165 ガルシア家
地獄・名前の無い海岸
ライダーに指示された海岸に着いた、F,D、S,B、ピアノ、フォルテ、エクサーの5人。
来る途中まで視界ははっきりとしていたが、海岸に近づくにつれ霧が発生。視界が悪いったらありゃしない状況で本当にここであっているのかと疑問になりながらエクサーは待ちぼうけていた。
「約束って何時?」
「…そろそろ…と言うかすぎてるな。」
S,Bの問いにF,Dは右手首に付けた腕時計を覗き、時間を確認した。だが、明らかに約束の時間は過ぎている。
「ちょっと〜遅刻なんて幸先悪いわよ〜。」
S,Bもシー・ブルーの船を待つのにも飽き飽きしてきていた。
「ピアノ見て!じゃ〜ん砂の城。」
フォルテは暇を持て余すのが勿体無いと思い、エクサーと一緒に海岸の砂で城を作りピアノに自慢げに見せびらかした。
「2人共、何をしているんですか。もう少し緊張感を持ってください。」
「も〜ピアノったら。緊張してばっかじゃ体が疲れちゃうでしょ?もう少し気を緩めたら?ね〜エクサー?」
「僕は十分緊張してるけどね。」
「あらそう?あんまり気張らず行きましょう!」
フォルテはまぁまぁ能天気だった。多少緊張はしているのだろうが、しすぎるのは自分にとっても良くないことだと分かっての行動なのだろう。そう言った面では自分が客観視できている証拠だった。
「「「「「!!」」」」」
すると5人は一斉に巨大な魔力を感じ取った。
魔力だけでわかる大きさ。そしてそれがゆっくりと近づいて来ている。
なんだなんだとエクサーはテンパりながら思考回路を巡らせる。
「エクサー、落ち着いてください。シー・ブルー様が来ました。」
ピアノが優しくエクサーに話しかけた。
そして、ブオォォーー!!!と言う、耳を塞ぎたくなるような汽笛が鳴り響くと霧の中を進む超巨大戦艦が姿を現した。
(でっか〜〜)
エクサーは心の中でそう思ってしまうぐらいには大きさ。それにこの機械の感じ、男心をくすぐるロマンがあった。
船は座礁しないか心配になるほど海岸ギリギリで止まった。
先ほど感じた大きな魔力の正体はこれだった。船を防御するためか船全体に超強力な魔力による『バリア』…と言うか、ほぼ結界術に近い強固な守りが張られていた。
「あーあー、聞こえるかぁ?今階段下ろすかんなぁー。ちっと下がっとけよ?」
船からマイクを通した男の声が聞こえると5人の前に船へと続く階段がドカンと勢いよく降ってきた。
「お久しぶりです。皆様方。」
すると、その階段から深緑の軍服をビシッと身につけた1人の女悪魔が降りて来た。
悪魔は階段を降り切って5人の前に立つと、足元を見ながら数回足踏みをした。
「地を踏むのは何年振りですかね。懐かしく思います。」
悪魔は顔を上げると服を正し、頭を下げた。
「本日の遅刻の件、大変申し訳ありませんでした。海流に巻き込まれ到着が遅れてしまいました。謝罪致します。」
「大丈夫だ。海は何があるか分からん。無事に来てくれて何よりだ。顔を上げてくれ。」
悪魔は顔を上げた。
「久しぶりだな。アリスト。」
「お久しぶりです。」
深緑の軍服に茶色のブーツ。大きな目と綺麗なまつ毛に肉厚の唇を携えたこの悪魔の名はアリスト。
ライダーの兄であり、この船の船長でもあるシー・ブルーの『実の長女』であり、名をアリスト・ブルーと言った。
「エクサー、この方はライダーのお兄さんであるシー・ブルー様の長女のアリスト・ブルーさんです。」
ピアノは優しくエクサーに教えてくれた。
アリストは目線をいきなりエクサーに切り替えるとズカズカとエクサーの前に立った。
「ど、どうも…」
無言で見つめてくるその姿と初対面と言うこともあり、エクサーは少し気まずそうにして、目線を逸らしたくなった。
「初めまして。私はアリスト・ブルー。エクサーですね。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
普通に良い悪魔だった。優しいし包容力も感じられる落ち着きのある悪魔だった。
「では、みなさん、どうぞ上に上がってください。お部屋も用意してありますので後々紹介いたします。」
6人はアリストを最後尾に階段を上がって行った。
ーーーーー
アリストに言われるがまま、船の中を移動する5人。
そして5人がたどり着いたのは超豪華な応接室だった。
「椅子にかけていてください。父を呼んできます。」
アリストが父を呼びに行こうとドアノブに触れた瞬間、アリストは何かを察知し瞬時にドアから離れた。そして、ドアが勢いよく開くと、太ったおじさん悪魔が入ってきた。
だが、太っていると言ってもそもそもガタイがいいので一概に肥満という枠では捉えられないようにも見えた。
「よく来たなぁ〜、歓迎するぜ。」
悪魔はズカズカと歩みを進め、椅子が軋む程に堂々と椅子に座った。
「お前がエクサーって奴か。A2から聞いてるぜ。俺の名はシー・ブルー。この船『アポロポリス』の艦長だ。よろしく。」
シー・ブルーは葉巻を吸い始めた。
エクサーはシー・ブルーを見て思ったことがある。
節々にライダーとの共通点がある。喋り方とか態度とか。極め付けは目。ライダーもなかなか鋭い目をしていたがシー・ブルーもそれと似てる目をしていた。さすがは兄弟と思わせてくる。
「ふぅ〜。F,Dよ。」
「なんだ?」
「少しばかり大魔界に行く時間を遅らせることにした。」
「なぜだ?」
「今、大海の大穴の魔力量が完全な汚染レベルを遥かに超えた。向かうことには向かう。ただ時間をかけて自然にそれが捌けるのを待つ。いいな?」
「分かった。そうしてくれて助かる。」
「部屋の案内はアリストがする。この船にはなんでもあるから好きなようにしてくれて構わない。以上だ。用があったら誰かに聞けぇ。」
そう言うとシー・ブルーは席を立ち部屋を出て行った。すると、それと入れ替わるように1人の女悪魔が入って来た。
「姉さん。呼ばれたら来たけど何?」
「よく来てくれましたね。ハナ。まずはみなさんに挨拶を。」
女悪魔はスタスタと5人の前に立った。
「私の名前はハナドトル・ブルーだ。よろしくお願いする。」
彼女の名前はハナドトル・ブルー。シー・ブルーの『次女』。
アリストと同じ深緑の軍服。170後半の身長に黒髪をツインテールにしていて、少し悪い目つきにギザ歯で男勝りな性格をしている。
「次女のハナドトルです。ハナちゃんと呼んであげてください。」
「なっ…!そ、その呼び方はやめろー!!」
どうやらハナちゃん呼びは、本人的にはあまりお気に召していないらしい。
「2人共、大きくなったわねぇ〜。前とは大違いよ。」
S,Bはアリストの頭を撫でる。そして、次にハナの頭を撫でようとするが、背伸びをしたとて身長的に届かない。
「ちょっと…私の背じゃ届かないわね。」
S,Bが諦めようとしたとき、ハナは無言で撫でてもらえるぐらいまで屈むと、頭を差し出した。S,Bはそれを母性剥き出しの顔で投げた。
どうやら、ハナも撫でてはもらいたかったらしい。
「では部屋を案内しますね。」
ーーーーー
「エクサーはここです。自由に使ってください。」
「おおっ!」
部屋に案内されたエクサー。
内装は豪華。まさに客室に相応しい。いやちょっと豪華すぎるようにも見えるほど豪華。外見はお堅い艦隊のように見えるが中は打って変わって豪華客船のような内装。
マザーシップの時のような若干の既視感を覚えつつも、エクサーは荷物を置いた。
S,BとF,Dは同室。フォルテとピアノも同室。エクサーだけ1人と言うなんとも仲間はずれ感が出てしまう割り振りだったが、片や夫婦、肩や姉妹ということもあるので仕方ない部分もある。それにフォルテは以上に寝相が悪いので同室になるとそれを悩まされる恐れもあった。
「外って出れるんですか?」
「もちろんです。甲板から海を眺められますよ。そうなんだ…うわっ!」
いきなり船が大きな汽笛を鳴らし大きく揺れ出した。
「大丈夫ですか?船が動き出しましたので、心配でしたらどこかに掴まっていてください。」
エクサーは一応、その辺の壁に少し寄った。
「アリストさんはライダーの姪?なんですよね?よく会ったりするんですか?」
「ライダー…?あぁ!おじさんのことですね。ライダーと呼ぶと誰だか分かりませんね。」
「え?なんで?」
「ライダーと言うのはおじさんの通り名みたいなもので本名はローグ、ローグ・ガルシアと言うのです。」
「えぇ!そうなの!?そんなこと一回も言ってなかったけど!!」
「おじさんはあまり過干渉を好まないので、それを知られなければいけない状態にならないとあまり喋りません。」
「ってことはアリストさんの本名も…」
「はい。ブルーと言うのは通り名で本名はアリスト・ガルシアと言います。父はシー・ブルーではなくマーグ・ガルシアです。ハナもハナドトル・ブルーではなくハナドトル・ガルシアです。」
いやおかしいとは思っていた。
ライダーって言うのが名前だと言うのは少しばかり違和感を感じざるを得なかった。地獄はクーとかドラギナとかセルベロとかA2とか…A2はちょっと変わっているが、不思議な名前がたくさんあった。その中でのライダー。1人だけ万人が使える言葉を名前にするこの違和感。やっとエクサーの合点が行った。
「他の兄弟も共通ですよ。」
「あっ!そうか兄弟が他にもいるんですよね?」
「そうです。私は長女で双子の弟がいます。それが『長男』です。そして次男、三男と続いて、次女のハナ、最後に末女がいます。6人兄弟というわけですね。全員船の中にいますのでいずれ会えますよ。」
アリストはドアノブに手をかけた。
「言い忘れていました。船の下の機関室は気をつけてください。入ると父に怒られますので。」
「わかりました。では失礼しますね。」
アリストはそう言い残して部屋の外に言ってしまった。エクサーは荷物を並べると船の甲板に姿を移した。
甲板は塩のカラカラとした風が吹いている。
部屋の中からだとわかりずらいがかなりのスピードで船は進んでいる。多少の大きな波をも、もろともせずに進む船。大変に気持ちが良かった。それに今日の赤い月は三日月。変に欠けた形ではないため景色もバッチリだった。
潮風に髪を靡かせちょっと大人風を吹かせて景色を見ているエクサー。すると、いきなりエクサーは後頭部の髪の毛を誰かに触られた感覚を覚えた。
「え!何何!!」
超焦りながら後ろを振り向くエクサー。その後ろには金髪ロン毛の白い貴族服を着た悪魔がいた。
「ヘイヘイヘイ!君がエクサーだね?う〜ん、かわいいねぇ小さくて。まぁ僕の方が可愛くてかっこいいがね!!」
この悪魔はいきなり現れて自分を褒め始めた。
間違いない。
このそこはかとない自信『ナルシスト』という奴だった。それを裏付け、着飾るように悪魔は刃を見せてニヤッと笑うと歯がキランッと光るのだ。
そして、悪魔は一通り自分に酔いしれるとエクサーに目線を落とし、エクサーの耳たぶを触り始めた。
「いい耳たぶだぁ〜〜〜、いいね引きちぎって食べてみようかぁ〜。」
囁くような湿度の高い声。
それがこのセリフと合わさるといきなり恐怖に感じるのだ。この掴めない感じエクサーはこの場から逃げ出したくてたまらなくなった。
ーー終ーー