172 怒りの行く末
大魔界
自身に攻撃が当たる瞬間のみ体を影にして攻撃を受けるプレズデントとの攻防。ノグエルもプレズデントの実態を捉えるために全力で斧を振るうが、どれだけの魔力を斧に纏わせようともプレズデントの実態はとらえるには至らなかった。
「はぁ…はぁ…」
「そんな大きな斧を大振りしているからでしょう?息が上がっていますよ。大丈夫ですか?」
ノグエルは斧を大きく振る。その影響でノグエルは息が上がって仕方なかった。
「先手をそちらに提供しましたが…生身に当ててこれないのであれば、私も手を出せないのですよ。これでは一番つまらない消耗戦になってしまいますね〜。」
ノグエルがいくら自身の魔力を投資しようともプレズデントの実態は捉えられない。それにこれ以上魔力をしようして、魔力切れになろうものなら後が怖い。
ノグエルは意を決し、次なる最後の手に力を投じた。
ノグエルは一旦攻撃の手を止めると、斧を大きく空に向かって投げる。そして、斧を離した手をそのまま強く握ると、空にある斧に眩い光の粒子が集まる。
プレズデントはその様子を目を窄めながら、笑って見上げる。
そして、ノグエルは勢いよく飛び上がり、光の粒子の集まる斧を握った。その瞬間、光が完全に晴れる。ノグエルの手に握られたのは、さらに重厚感と高級感の増した斧だった。
(あの様、天器だな!)
プレズデントはノグエルの握った新たな斧を見て、即座にそれが天器であることを見破った。
「『天…誅』!!!!!」
ノグエルは天器を握り、勢いよく宙で一回転。そして、斧を勢いよく振り下ろし、自分ごとプレズデントに向かって凄まじいスピードと閃光を発しながら降下。その速度にプレズデントは回避が間に合わず、攻撃を喰らうこととなる。
プレズデントを捉えたノグエルは出力をさらに上昇させ、一気に地面まで降下して、地面に着くと同時に周囲を吹き飛ばす爆発を巻き起こした。
爆発は爆煙を空に立ち上らせ、遠くからその様子を見ていた天使たちもその規模感に驚くばかりだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
ノグエルは爆煙の中で息切れをしていた。
攻撃が当たった感覚は間違いない。ただ、その先にプレズデントの姿はなかった。
(出力ミスで…灰も残らなかった…?)
死体の一欠片も見当たらない。瀕死体で留める予定、もしくは死んだとしても死体が残るぐらいに威力を調節したはずだった。しかし、姿も気配も残っていない様子を見るに自身の出力ミスだとノグエルは思った。
ノグエルは体をゆっくりと起こす。そして息を一つ吐いた。
斧を肩に乗せ、その場を後にしようとしたその時、いきなり、攻撃により付いた地面の亀裂から沸騰した水のように黒い液体が吹き出し始めた。
ノグエルはこの異常性に直ぐに気づくと羽を羽ばたかせ、その場から一瞬で姿を別に移した。
(何!?)
荒い息が戻りきっていないノグエルは少々の倦怠感を持ちながら、冷静に消えゆく爆煙の中を注視し始めた。
すると、やはり地面の亀裂から黒い液体が吹き出し始めている。その様子はさながら煮えたぎるマグマのようだった。そして、ついにその黒い液体の物量で地面を押し上げ始めた。
「?」
ノグエルはその中で一つ不自然に動く液体を見つける。空から見ているがその液体はどうも立体的で、まるでに人の型を模しているようだった。
その影をよーく注視すると、いきなりその不自然な人型が笑ったのだ。
まさかと思いノグエルは羽を羽ばたかせ、それに向かって豪速で飛んだ。
(まさか…あれ全てが『影』!?もしそうならトドメもさせなかった…!?)
ノグエルの読みは不幸にも的中した。
黒い液体のように見えたその全てが『影』。影を操ることができる者など、この場においてはプレズデントのみ。つまり、この体力の影が存在しているということはプレズデントを仕留められていないということの証明だった。
ノグエルは斧を構えながら人型に向かって特攻して行く。そして、人型を勢いよくぶった斬った。
(ク…!感触がない!)
ぶった斬ったはいいものの感触は皆無。空を斬った感覚と何ら変わりがなかった。ノグエルは足元の影に着地しないように急旋回して、振り向くと、そこに身体中に纏っていた影を捨てたプレズデントの姿があった。
「いやぁ…流石に…今のは…効いたねぇ。頭痛がするよ…」
プレズデントは少し千鳥足になりながらも、ノグエルの方に歩いてきた。その様子を見るに完全にダメージが無いわけでは無いようだった。
「なぜそこまで殺意を剥き出しに向かってくるんだい?君は。」
ノグエルはその発言に手に持った斧を強く握り、額に血管を浮き上がらせながら唇を血が出るほど噛んだ。
「私のお父さんとお母さんはお前達悪魔に殺された。お前達の下劣な闘争を止めるために派遣され、死んだ…だから!!あんた達みたいな悪魔は今、ここで殺せる時に殺す!!!」
ノグエルの口調は荒々しく、怒りを乗せたもので、いつものようなギャル味のある口調ではなく、怒りを恨みを相手にぶつけるものだった。
〜〜〜〜〜
ノグエルの父と母は、まだノグエルが幼かった頃、天使軍としてウリエル軍に所属していた。親衛隊のように名こそ大きく知れ渡ってはいなかったものの、ウリエル軍に配属されるほどの力を持っていたことを考えれば精鋭も精鋭だった。
そんな父と母と幼いノグエルが共に過ごす時間は同年代の天使と比べても決して多いとは言えず、家にいるお手伝いさんと共に過ごす時間の方が多かった。
だが、ノグエルはこれに親が自分を愛していないなどという疑問は一切持たなかった。父と母は帰ってくれば、その会えなかった時間を埋めるほどに、ノグエルに優しさを与えていたからだった。
そんなサラブレッドの元に生を受けたノグエルの夢は大きくなったら父と母と共に仕事をすることだった。
父と母の背中を追いかけ、2人の隣に並んで仕事に尽力したかったのだ。
そんなある日、緊急招集と言われ休暇中の父と母は家を出た。
こんなことはしょっちゅう起きるため、ノグエル自身も「またか」ぐらいの感覚で父と母を見送った。毎回必ず帰ってきた父と母が今回帰って来ないなんてことは微塵も思っていなかった。
しかし、その考えは非情に覆ることとなった。
父の戦死、そして、母の瀕死を知らされたのだ。
ノグエルは小さい体から出るとは思えないスピードでラファエル宮の病棟に飛んだ。
涙を流し、天使にぶつかろうとも進み、息を荒げ、勢いよく開けた病室には片翼がもげ、右目に血で滲んだ包帯を巻き、右足の欠損した母の姿がベットの上にあった。
ノグエルは骨だけで歩くように不安定になりながら、母の寝るベットに近づいた。
子供ながらでもノグエルはわかった母はもう直ぐ死ぬ。欠損の度合いがあまりにも酷い。腐ったような血生臭いような臭いが病室に充満していた。ノグエルは臭いと絶望感から来る吐き気を抑えながら、涙を流し、母にフラフラと近づいた。
ノグエルは母の隣に立った。その時の体に走る鳥肌と震えは忘れもしないほどにノグエルに刻み込まれていた。
ノグエルの母は残る気力で、ノグエルの頬に触れた。そして、最後の一言が
「元気でね…」
この一言だった。
ノグエルの母はここで命の旅を終え、ノグエルは吐き気を覚えながら、崩れ落ちて泣いた。年端もいかない少女が受けるにはあまりにも酷な事実を非情に叩きつける。
これが現実だった。
ーーーここからノグエルの孤独感は今に致るまで大きく肥大していた。
その孤独を埋めるようにノグエルは努力をした。幸いなことは努力に見合った成果が日に日に身についたことと、それをさらに昇華させるほどの才能があったという点だった。
さらには、良き関係にも巡り会えた。
同じ境遇のアムエル含めた友人達。才能と努力をいち早く見つけ、親代わりのように接してくれたカセエル。
側から見れば、羨ましくなるほどに順風満帆な生活を築けばノグエルは手にしていた。
ただこれでもノグエルは孤独感を埋めるには至らなかった。それどころか、有名になり、関係が大きくなるにつれ、どんどんと内に秘めた感情を隠すようになり、孤独感は深まり、煮えたぎるばかりだった…
〜〜〜〜〜
この境遇を知ればノグエルが自身の親を殺した悪魔と言う存在自体に敵意を向けることは当然のことだった。
「今、一番平和を脅かしかねない、あんた達2人を今!ここで!!確実に倒しておく。私みたいな天使がもう誰1人生まれないために!!!」
斧を大きく振りかぶって構えるノグエル。その影響で押し飛ばされるような風圧がプレズデントを襲った。
プレズデントのオールバックの髪が後ろに流れる。
静寂が終秒間、時を連ねた。
「…で?」
この静寂を打ち破ったのはプレズデントが発した疑問だった。
この言葉、「で?」が表す疑問は「だから何?」と言う言葉の意味と全くの同義の意味を持っていた。だからこそ、ノグエルは一瞬、その意味が果たしてその意味と同義であるかを考えてしまった。
「あなたにどんな過去があるかなんて知らないし、どんな思いを胸に生きているかなんて知らないですけど…それを知って私にどうしろと言いますか?共感でもして欲しいのですか?大人しく殺されればいいのですか?勘弁してくださいよ。そんなものするわけないでしょうが…私だって生命ですよ?」
プレズデントは呆れた口調でノグエルに言葉を投げた。言葉はさらに続いた。
「私は、あなたのような過去を理解できる立場では無いのでね。こんな私が同情なんてすれば、それは嘘の同情ですよ?それでもいいのですか?あなたも嘘で同情はされたく無いでしょう?」
プレズデントは爪を整えながらノグエルにそう伝えた。
「あなた達天使は、よく自分たちを正義だと言っている。しかしながら、私は自分のことを悪だとは思っていなくてね。生まれた瞬間から正義を悪を語る者はどこにもいない。実際、君が私を悪だと決めつけるのは自分と相対すると言う立場に殺生が絡んだから、それもどこの誰かも分からない悪魔による。一つ聞きたい。君は自分のような立場が悪魔側にいるかも知れないと言うことは考えたかな?」
「…!」
「同じくそういった思いをした悪魔がこちらにはいないなんて言う確証はどこにもない。いるか、いないかで言えばいる。それを一方的に自分は特別だからと言ったようなニュアンスで押し付けてくるのはいかがなものか思うところですけどね?」
プレズデントは爪を整えた時に出たカスを息で飛ばすとクルッとその場で一回転。つけているメガネをクイッと上に上げて、位置を調整するとニヤッと笑った。
「とは言ったものの正直そんなものはどうでもいいかな。私は君がそう思って私に挑んでくることをどうも思わない。勝てればの話だが。地獄流に言えば、勝てればなんでもいいのだ。勝者が思想を述べるのは結構だが、弱者が述べると言い訳に聞こえるし、みっともなく見える。だから、君がその思いを胸に私に勝てばいいだけの話だ。」
プレズデントは左後ろ足を後ろに下げ、地面を少しズるようにして構えを取った。
「さぁ、かかってきて構わないよ。君の胸に宿る過去が思想が信念がみっともなくないことを証明してみなさい。」
プレズデントの口角は歯を見せずに上がった。ノグエルの目にはプレズデントが惜しみない魔力を立ち上らせ、戦闘体制に入っていることを分からせた。
ーー終ーー




