166 兄弟
地獄・アポロポリス号(甲板)
甲板に出て潮風とスピードを堪能しているたエクサー。すると、ナルシスト味の溢れる悪魔がエクサーの耳たぶを触って来たのだった。
こねるように触られる耳たぶ。
感覚としては大変に気持ちが悪かった。なんというか余韻の残るようでそれでいて優しいタッチ。最高に気持ちが悪い。
だが、悪魔は一通り触り終わると手を離した。
「ようこそ、エクサーくん。歓迎するよ。」
悪魔はいきなり態度をケロッと変えて話を始めた。
エクサーはいきなり耳たぶを触られた余韻が抜けきっておらずゾクゾクとした嫌な感覚が残っていた。
悪魔は胸ポケットからクシを取り出すと髪の毛をとかし始めた。
「時にエクサー。僕は何番目にかっこいいかな?」
「は?」
「ん?難しい質問だったかな?君が生きて来た時間の中で僕は何番目にかっこいいかという話だ。」
本当によくわからない。
なぜ急にここで自分が一番かっこいいかという話を運んでこれるのかが疑問でしかたなかった。
それにこの質問。目の前にいる悪魔にナルシスト成分が多く含まれていることは明白。これで別の誰かを言おうものならヒステリックを起こすかもしれない。
面倒事は大いにごめんだ。
「あ…あなたですかね…」
エクサーは少し小さめの声で言葉を返した。
「うっ……!!」
この言葉を聞いた悪魔はいきなり体をのけぞらせて、ヌルヌルと身を捩らせ始めた。
「はぁ…はぁ…やっぱり…やっぱり!!やっぱり僕はかっこいいのだーーーー!!!ハハハハ!!!」
大興奮している悪魔。
これは答えとして適当だったのかは不思議だったが、ヒステリーを起こすよりはマシ…若干片足突っ込んでいる気もするが…
気持ち悪く身を捩らせる悪魔を見て、どうしたらいいかを考えているエクサー。ふと目線を悪魔の背後に向けると、そこに背が高く、ガタイのいい深緑の軍コートを着た悪魔が立っていた。
背は190cmは裕にある。ボタンでしっかり止めた軍物の長いコートを着ており、その長さは上は鼻、下は膝が隠れるほどの長さだった。深く被った深緑の帽子。これと鼻が見えないことが合わさると、残る『視認可能顔面部位』は目だけ。それが奥で除く冷徹な目をより際立たせてくる。
人相が分からないということはエクサーに大変な恐怖を与えた。唯一、認識できる目でさえも鋭いことがわかると怖い。それが190cmはあるであろう身長にくっついてこちらに歩いてくる。そりゃ怖いに決まっていた。
悪魔はズカズカとナルシストの悪魔に近づいて行く。
「お、お兄、僕…悪いことしていないよ?だから、そんな顔しないで…」
ナルシストの悪魔はそのお兄と呼ぶ悪魔が近づいて来ていることに大変にあたふたと焦っていた。悪魔はナルシストの悪魔の前で止まると、右の後頭部に向かってデコピンをした。
「痛てっ!」
「…変な事してないだろうな?」
「くぅ〜…」
側から見るとなんの変哲もないデコピンだったが喰らった側からすると、かなりの痛みらしい。ナルシストの悪魔は後頭部を押さえていた。
悪魔はエクサーの目線を移した。
「…変な事…されていないか?」
「えっ…!いや…特に…は〜…大丈夫ですかね…」
「…そうか。」
悪魔の声は低い。エクサーはこれと身長と形にビビっていた。
「…コリコント…挨拶はしたのか…?」
「ま…まだだよ。」
「…挨拶は大事だと母さんが言っていただろう?早くするんだ…」
「わかったよ、お兄。」
ナルシストの悪魔は痛みが引くと姿勢を正した。
「遅くなって申し訳ない、僕の…いや私の名前はコリコント・ブルーだ。そして、この大きい悪魔が…」
「カタリスだ…よろしく…」
『長男 カタリス・ブルー』 アリストの双子の弟。
寡黙で冷静。一見怖い印象を見せるが兄弟の中でも世話好きな方。
『次男 コリコント・ブルー』
ナルシストで自分磨きが大好き。誰の人生でも自分が一番カッコいい存在でありたいと思っている。
「…コリコントは少しこういう部分がある…だから多めに見て欲しい…」
「だ、大丈夫ですよ。傷を負ったとかではないので…」
実際のところも気持ち悪かったぐらいで話を流せるレベル。エクサーは水に流すことにした。
「…コリコント…船の案内をしてあげなさい…」
「そうだね、少し刺激を与え過ぎてしまったから、罪滅ぼしと言うわけで案内させてもらうよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「では行くよ。」
歩き出すコリコントの後ろをエクサーはついて行った。
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地獄・アポロポリス号(食堂)
「ここが従業員の皆が使う食堂。いつでも食料がある限り開いているよ。」
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地獄・アポロポリス号(温泉)
「ここは温泉だよ。少し水がしょっぱいがこれは海水を原料にしているからなんだ。この若干の刺激が肌にいいんだ。」
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地獄・アポロポリス号(運動場)
「ここはジム、プールと体を動かす場所だ。鍛えたかったら好きにしてくれ。」
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もう一体何時間案内されているだろうか。
別につまらないとかそういう話ではない。普通に疲れてくるのだ。無理もない。あれから何十という部屋と場所を歩いて案内してもらったのだ。疲労も溜まるというものだ。それにこの船、見かけによらず想像以上に大きいのだ。多分、『マザーシップ』の時と同じで膨大な魔力を元手に空間を作っているのだろう。
「ちょっと、休憩しません?」
「おっと、すまないね。僕のペースに合わせさせてしまったかな。」
エクサーはコリコントがよく疲れないなぁと思う。まぁ、日頃からここで生活しているのだから『慣れ』と言うものなのだろう。それにしても時折大きく揺れる船の中を問題なく動き回れるコリコントは大したものだった。エクサーなんて、若干の疲労と船酔いと闘っていたのにだ。
「少し顔色が悪いね。疲労と酔いがあるのかな?」
コリコントにもこれは見え見えだった。
「近くにキョルトノルがいる。部屋に入って船酔いの薬をもらってこよう。」
そう言って今度は客人が行くような豪華な通路ではなく、裏手の配管剥き出しの機械的な通路を進んで行った。通路はなんと言っても熱い。きっとここは完全な船の原動力を生み出している場所に近いのだろう。配管を通る熱や溢れ出す蒸気が滝のような汗を生み出していた。
ただでさえ、船酔いと疲労が溜まっているのにこの蒸し暑さ。エクサーの視界も歪み始めるというものだ。
「着いた着いた。」
通路の途中に急に現れた1つの鉄でできた扉。それを数回コンコンと叩くと扉が横にズレて部屋に入れるようになった。
「キョルトノル〜いるかぁ〜?」
緑色の照らす廊下をさらに進むと植物や果物の植木の置かれた開けた部屋についた。
「ん?いるよ、ここだ。」
部屋のどこかで小さくボソッとした声で誰かが返事をした。すると、ひょこっと植物をかき分けて、緑色の短髪に絵緑の半目、そばかすが頬に少し散りばめられた少年が現れた。
『三男 キョルトノル・ブルー』
薬学、医学を船の上では専門にする。部屋にある植物はそのためにある。兄弟の中で最も頭が良く、議論に横槍を一本入れがち。
「エクサーが疲れと船酔いにやられてしまったらしい。どうにかしてあげれくれないか?」
「分かった。」
キョルトノルは植物に埋もれた中から引き出しを見つけると、その中からツタの巻かれた小さな植物玉を取り出した。巻いてあるツタを外し、少し匂いを嗅ぐと1つ頭を頷かせた。
「エクサー、口開けて。」
エクサーが口を開けるとキョルトノルは口に勢いよく植物玉を捩じ込んだ。
「噛んで、10回噛んだら、そこの植木に吐き出して。肥料になるから。」
エクサーは言われるがままに植物玉をかむ始めると、口の中と鼻に清涼感を感じ、それが体の微細な穴という穴から抜け始めた。そして、言われた通りに植木に吐き出した。
「どう?元気になった?」
「スッキリした!」
「それはよかった。今のはお手製の植物玉。主に船酔いに効く。疲労感は一時的なものだけど、船酔いが無くなる方がいいだろう。」
「エクサー、紹介するよ。これが僕の弟、キョルトノル・ブルーだ。」
「どうも。」
身長はエクサーと同じぐらい。声は容姿の割にはかなり低い。緑の軍服の上に白衣を着ている。これがキョルトノル・ブルーだった。
「お茶でも淹れようか?」
キョルトノルは植木からいくつかの葉っぱを物色し、摘み取るとそれを軽く擦りティーポットに入れてお茶を作った。
「ごめんね、机がツタに覆われてるから無いんだ。立ち飲みだけど許してね。」
お茶をティーカップに注ぐとキョルトノルは2人に配った。3人は特にたわいもない自己紹介などの話をしながらお茶を飲んだ。
「エクサーは兄弟全員に会ったの?」
「まだなんだ。」
キョルトノルの問いにコリコントは即答を決めた。
「やっぱり。ってことはもちろん…」
「そう、もちろん…」
2人は顔を見合わせ合った。
「リベリアンに会ってないんだ。」
「そう。」
「リベリアンって?」
「リベリアンは僕たち兄弟の末女だよ。常に寝てるから会うのは簡単だけど対話の線はちょっと薄いかな?」
「へぇ〜。」
「いいよ、ついでだし会いに行こう。寝てるだろうけど。キョルも行く?」
「僕はいいや、調合の途中だし。」
「分かった。じゃあエクサー行こうか。ありごとうねキョル。」
「また困ったら来てね。」
「ありがとう。」
コリコントとエクサーはそう言って部屋を後にした。
さぁ残るブルー一家スタンプラリーの最後は末女のリベリアンのみとなった。調子が良くなったことで気分がうわ吐き始めたエクサーはそれが大変楽しみになっていた。
ーー終ーー
カタリスはコリコントのナルシストに寛容です。というか兄弟全員が寛容です。
なので、本当はコリコントはカタリスにビンタをする予定だったんですが、兄弟に理解のあるお兄ちゃんがコリコントの大切にしている顔に傷をつけるか?と思ったので後頭部のデコピンにしました。