148 あの時の記憶
地獄・クリスト城(23階)
「お待たせA2。」
「さてさて、では始めるとしよう。こっちにおいで。」
23階。エクサーはまだ来たことのない部屋。
中は至って特になんの変哲もない物置といった印象で、窓から入った月明かりによって、ホコリがふわふわとうっすら浮いているのはわかる。本当にそのぐらいの部屋だった。
部屋の中央には1つ椅子がポツンと置かれ、その横にはA2が手招きしてエクサーを呼んでいた。
「ここに座ってくれ。」
「わかった。」
A2に言われるまま、部屋の中央に置かれた椅子に腰をかけたエクサー。攻撃をされるとは思ってもいないが、なんの説明も無しに、ただ座ってろというのは緊張するものがあった。エクサーは自分の無意識に指で巻いて待っていた。
「ではでは、今からは君に何があったかの記憶旅行をしていきたいと思う。」
「記憶旅行?」
「私が魔力でちょちょとやってあの時のエクサーの記憶を見つけて、その状態を無理やり今のエクサーとリンクさせる。そうすると、自然とあの時のエクサーの状態になるはず。」
「う〜ん。わか…った。なんかちょっと怖いけど。」
聞いた感じ、エクサーは薄らとした怖さを感じた。
「ただ1つ問題がある。その際にジワ〜っと頭が熱くなるかもしれない。それが時間がかかればかかるだけ熱くなっていく。だから耐えられなくなったら言って欲しい。前回まで我慢すると、脳みそが熱で液体になってしまうかもしれない。」
「えっ……」
怖さの正体はこれだった。こんなこと言われたら怖くなるのは必然だ。エクサーは露骨にテンションを下げて、俯くと右手の親指の爪とと人差し指の爪をピンピンと弾いた。
「ただし、いきなり辞められるものでもないんだ。記憶の進んだ位置から戻ってくるのにも時間がかかる。魔力を多く使って進んで行ったとしても最短で3分。私に見立てだと、エクサーが耐えられる時間は4~5分。それまでに記憶を遡ってリンクさせられるかと言った具合だ。」
「……」
「大丈夫かい?」
「…うん!」
エクサーは覚悟の決まったキリッとした目で顔を上げた。
実際、あの時のセルベロと戦った時の気分の高揚は、エクサーに快楽に近しいものを与えていた。自分を縛るストレスが一切なくなって、本当に自然体になった開放感がそうしたのだろう。
だから、それをもう一度味わいたいというあまり望ましくない感情と、あれがなんだったのか知りたいという純粋な感情が覚悟を決めさせたのだった。
「では、椅子の肘掛けの部分で握り拳を作って、緩く握ってくれ。もし、耐えられそうにない時は握る強さを上げていくんだ。歯を食いしばるのはオススメできない。多分、ボロボロになってしまうからね。そうしたら目を瞑ってくれ。そうしたら、私がエクサーの目からおでこにかけて手を当てさせてもらうよ。」
「うん。」
エクサーが目を瞑って、握り拳を肘掛けの上で作った。それを確認したA2はエクサーのおでこと目の部分に手を置いた。A2の手はひんやりしていた。冷やされているみたいで心地よかった。
「では始めるよ。」
そして、A2はエクサーの頭に向かって魔力を流し始めた。A2が言ったようにエクサーのおでこのあたりが本当に熱を持ち始めたのだ。だが、まだ全然耐えられるぐらいの許容範囲内だった。
A2の頭の中は水の中を泳いでいくイメージが思い浮かんでいた。潜っていくほどにエクサーの古い記憶を辿っていくような。途中の水中に現れる泡はよく見ると、エクサーの印象に残っている記憶が映し出されていた。
奥に進めば進むほど泡は消えていく。きっと時間を戻れば戻った分だけ記憶が薄れていっているからだろう。
(おや?)
A2はそのなかでお目当ての記憶を見つけたようだった。A2は泡に入っていくようなイメージで記憶を覗いた。
正解も正解。その泡にはセルベロとエクサーの戦いの終盤だった。
A2はその記憶を傷つけないように慎重に記憶とエクサーを繋げ始めた。が、A2に嫌な予感が走る。
「あ…熱い…あ”つ”い”!あ”つ”い”!!う”あ”ぁぁぁぁぁぁ!!!!あ”つ”い”!!!!!あ”あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
エクサーの聞くに耐えない悲鳴。A2の見立てよりもエクサーの限界は思ったよりも近い場所にあったのだろう。エクサーは頭を大きく振った。A2はこのままではまずいと思ったが、ここでリンクを中断すると逆に記憶に傷がつく可能性があった。だから、手を止められなかった。エクサーのおでこから手を離さないようにA2は精一杯のリンクを続けた。
エクサーのおでこは超高温に温まった鉄板のように熱くなり、A2の手も火傷を負い始めていた。エクサーはさらに「やめて!」という言葉を叫びながら悲鳴を上げた。
(できた!)
A2は何とか、エクサーと記憶を繋ぐことに成功した。あとは今の記憶に戻るだけだった。しかし、これが難しかった。戻って行こうとすればするほどにエクサーの記憶の泡は数を増す。その1つも傷つけてはいけない。これがA2がエクサーの記憶から抜け出すのを大きく妨げた。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
エクサーは涙を流しながら悲鳴を上げた。もうその悲鳴に言語は存在せず、断末魔のような言葉にならない叫びが近かった。脳みそに直に包丁を突き刺されたような感覚。それが死ねない体に永久に続く絶望感。途方もない針の道をエクサーは無理やり歩かされているようなものなのだ。それが齢13にも満たない少年が絶えている1秒は奇跡と言っても差し支えはなかった。
(くっ……!!!)
A2は珍しく冷や汗を一滴流した。絶対にエクサーを壊させないという責任感で精一杯、記憶から出て行こうとした。そして、ついにその先には光が見えた。
「あ”あ”あ”あ”あぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
エクサーはもう我慢の限界だった。1秒でもこの時間を続けたくなかったエクサーは暴れるようにして、椅子を後ろに飛ばし、A2の手からおでこを離した。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
エクサーが過呼吸になりながら見た視界は涙でいっぱいだった。エクサーは痛みが完全になくなったわけではない。まだズキズキと痛む。だが、あれに比べたらマシだった。
エクサーは服の袖で自分の目に溜まった涙を拭き、前を見ると、下をうなだれるように見るA2の姿があった。その様子からは、全く、力を感じることができず、もしかしたらをエクサーは考えてしまった。
エクサーがA2に話変えようとしたその時、A2は冷や汗を流した顔をエクサーの方に向けて笑った。
「成功だよ。エクサー。」
A2は部屋の中でホコリを被った布をかけられた衣裳鏡をこちらに引き寄せると、その鏡にエクサーを写した。
驚いた。確かにセルベロと戦った時のエクサーだった。
発達した爪と牙。右の額から生えた禍々しく捻じ曲がった角。エクサーっぽさは残るものの、別人と言われればそうとも捉えられる状態だった。
「こ…こうなってたんだ。」
「どうやらそのようだね。はぁ〜〜、疲れたよ流石に。あの緊迫感はもう懲り懲りだね。」
A2は胸ポケットからハンカチを出すと冷や汗を拭った。
「いいねぇ。悪魔らしくなったじゃないか。本来の悪魔に近くなっているよ。」
「そう?えへへ…へ……へ………うっ……!」
「!」
A2は今、エクサーが発した微細な変化に気づいた。どうやら、それは良いものと相対するもののようだった。
エクサーには体の中が何かに侵食されていくような感覚が駆け巡っていた。この感覚には身に覚えがあった。自分の意識が奥に押し込まれ、仮初の誰かが体を動かすようなこの感じ。まさに『魔強化暴走』の時の感覚と瓜二つ。ただ違いを挙げるとすれば、それよりもじわじわと侵食されていく感覚だということぐらい。
だが、これをエクサーが止める術を持ち合わせていない。つまりこの違いなどあってないようなもの。
A2はハンカチを胸ポケットにしまうと、手を後ろで組み、姿勢を正した。
「A2…たすけ…て…A……2……た…す…」
エクサーは微弱に残る体の主導権を使って、なんとかA2に助けを求めようとしたが、A2はそれを黙って見ていた。
もうエクサーの本来の意識は風前の灯だった。
「エクサー、覚えておいてくれ。これの解決策は君はすでに知っている。あとは君自身だ。」
エクサーはこの言葉を最後に、主導権が別の『何か誰か』に完全に移行した。
「やれやれ、暴走癖でもついてしまったかな?早めに直しておかなくては、今後私が困るんでね。」
A2は後ろで組んだ手を解除すると、手を大きく広げた。
「君がそれを掴めるまで、お相手しよう。」
エクサーに魔強化暴走時のような荒々しさは無い。今回は限りなく無心。まるで生まれたての赤子が自分という存在を断片的にも認識できていないような感じだった。
ーー終ーー
なんかごめんなさいね。回想ばっかやっている気がします。本当は現代軸の話を進めたいんですが、どうしても構成が下手くそだとこうなっちゃいますね。
というかこの章、こんなことやっているのでクッソ長くなっちゃうかもしれません。