170 過去を否定
大魔界
「慣れねぇなぁ〜。」
「…すごく、気持ちが悪い。」
ゴーエルとアムエルはこんなことを話しながら先頭を突き進んだ。ナールガの気配のする方に飛んで行っているが、それでもまだかなり距離がある。
「後ろの奴らは大丈夫かぁ?」
「…大丈夫とはいっていなさそう。」
アムエルが後ろの天使達を確認すると皆が疲弊した顔を覗かせ始めていた。
「爺さんが集めたからもう少しは骨があると思ったがなぁ〜。」
「いや、きっと骨はある。ただ、それを上回るほどにこの環境が辛い。」
「まぁ、こんな魔力濃度の高い場所なんて、訓練のために作れるものじゃないしなぁ〜。」
「気絶していないだけ偉い。いや、気絶することも恥じゃない。」
「それほどに過酷な環境ってことかぁ〜。」
大魔界。いるだけでダメージのようなものを受ける場所。こんな場所には生半可に来るべきではない2人はそう思い緊張感を漂わせた。
「それになんだこの気配ぃ〜。俺たちの狙いの他に5つぐらい馬鹿デケェ気配があるぞぉ〜。」
「きっと『五大貴族』だと思う。」
『五大貴族』
大魔界に存在する大魔族の中でも特筆した力を持ち合わせる5体の大悪魔。その強さはミカエル達でも不用意に戦いを挑まないほどに高密度の力の結晶。A2曰く、全盛の力を宿した『五芒星』ですらあちらの勝敗は5部以上あると言っている。
「あれ、5だったかぁ?4じゃないのかぁ?」
「100年前にある兄弟が1人を討ち取った結果、4が5に増え変わったはず。」
「知らなかったわぁ〜。」
「勢力図的には5の状態でここ100年ぐらいは安定しているから問題はないはず。」
「殺り合いたくはないわなぁ〜。」
そんな会話をしていても2人の緊張がほぐれることはなかった。それどころか自分たちが近づいていることを実感すればするほどに体が強張っていくような気がしていた。
ゴーエルは後ろを見て、疲弊した天使達を見ると空を飛びながら後ろを向き、令を話した。
「少し、ゆっくり行くぞぉーー!!!」
アムエルもゴーエルと同じように飛びながら後ろを向いた。
ここで疲弊し切って仕舞えば本末転倒。ゴーエルは緊張で気張ってしまったが故の自分の行動に反省し、労いを込めたのだった。
バリッ!!!
すると、2人は背後で稲妻が走ったような音を聞いた。それとほぼ同時に身体中を駆け巡る鳥肌と恐怖。
2人は後ろを見るのが怖かった。だが、今、目の前にいる天使達のためにも振り向かざるを得なかった。2人はその思いを胸に勢いよく冷や汗を流しながら振り返った。
だが、そこには何もいなかった。ただなんの変哲もない大魔界の空が続いているだけだった。
バリバリッ!!!!
いや、そんなはずはなかった。
視界にこそ、なんの変哲もない空を描かれていたが魔力を持つ者であれば一発でわかる。そこには高密度の魔力の滞留があった。
バリバリバリッ!!!!!
先は後ろを向いていてこの音の正体に気づくには至らなかったが、その音を正面で見つめている今ならわかる。この目の前の空間にある魔力の滞留から生まれる黒紫の稲妻。次第にそれが強力になって行くのを2人、そして天使達は見ていることしかできず。それを直接目視できない天使も空間を支配する不穏さに、体を支配された。
バリバリバリバリッ!!!!!!
皆が固唾を飲んだ瞬間だった。
黒紫の稲妻は夥しく放電を始め、その一部はゴーエル、アムエルの頬や体を掠め天使達の間を縫い、無差別に放電で天使を殺して回った。
「チッ…!!」
ゴーエルが舌打ちをして天使達を見た時にはすでに天使達の内、数百は黒コゲで下へと落ちて行った。これがどう言うことかは周りにいる天使達全員が理解した。
「…ゴーエル…あそこ…」
震えた声でアムエルがゴーエルを呼んだ。ゴーエルは勢いよく後ろを振り返る。
「!!!」
その視界には、自分の着ている服をパッパと払うナールガの姿があった。
「そっちから、お出ましかぁ…」
ゴーエルはナールガを目に入れた瞬間、一瞬だけ体から汗が噴出した。
外見を見ただけではわからない。ただ、魔力を扱えるゴーエル達にはナールガがここにいる誰もを凌駕できるほどの魔力量を有していることは明らかだった。その証拠にナールガの背後には夥しく、際限なく、天に昇る魔力が感じられた。
「お前がぁ〜、サタンの封印部位を吸収したのかぁ〜?」
ナールガは首を捻り、ゴキゴキと言う音を響かせると鋭い目でゴーエル達を睨んだ。この行動にゴーエルの後ろにいる天使達は少したじろいだ。
「そうだ。見てわからんか?」
「いや分かる。一応、確認のためだぁ〜。」
「待ちくたびれたぞ…トロトロと来やがって。」
こう吐き捨てるナールガ。この言葉を聞いてナールガの方からも待たれていたと解釈するとゴーエル達もなんだか不思議な気持ちになった。
「まぁ…なんでもいい。待たされたんだ、さっさとかかって来い。」
ゴーエルはこの化け物と戦わなくてはならないと現実に逃げ出したくなるのは当然だった。
目の前に闘争と殺意をむき出しにした、化け物魔力を持ち合わせたナールガを前にこの感情は至極真っ当。生物としての生存本能的には逃げるのが最もな得策だった。
アムエルの脳内にはA2と戦った記憶が思い起こされていた。
純粋に戦闘を楽しみ、笑みを浮かべ、惨劇を作ったA2のあの様相。ナールガの顔は睨みつけてくるが、内心サタンの部位を吸収したこと実力を試したいと言う気持ちで満ち満ちているのは明白。今のナールガに宿っている炎は、あの時のA2と同じ。それが重なった途端に、アムエルには諦めの芽が顔を出し始めていたのだった。
そんな感情を胸にした2人を全く気にすることなく、ナールガはアムエルに向かって瞬間で飛び掛かるように距離を詰めた。固く握った右拳でアムエルの顔面を何の躊躇もなく吹き飛ばそうとしたのだ。しかし、その拳はアムエルの目の前で『バリア』によって止められた。
アムエルが自身が攻撃されたことに気がついたのは『バリア』で拳が止まった瞬間だった。つまり、この『バリア』が無ければ、確実にアムエルは死んでいたのだ。
そして、これの意味するところはもう一つ。この『バリア』はアムエルの物でも、ゴーエルの物でもないと言うことだった。アムエルもゴーエルも『バリア』で攻撃が防がれた時に気がついたのだ。この『バリア』は一体誰のものか。それが分かるのはすぐだった。
「ホッホッホ…若い芽なんだ。早く摘まないでもらいたいの〜。」
老いた老人の声。
羽を羽ばたかせて天使達の中から優雅に登場したのはカセエル本人だった。
「チッ…!」
この『バリア』を貫けないと感じたナールガはアムエル達から距離を取った。
「硬い『バリア』だな…ジジイ。」
「お褒めの言葉に感謝をしようか…」
「だが、こんなに硬い『バリア』安くはないだろう?」
「心配してくれるのか…優しいのぉ…その点は心配ない。わしは魔力効率がいいからのぉ、割引が効くんじゃよ。」
「そうか…」
「それにしてもすごい闘争心と殺意じゃのぉ、若いなぁ。」
「お前らが来るのが遅いから待ちくたびれたんだ。」
「わしらが来るのが遅くて、わしら自身の首を絞めたと言うわけか。」
「もう話はいいだろ。ジジイが相手でもなんでもいい。来るなら来い。来なくても殺す。」
「ちょっと待っとれ。」
カセエルは持っていた杖をグルッとそれに向かって回すと、ナールガを四角形の『バリア』に閉じ込めた。
(子供騙しが!!)
ナールガは『バリア』を叩き割ろうと『バリア』をぶん殴ったが、全く壊れる気配がなかった。
(壊れねぇ…どうなってんだ…あのジジイ…涼しい顔してやり手だな…)
この強度の『バリア』を作れるカセエルをナールガは心のどこかで感心した。
「これでしばらくは大丈夫じゃろうな。」
カセエルは『バリア』が簡単に壊されないことが分かると満足げに笑って見せた。
「2人共、こっちを見なさい。」
カセエルはゴーエルとアムエルを振り向かせ、浮かない顔を浮かべる2人を見た。
「なんだ、その浮かない顔は…」
2人の顔には諦めが大きく滲み出ていた。
「まさか…諦めた…とは言わぬな?」
カセエルの言葉がいきなり重くなったのをここにいる全員の天使が感じ取った。
「言わぬなと聞いているのだ!!!!!」
カセエルの声は衝撃を纏って天使達の心に響いた。カセエルは怒っていた。それも今まで誰も見たことがないほどに。
「お前達…親衛隊の名を冠するにも関わらず、戦わずして諦める?負けを認める?お前達一体何を学んできおったのだぁぁぁ!!!」
カセエルはゴーエル、アムエルの2人が戦う意志を放棄したことに憤怒していた。親衛隊の名を名乗ることの許された2人が早々に戦わずして負けを認めることは絶対に許されないことである。それをプライドを捨て簡単に選択した2人に長年、親衛隊を名乗ったカセエルが許すはずもなかった。
「ここでこのまま奴に戦わずして負ければ、恥以上の愚行!それを選択したお前達など、親衛隊を名乗る資格もない!!!お前達の後ろには部下がいるのだぞ!!仲間がいるのだぞ!!さらに天界には平和に暮らす天使達もいるのだ!!!ここでやつを打たねば、それが脅かされるのだ。それを止める力のあるお前達が早々に諦めるなど、どれほどお前達は偉いのだ!!!!恥を知れ!!!!!」
老いた老人から出たとは思えない程の覇気を纏った活。一寸の反論の隙も無い確実な正論。この活を受けたゴーエルとアムエルの2人は愚か、他の天使達も自分の今の役割と言うものを再認識させられた。
「今までお前達が教わったことはなんだ!!諦めか?天使長様達が教えてくれたのはそんなことだったか?違う!!お前達が学んだことはなんだ?これが諦めか?違うだろう!!!!私達はいつ何時でも民のため、平和のために忙しく動かなくてはならない!!お前達の諦めは今までの教えと学びを手放すのと同義なのだぞ!!忠誠を誓った天使長様達を裏切るのだぞ!!!絶対にそんなことは許さんぞ!!自分の歩んできた道を自分で否定するなど、無駄なことをするな!!!」
カセエルが話終わると、風の音も何もない静寂が形成された。
「…そうだなぁ…爺さん。俺たちのやろうとしていたことはぁ…自己否定だったなぁ…ウリエル様、ミカエル様、ラファエル様達に教えてもらったことをここで投げ捨てるなんて…失礼極まってるなぁ。」
「体が竦んでた。でも、それも言い訳。せめて散るなら、戦ってから…相手が散る、私が散る1秒前まで舞ってみせる!!」
2人の発した言葉は2人自身に言い聞かせるようなもので、互いは互いの言葉を噛み締めるように自分の立場と過去を思い返し、奮起を呼び起こしたのだった。
「では、あの目の前にいる化け物を処すとしようかの〜。」
先ほどまでの覇気はどこへやらと言うほどにカセエルから覇気が消え、元の状態へと戻っていた。
「で、どうする爺さん。『バリア』を爺さんが解除した瞬間に一斉にかかるか?」
「でもそれって範囲攻撃されたらこっちが痛手。」
思いつく作戦とそのデメリットを話し合うゴーエルとアムエル。そこにカセエルがメスを入れる。
「色々考えているところ悪いが、その必要は無いようじゃぞ?」
「何ぃ〜。なんでだ爺さん?」
「見てみい。わしの『バリア』が割れるぞ。」
カセエルの言葉で『バリア』の中に閉じ込められたナールガを見ると、この瞬間、ナールガはカセエルの『バリア』を爆発と共に吹き飛ばして、自由の身へと転じていた。
『バリア』の残骸が凄まじい衝撃はと共に天使達の元へ飛んでいく。さながら爆発したガラスが飛んでいくのと同じ光景だった。
「奴、天界切っての高度を誇るわしの『バリア』を壊しおったぞ。しかもこの短時間で…やはり化け物じゃなぁ〜。しかも奴、サタンの部位を吸収したと見受けられはするが、とてもそれを使い倒しているようには見えん。つまり、今のやつは、まだ限りなく奴本来のままに近いと言うわけじゃ。化け物よ…」
『バリア』の中から出てきたナールガは心底怒りを見せていた。その証拠にただでさえ鋭い目が100%以上の殺意を携えてさらに鋭くこちらを睨んでいた。
だが、気持ちの入れ替わった天使達にこれに臆することよりも自身の使命を全うする。この気持ちの方が大きかった。
もちろん、体は震えている。それを両手を強く握ることで大丈夫だと、天使達は自分に言い聞かせた。
「いくぞぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
ゴーエルは空気を揺らす声でナールガに向かう。これに続くようにカセエル、アムエル、そして天使達もナールガに向かって猛進して行く。ナールガはこれをため息一つ打ち、迎え撃つのだった。
ーー終ーー
今の状態のナールガはもちろん魔力が半分で魔術もないです。
しかし、サタンの部位を2つ吸収しているので、半分になった魔力の補完は済んでいます。なので、今のナールガの魔力量は元々のナールガ(魔力半分時)を50とすると200近くあると思われます。