147 E,M
地獄・クリスト城
いきなり、クリスト城のエクサー達のいる場所に大窓を突き破って来た悪魔。まったく状況が飲み込めないエクサーはただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
その悪魔はガラスを突き破ったせいで頭と体の各所にガラス片が突き刺さっていて、出血もひどい。だが、それをまったく気にする素振りを見せず、悪魔は傷を癒やし、その回復の影響でガラス片は傷口から追い出される様に体から抜け落ちた。
「ちょっと!E,M!そんな登場の仕方ないでしょ?」
その悪魔に対しS,Bが、いけないことをした母親のように叱る。
「痛ったたたた。いやぁ、ごめんなさいッス。こんな筈じゃなかったッス。」
悪魔は立ち上がって少し軽めに頭を下げ、皆に謝罪をした。
I,Bよりも少し高い身長。足が長く、少し光沢のある渋い赤色の革ジャケットとズボンを身につけている。
灰色の短髪に軽いパーマが当ててあり、それを七三分けにしている。左の耳には鋭利なピアスが軟骨を含めて6つほど開いており、左目に涙ボクロ。まるで蛇のように長い舌。
この情報だけを見てみるとちょっと近寄りがたい怖い悪魔といった印象だったが、喋ったところを見るとその印象はどこへやらといった感じだった。それはやはり『ッス』と言う語尾をつけて喋っているからなのだろう。
悪魔は謝罪の頭を戻すと、エクサーの方を見るや否やこちらにズカズカと向かってきた。エクサーは思わず少しだけ後退りをしてしまった。
「よろしくッス!俺の名はE,Mッス!噂はみんなから聞いているッスよ!よろしくッス!!」
そう言って悪魔はエクサーの手を無理やり握ると上下に勢いよく振って握手をしてきた。
「エクサー、別に知らない悪魔ってわけじゃないのよ。彼はE,M。『level 666』で唯一の依頼無しの私たちの判断で仕事をする悪魔よ。まぁ、言って仕舞えば、行き過ぎた事件の始末ってところね。」
S,Bは果物の皮を剥きながらエクサーに教えてくれた。
「よ、よろしく。」
「よろしくッス!」
E,Mはエクサーの言葉に嬉しがって、もう一度激しく握手をした。
「おいE,M。お前も食うか?」
「食べるっす!お腹ぺこぺこにして来たッス。」
E,Mは、たまたまエクサーの隣に空席があったと言うことで、一緒に隣の席に座って食事を始めた。
ーーーーー
ピアノとフォルテがペタペタと直したおかげで、大窓はすぐに元通り。E,Mはこれに感謝し数十回の感謝を述べていた。エクサーはこれを見て、なんとなく義理堅いような悪魔なのだと思った。
「E,M、ガージーファミリーはどうだった?」
F,Dがワインを一口堪能するとE,Mに聞いた。
「はいッス!やっぱり、最近の拉致被害の増加傾向はガージーファミリーによるものでしたッス。でも結構骨が折れたッス。拉致のタイミングは完全にランダム。しかもしっかり考え抜かれたランダムだったから尻尾を掴むのも一苦労って感じだったッス。まぁ、俺の魔術にかかれば尻尾を掴めればチョチョイのチョイだったッス!!」
なんのこっちゃ分からないエクサーは隣のピアノに身を傾けて聞いた。
「ねぇピアノ。ガージーファミリーって何?」
「ガージーファミリーというのはですね。地獄の北東部で最近著しく勢力を強めた組織です。それで、その勢力の強まりが異常な成長曲線だったので、A2様、F,D様の指示の元調査をE,M様にお願いしていたのです。結果、北東部での拉致被害が多発しているということで、それで勢力を伸ばしたという仮説を立てて、念入りに調査した結果、読みが当たってE,M様が壊滅させたというわけです。」
「へぇ〜。」
ここでエクサーは思い出した一体、あの骨の鳥はなんだったのか。その疑問を解消すべく、隣の悪魔に聞いてみることにした。
「ねぇE,M。」
「もぐもぐ……なんスか?」
口いっぱいにパンを頬張ったE,Mはもぐもぐしながらエクサーの方を振り向いた。
「さっきの骨の鳥ってなんなの?E,Mあれに乗って来たんでしょ?」
「正解ッス!あれは俺の魔術で作った骨の鳥ッス!!」
「魔術?」
「そうッス!俺の魔術『骨操』は死体や構築魔法で生み出した骨を自由に操作できる魔術ッス。だからガージーファミリーの死体から取った骨と構築魔法を使ってさっきの骨鳥を作ったッス!まぁ、骨の耐久が持たずに早めに自壊しちゃったんで、ちょっと強めに飛んだら、ここに突っ込んじゃったッスけど。」
E,Mはテヘヘといった顔で頭をかいた。
「あっそうッス!牛乳持って来てもらってもいいッスか?」
E,Mは召使いの悪魔にそう頼むと、牛乳瓶のタワーが運ばれてきた。
「こんな飲むの?」
「もちろんッス。魔術を使うと関係ないのに何故か無性に牛乳が飲みたくなるんス。カルシウム不足ってやつッスかね?でも骨を操るのには魔力しか使っていないんで、絶対関係ないと思うんですけど…昔からそうッス!!」
E,Mはガブガブと牛乳を飲み始めた。流石にこの量は無理だと思っていたエクサーだったが、一度も手を止めずにE,Mは牛乳を飲んで、ついには飲み切ってしまった。
エクサーは流石にこの量を飲んでいるのを見ると若干引いた。
「プハーー!美味い!!!」
「相変わらず、いい飲みっぷりねぇ。」
S,Bが関心をしているとI,Bが席を立ち、手に持ったナプキンでE,Mの口元についた牛乳の白髭を拭き取った。
「いやぁ…ありがとうッス!ベーちゃん!!」
「…別に…」
I,Bは完全には表に出さないが、感謝に少し小っ恥ずかしそうな顔でしゃべった。
「ベーちゃんって何?ピアノ。」
「E,M様がI,B様のことを呼ぶ時にはいつもベーちゃんと呼んでいらっしゃいます。あの2人は幼馴染ですので自然なことです。」
I,Bが自分の席に帰ろうとしたが、少し立ち止まってから、何やら勇気を振り絞った様子でE,Mの方をもう一度振り返った。
「あっ…後で散歩……ついてきて…」
「行くッス!!」
なんとうかこの2人はすごく初心な感じがした。思春期真っ盛りの関係を見ているような。純粋で遠慮がちで誘いに謎の労力を要する感じだった。
そんな2人をS,Bはにこやかに微笑ましく見ていた。
ーーーーー
食事を終わらせ、E,MとI,Bは約束通り、散歩に行ってしまった。
エクサーは食べ終わった食器の後片付けを止めた。その様子に隣で片付けをしていたS,Bが「どうしたの?」と心配そうに聞いてきた。
「なんか…あの2人…両想いだよね。」
確信があったわけではなかった。ただ、あの2人の初々しさや謙虚さの織り成す行動を見ているとそうなのではないかと思ってしまった。
「…アハハッ!なぁにそんなこと悩んでたの?見れば分かるでしょ?それ以外の何者でもないわ。」
S,Bは一瞬あっけに取られると笑って返してきた。
「でもねぇ、あの2人、なかなか付き合わないのよ。焦ったいわぁ。」
「付き合ってはないんだ。」
「そうなのよ。私が色々聞いてみたら両方とも、『勿体無い。』とかよくわかんないこと言っているのよぉ。まったく、好きならさっさと付き合えばいいのよ。恥ずかしいからとかそういうよくわかんないことで何もしないのは、恋に失礼よ。まったく…付き合ったら2人でリスクを分けるんだから、その入り口の告白だってリスクは負わなきゃよねぇ。自分が傷つきたくないとか言ってらんないわ。」
「僕にはまだわかんないや。」
「大丈夫よ。エクサーにもすぐ春が来るわよ。私は待てなくて自分で迎えに行ったけど。」
「あの2人、幼馴染なんでしょ?」
「そうよぉ。元々ライダーが拾ってきた子で、十分に育ったところをA2がスカウトしたの。でも、これがまた2人とも自由すぎて大変のなんの。E,MもI,Bに負けず劣らずの放浪癖があるから探してもどこにいるか分からないのよ。まぁ今は大人しくなったからいいけど。」
どうやらあの2人は昔、ライダーと共に生活をしていた。それを聞けば、I,Bとライダーが喋る時に気を置いて、砕けたように話しているのにも納得がいった。
「エクサー、おいで。」
すると、ベルベット色の椅子に腰をかけたA2がエクサーを呼んだ。
「今行く!」
エクサーはA2の元に駆け寄った。
「何?」
「ライダーから聞いているけどもう一度依頼の報告を君の口から聞きたい。I,Bはあまり期待できないからね。」
「わかった。まず…」
エクサーはA2に事の経緯を覚えている範囲で全て伝え、何が起こったかを詳しく伝えた。
「なるほど…ありがとう。」
「これでいい?」
「1つ気になることがある。」
「?」
「ライダーが力を使い果たした君を見た時、少し変わった魔力性質と、体の変化があったようだけど…覚えているかい?」
「全然。」
「そうか…」
「でも、なんかセルベロと戦っている最中に何かを超えた感覚があったんだ。マンホールの蓋を水が一気に押し上げるようなそんな感じ。」
「ふ〜ん。では後で23階に来てくれ。何故を解いてみよう。」
「わかった。」
エクサーの知らないセルベロを倒したあの感覚が何かをA2と解明することが決まった。
ーー終ーー