153 羨ましい
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「は、話をつけるだぁ?ハ…ハハハハ!!力の無い君がよくもまぁそんなに大きく出てこれるな!!」
「出てこれるさ。だって、君は僕から無理やり主導権を取れないからね。」
この発言にもう一人の自分は怒りを露わにし、凄まじい衝撃波を放つと共に自信を取り巻く影を吹き飛ばし、悪魔進行化状態の姿を現した。
「何を…言ってる…」
「僕は思ったんだ。なんで無理やり主導権を取ってこないのか。それはきっとやらないのではなく、できないんでしょ?」
もう1人の自分は、小さくクッと声を漏らすと、ギチギチと音を鳴らし歯軋りをした。
「多分、無理やり主導権を奪い取ると何か不都合なことでもあるんでしょ?よくよく考えてみれば、こんな人間の僕よりも力のある君が取ってこないのもおかしな話だしね。」
「……あぁそうだ。僕は君から体の主導権を無理やり奪えない。だから君の精神がなんらかの影響で弱る瞬間を待っていた。でも、君が強行でここに来た。」
「ねぇ、教えてよ。僕と君はなんなの?」
やはり、もう1人の自分にはどうしてもエクサーのこの自信に満ちた態度が気に食わなかったらしい。そして、いきなり勢いよく立ち上がり、エクサーの顔面を力一杯でぶん殴ろうとした。
ピタッ!
もう1人の自分はエクサーの顔面ギリギリで拳を止めた。
エクサーは悠然とした様子で驚きで目を瞑ることもなかった。まるで、拳が目の前で止まることを予測していたように。
「あれ?攻撃しなくていいの?」
もう1人の自分は不服さ全開でも拳を納めた。
「攻撃…できないんでしょ?」
「…クッ……!」
「それはきっと、僕という人格が壊れると確実に君も死ぬからでしょ?主導権を握っているのは僕。君はあくまでもそれに付随しているに過ぎない。ってことのでじゃない?」
「…そうだよ。そう…正解だよ!!前回は君が自分から折れて主導権を渡してもらえるかを試した。今回もそれで行こうと考えたがどうやら無駄みたいだ!」
「ねぇ、教えてよ。君の存在理由と過去を。」
「…わかったよ。教えなきゃ気に食わない君のままだろうから。」
もう1人の自分は床に座った。
「君の母の名はキュベレー。病弱でたびたび寝込んでは回復してを繰り返す人間だった。そんな母と真面目な父親ハンスの間に生まれたのが君。病弱な人間の割には安産だったらしい、立会いの医者も大層に驚いていたよ。出産後のキュベレーは息子である君を見て、病弱な体が治ったようにも思えるほど元気になった。だがそんな幸せも1年で崩壊。ハンスが会社詐欺に引っかかり、とても払えない借金を抱えてしまった。そんなところに追い打ちをかけるように不幸の矢が2人を射止めた。君の『死』だ。君は1歳を迎える2日前に突如死んだ。この事実は2人を大きく抉り、借金に追われ、子を失った2人は誰も頼れず、無気力にその場を凌ぐ日々を送った。特にキュベレーはこのショックで体調を崩し、君の死体を腐り始めても愛た。」
「じゃあ僕は死んだままってこと?」
「最後まで話を聞いてくれ。こんな絶望の中で浮かぶ2人でも縋るものを見つけた。それはこの世の創世の要。『神』。2人は祈った。神がこの状況を『奇跡』とも言える手法で覆してくれると時が訪れると!…だが、そんなものはいつまで経っても訪れなかった。その次は『天使』に祈った。だが…それも意味を成さなかった。神も天使も助けず『奇跡』というものに疑心が芽生えた2人は最後に真逆の者に祈りを送った。それこそが『悪魔』だった。街の外れの薄暗い場所に店を構えた老婆から悪魔召喚の方法を聞き、物を揃え、2人は人里離れたボロボロの石の塔で召喚の儀式をした。そして、悪魔の召喚に成功した。その悪魔に願いを伝えた2人。悪魔はそれを飲んだ。そして、君を復活させた。その時に魔力に触れて復活したことで、魔力に耐性のある人格、ドッペルゲンガーが生まれたわけ。」
もう1人の自分は髪の毛を指でくるくると巻いて話を進めた。
「じゃあ、僕のお母さんとお父さんは生きてるの?」
「そんなわけない。君は悪魔をたくさん見てきただろ?『はいどうぞ』って優しさを振り撒いてくれる悪魔なんていない。皆どこかで見返りを求めたりしているんだ。だから、君を生き返らせる対価で2人はその悪魔に命を持っていかれた。」
「死んじゃったんだ…」
エクサーは内心まだどこかで親という存在に会えると期待していた。エクサーはまだ子供だったからだろう。親の愛が十分かそうでないかを言えば十分でない。本能的な部分で親からの愛を求めていたのだ。だが、記憶にうっすらと残る母の顔が余計に想像力に刺激を与え、期待を打ち壊した時のダメージを大きくした。
「これで話は終わりだ。」
「…ちなみに僕を生き返らせた悪魔の名前って?」
「そこまでは知らない。でも人間が召喚する際に悪魔が選ばれる可能性はより強い悪魔は比率を大きく占める。他にも多くの悪魔をまとめて召喚して1つの強い悪魔として召喚することもある。けど今回はより強い悪魔の方かな?」
もしかしたら、その悪魔に事情を聞けば会える可能性というのもここではかなり薄い線のようだった。エクサーはこれにがっかりした。
「話はこれで本当に終わり。満足かな?」
もう1人の自分は言葉にこそしないが戦うオーラを示した。ここで肉体の主導権を奪う気らしい。
「僕たちが戦う意味は無いよ。」
「!…何?負けるとわかっていt「違う。」
エクサーは言葉に強さを乗せてもう1人の自分の言葉を遮った。
「じゃあ何?」
「僕思ったんだ。君が僕から主導権を奪って自由になりたい理由が…それってきっとその先に何かがあるんじゃないの?」
「そんなものは無い。僕が言っているんだぞ?」
「でも、君と同じ僕はそれで終わりとは思えない。本当に無いの?
「あぁ、無い…」
「本当に?」
「無いって言ってるだろ!」
するともう1人の自分はいきなり頭に血を上らせるとエクサーを殴り飛ばした。エクサーは攻撃を喰らって、床に少しバウンドをするように転がった。
「…うるさい…そんなものあるわけないだろ…そんなものあるわけないだろ!!!自由があれば十分だ!他にはいらない!!」
もう1人の自分は転がったエクサーをボールを蹴るように勢いよく何度も蹴り始めた。
「いらない!自由で十分だ!十分だ!十分だ!!」
もう1人の自分はフーッフーッっと息を荒げるとエクサーを蹴るのをやめた。
「なんで…そんなに否定するの…?」
「!」
エクサーはフラフラと立ち上がった。血も傷跡もできないが痛みはある。だから生身の人間である今のエクサーは完全な根性で立ち上がった。
「…そんなに否定すると…自分に言い聞かせているように…見えちゃうんだ…」
「うるさい…」
「ねぇ、聞かせてよ。」
「うるさい…」
「君がその先に何を求めているのかを。」
「ウルサイ!!」
「僕にはわかるよ。君がその先に何を見ているのか。」
「黙ってくれ!!!!!」
もう1人の自分の目はだんだんと涙目になっていった。まるで子供が勇気を振り絞った時に涙を浮かべるような感じだった。
「わかるよ…君が何を本当に求めているのか…だって僕は君だから…」
「!」
「僕が君の立場だったら親みたいに愛を与えてくれている誰かを羨ましい。だからきっと君もそうなんだ。君は自由の先に愛を求めている。誰かに愛されたいし、あわよくば誰かを愛し返したいとも思っている。違う?」
「感情か…そんなもので誰かを語るか!」
「語るよ。だって今の僕は悪魔じゃない。人間だ。力のない人間が自分を誰かを動かす方法なんて感情を使うしかない。それが人間の持つ力だから。」
「戯言をつらつら並べるな!」
もう1人の自分は髪を掻きむしり、目から涙を流しながら暴れた。
「これ以上自分に嘘をついちゃダメだ。」
「うるさい!羨ましいはずがない!僕は悪魔だ!!人間由来の感情に流されるわけが!!」
すると、エクサーは暴れるもう1人の自分を優しく抱きしめた。
「しーっ…大丈夫。落ち着いて。」
もう1人の自分はエクサーに抱きしめられると、暴れることをやめ、静かに涙を流し始めた。
「自分に嘘ついちゃダメだ。正直になって。誰かに愛されるのもいいけど…結局、逆境の時にずっとそばにいてくれるのは自分だけだ。だから自分を一番愛して、自分を一番労わらなきゃ。」
「でも…僕は…自分を心から愛せる気がしない…」
エクサーは泣いた子供のように震えながらもう1人の自分の背中をトントンと叩いた。
「大丈夫。偶然にも君の目の前には鏡写しの君がいるわけだし。君は僕が愛する。自分で自分を愛するのとなんら変わらないことだ。」
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白く何もない空間で2人は隣り合って座り、どこかを見つめていた。
「自分を愛する…なんてできるかな?」
「できるよ。だって僕がいるんだから。僕も君も変わらない。僕が君を愛せば何も問題ないじゃないか。」
「…そうだね。できるようになるまでは君の方を借りよう。」
エクサーは立ち上がった。すると、もう1人の自分も立ち上がり、向かい合った。
「僕はきっと自分を愛するのが怖かったんだ。自分にその資格がないんじゃないかって、だから正直になれなかった。」
「でもそれに気づけたなら問題ないよ。」
「そうだね。君を別物だと思って接するのはやめよう。僕は君、君は僕。やっとわかった気がするよ。」
「うん。」
2人は手を強く握り合った。
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地獄。バステカン城
黒紫の稲妻をバリバリと鳴らし、体に纏い俯くエクサー。そのエクサーには到底意識が宿っているようには見えなかった。
フルシアンテはそれをただ見守った。
「うあああぁぁぁぁ!!!!」
エクサーはいきなり咆哮をした。それと同時に黒紫の稲妻が周囲に放出された。
「ッハハ!」
フルシアンテはそのエクサーの様子を笑った。その目線の先には手を開閉し、自分を確かめるエクサーの姿があった。今のエクサーにはしっかりと意識があった。
「制御できるようになったか。」
「うん。」
「上出来だ。」
するとフルシアンテから闘争の気配が消えた。
「あれ?なんで?」
「お守りは終わりだ。実を言うとあのA2にお前の暴走癖が治ってなかったら治しとけ言われてんだ。」
「あっ、そうだったの!」
「でも、結局そんなものは当人の問題だから、俺がどうこうしようにも無いって言ったんだがなぁ。ったくあの野郎。」
「アハハハ…」
エクサーも『悪魔進行化』を解いた。
「土地も耕せたし…ちょっと野菜を育てるには深く耕しすぎてるが…まぁよしとしよう。」
「もう戦わなくていいの?」
「なんだ?やりたいか?それなら殺す気で行くが?」
「ゴメンナサイ。」
「はんっ、命賭けられるようになったら来い、いつでも相手してやる。」
そう言うと2人は城に帰って行った。
ーー終ーー