実に勝てない。姑息な技を使っても勝てるってことはないけど。でも、基本的に五大貴族に会うことはないだろうから気にしなくていい。大魔界に入れば、えらく大きな気配と魔力を感じるはずだから、居場所はなんとなく掴めるよ。」
基本的には会うことはない。という言葉に安心とちょっぴりの疑念を持ちながらも、エクサーはとりあえず、予備知識ということで頭の片隅に置いておくことにした。
「あ〜、あ〜聞こえっか〜〜?」
すると、2人のいる訓練室に何やら、スピーカーを通した声が響いた。この声はシー・ブルーのものだった。
「大海の大穴までの距離、約900km。もう少しのところまで来たなぁ。魔力濃度も急速に低下している。このまま現地に着き次第、速やかに侵入するものとする。以上、心して衝撃に備えておけよ〜。」
シー・ブルーの話は、ブツッ!っと言うマイクを切る音で終わった。
「もう少しなんだよね?」
エクサーは疑問に思ったことをコリコントに聞いた。
「らしいね。」
「でも、900kmって…」
「酒でも飲んでるんだろう。まぁ、酒を飲んでなくても父さんは近いって言っていただろうね。その辺の思考回路は完全にバグっているね、父さんは。まぁ、気長に待とう。気張りすぎてもいいことないからね。」
「そうするよ…」
「そうだ!エクサー、キョルを誘ってお風呂に行こう!この船のお湯はいいぞぉ!美肌になれるよ。」
美肌にはさほど興味はなかったが、運動した後ということで体を流したい気持ちはあったエクサーは、コリコントの後を着いて、キョルトノルのいる部屋に向かっていった。
ーー終ーー