146 安心
セルベロ達との戦いが終わって数日後のこと…
ライダーの馬車の荷台に乗ってI,Bとエクサーはクリスト城に帰る道、荒野を怒涛の速度で走っていた。
「I,Bはクリスト城に行くのはいつぶり?」
「…覚えてない。十数年か…そのくらい。ライダー覚えてる?」
相変わらずの体の大事な部分にだけ包帯を心ばかりに巻いた姿のI,B。ハッキリ言ってほとんど全裸である。だが、本人にそれを言うと包帯を巻いているから裸ではないらしいのでそれ以上、踏み込む事はできない。
ただ、エクサーが人間界にいた頃の感覚で評価を下せば、まごう事なき変態である。
「覚えてるわけあるか。俺もお前達に比べちゃ、ジジイなんだぞ?」
馬車を引く2頭の馬の手綱をしっかりと握り、タバコを吸いながら、カウボーイハットとポンチョと西部劇スタイルの服を着たライダーも少し口が悪いが、平常運転だった。
「ありがとうライダー、送ってもらっちゃって。」
「別にいい。どうせ、I,Bをお前と2人で向かわせても知らぬ間にどっか行くだけだからな。」
「そんな事ない…」
「大アリだ。前回も俺が送ってやった時、気づいたら荷台にいなかったしな。」
「アハハハハ…」
この感じからして、I,BはいつまでもI,Bのままなのだろう。
「まぁちょうどいいと言えばちょうどいい。そっちの方面に銃の修理依頼を受けてたんでな。」
ガタガタと揺れる馬車。少々腰とお尻が振動で辛くなってくる頃合い。まだまだ時間もかかりそうなので、エクサーは休憩をライダーに頼もうとしたその時。こちらに近づいてくる気配をエクサーは感じ取った。
「ねぇ、ライダー。誰かこっちに来てない?」
エクサーは馬車から顔をニョキっと伸ばしてライダーに話しかけた。
「右を見てみろ。」
エクサーが言われたように右を見ると、何やら遠くで砂ボコリが舞い上がっていた。
何かの生物が地面を掘っているのか?と思ったエクサーだったが、どうやら違うらしい。
砂ボコリはどんどんと砂を巻き上げこちらに向かってきている様子だった。
エクサーは目を細めてよーく見てみると、馬に乗った悪魔達が続々とこちら目掛けて突っ込んできていた。
「ねぇ、ライダー。こっちきてるけど。」
「はぁ、めんどくせぇな。」
すると、こちらに向かってくる悪魔達は一斉に空に向かって銃を打ち、こちらに対する警告なのか威嚇なのかわからない行動をとってきた。
ライダーは馬を上手くコントロールしてスピードを緩めた。
そして、着ていたポンチョをI,Bの近くの床にに投げた。
「着とけ。」
「…わかった。」
I,Bはポンチョを着ると体育座りをした。
やはり、この馬に乗った悪魔達の目的はエクサー達の乗った馬車だったようで、馬車が完全に停止すると、その周囲をぐるっと囲んだ。
周囲を囲む人数は20とちょっと。顔は全員もれなく口元にバンダナをつけていて、目元しか見えなかった。それでも、全員人相が悪いことはなんとなくわかった。
すると、周囲よりも一回り大きな馬に乗り、口元に黒いバンダナをつけたリーダーと思しき悪魔がライダーに銃を向けた。
「ジジイ。中の物全部よこしな。」
「悪いな。金目の物は無い。荷台に乗ってるのは2人、それだけだ。確認でも好きにしろ。」
リーダー悪魔は嘘でないかを確認するために隣にいる部下に顔で指示を出し、荷台を確認させた。
だが、部下達の目にも特に金目の物があるようには見えず、女と子供の悪魔がいるだけだった。
「女と子供だけです。」
部下はリーダーにそう告げた。
「女ぁ?連れてこい。」
命令を受けた部下は、I,Bの腕を強引に引っ張り、荷台から引っ張り出した。特にI,Bもこれに抵抗する事はないため、簡単な事だった。
I,Bが出てきて、周囲を囲む悪魔達は全員漏れなく、I,Bの抜群のスタイルと身長に目を奪われた様子だった。
部下はそのまま、強引にI,Bをリーダー悪魔の前に連れて行った。
「女、名前は?」
「…それ必要?別にいらない気がするけど…」
「ジュル…いいねぇ。ここまで肝の座った女は初めてだ。」
リーダー悪魔がたまらずI,Bのその抜群のスタイルに触れようとしたその時だった。
「もういいだろ?俺が言ったのは確認してみろってだけだ。」
「女の確認もしないとなぁ。」
「チンピラども…」
「あ?」
ライダーのこの発言はリーダー悪魔の怒髪頂点までの直行ルートを開いてしまったらしい。
「ジジイに用はねぇんだよ!!」
リーダー悪魔がライダーに銃を向けると部下達もそれに倣う様に銃を構え、一斉に発砲を始めた。
そして、全員は装弾が空になるまで打ち切ると銃を収めた。
「大人しくしとけばいいものを。まぁ残りの人生もどうせ短かったんだろうな。」
流石のこの弾幕。耐えられる事はないと思っていたリーダー悪魔だったが、すぐ隣にいた部下が脳天は何かに撃ち抜かれた。もちろんこれで部下は即死、死んで馬から力無く落馬した部下を見て、弾の飛んできた方を見てみると、そこには銃で撃たれた傷を平然と治し終わったライダーの姿があった。
「ジジイ。何しやがった。」
「弾丸を持ち主の元に返しただけだ。」
「何を言って…」
リーダー悪魔がライダーの方をよくみると、ライダーの周りに何かが飛び回っている様に見えた。
飛び回っていると言っても虫とかとは違い、滑らかに旋回していると言うわけではなく、鋭利に曲がって何かが飛び回っていた。
「!」
リーダー悪魔はすぐにその正体に気づいた。
それは銃弾だった。ライダーの周りには大量の銃弾が飛んでいたのだ。
これは本当に飛び回っているわけではない。ライダーの魔術『反射』によって擬似的に弾丸が飛び回っている様に見えただけだった。
銃弾は反射を繰り返すことで威力を溜め込んだ結果、今や急所にあたれば一発アウトな程にまで成り上がっていた。
「しっかりと土産として持って帰れ。あぁ冥土のだぞ?」
ライダーはいきなり、反射をやめ、一発一発を周囲を囲む悪魔達の脳天にお届けした。もちろん送料無料で。
次々と倒れていく部下達。リーダー悪魔はその状況に困惑しているうちに残りは自分1人になっていることに気づいた。
「心配しなくてもお前も仲間と一緒だ。責任は他より重いけどな。」
そして、部下達の脳天を貫通した弾丸をライダーはさらに細かく反射させ、一気に全ての弾丸を同じ軌道に乗せ、後ろからリーダー悪魔の心臓を貫いた。
地面に血を撒き散らし倒れたリーダー悪魔。周囲には一気に死臭と血の匂いが充満した。
「…くさっ。」
I,Bはこの匂いに大層気持ち悪がっていた。
「I,B早く乗れ。こんなとこで道草食っている場合じゃない。」
I,Bは荷台に乗り込んだ。荷台ではエクサーが何故か死にかけの魚のように倒れていた。
「エクサー何してるの?」
「いや、普通にいきなり弾が飛んできたから隠れてた。」
「そう…」
「さ、流石にいきなりはびっくりする。」
荷台に乗ったI,Bは先と同様にポンチョに包まって体育座りをした。そうして、馬車は再度進み始めた。
ーーーーー
あれから1時間程度馬車に揺られただろうか…
馬車の車輪から腰に伝わる地面の感触が、ガタガタしたものから滑らかなものに変わった。
多分、舗装されていない荒野からある程度舗装された場所に入ったのだろう。すなわち、街に入ったと言うことだった。
「ねぇライダー。あとどのぐらい?」
「30(分)も見とけば十分だ。」
「わかった。」
どうやら、もう少しでクリスト城に着くらしい。
久しぶりにA2達に会えると言うことでエクサーもそこそこワクワクしていた。
そして約20分後…
地獄・クリスト城
「ありがとうライダー。」
ライダーは2人をクリスト城の門の前に下ろした。
「ライダー…これ…ありがとう。」
I,Bは綺麗に畳まれたポンチョをライダーに返した。
「じゃあな。」
ライダーはクールに去って行った。そして、2人が城の中に入ろうとした時。
「あら〜!エクサーおっかえりーー!!!」
聞き馴染んだ声が、城の扉の方から聞こえた。エクサーがそちらを振り返った瞬間、S,Bがエクサーに突進して抱きついてきた。
「おわっ!」
エクサーは勢いのまま、地面にS,Bと共に倒れ込んだ。
「心配したのよぉ〜。まったくもう。」
「ごめん。」
「S,B様当たり方が強すぎます。」
2人が起き上がると、城の扉の方からフォルテとピアノが続いて出てきた。
「エクサー、おかえりー!」
「ただいま。」
フォルテがエクサーをすごい強さで抱きしめた。
エクサーの顔面はフォルテの大きな乳に挟まれる形となったが、ムフフな気分がエクサーを迎えに来る事はなく、それどころか正反対の『死』呼吸困難がエクサーを迎えに来た。
エクサーはフォルテをバシバシと叩いて、死にそうなことをアピールするが、喜んでいると勘違いされてフォルテが抱きしめが強くなった。
「I,B〜久しぶりねぇ。元気にしてた?相変わらず美人ねぇ。」
「…そんな事ない。」
S,BはI,Bと話を始めた。
2人が並ぶとI,Bはより大きく見え、S,Bはより小さく見える。それもそうだ。S,Bの身長は他の女悪魔に比べ、かなり低い部類に入るし、I,Bの身長はかなり大きい部類に入る。そう見えて当然なのだ。
「お久しぶりです。I,B様。」
「…ピアノ…久しぶり。」
それなりに背の高いピアノと並んでも大きいのだ。そりゃあI,Bは大きいわけだ。
「まったく、相変わらずレディがそんな薄着じゃダメでしょ?」
「…好きでやってるからいいの…」
「そう?あなたがいいならいいんだけど。ちょっとー!フォルテ、中入るわよー!エクサーを離してあげて!」
「は〜い。」
フォルテがエクサーを解放すると、ヘニャヘニャになった死にかけのエクサーは湯葉の様に地面に落ちた。
「エクサーーーーー!!!!!」
ーーーーー
地獄・クリスト城
「おやおや、おかえり無事に帰って来れ…てない!」
クリスト城の最上階ではF,DとA2がエクサー達の帰りを待っていたが、何故かピアノに抱えられたヘニャヘニャのエクサーを見てA2は驚いた。
「何があったんだい?」
「フォルテが強く抱きしめすぎたの。」
「フォルテ、やりすぎは良くないよ。」
「そんなつもりじゃなかったのぉ〜。」
A2はエクサーのほっぺたを少し強めにペシッと叩いた。そして、エクサーの我は完全に帰ってきた。
「おぉ!あっA2。」
「おかえりエクサー。」
我に帰ったエクサーはA2の顔を見ると安心した。
「さぁ、ご飯にしよう。」
とりあえず、ご飯を食べることになり、全員が料理の置かれたテーブルに向かった。
「I,B。久しぶりだね。ほんとに来てくれるとは思ってもなかったよ。」
「…ライダーが無理やり連れてきたから。」
「まぁそれでも来てくれて嬉しいよ。」
I,BはA2相手でも変わらずの塩対応で椅子に向かった。
「ふん…」
久しぶりと言うことでもう少し丁寧に接してもらえると思っていたが、I,Bの相変わらずの塩対応に、相変わらずと言う意味を込めた息をA2はこぼし、皆のいるテーブルに向かった。
ーーーーー
やはり、クリスト城で食べる料理は馴染みがあって安心する。
それは衣食住の大半をここで過ごしたと言う環境的な意味合いも含まれているのだろう。安心の合わさった食事は大層美味しく感じた。
談笑を織り交ぜながらの食事。やはり団欒というのは自分の気づいていない疲れすらも癒してくれるのだ。凝り固まった神経が無意識にほぐれていく。このせいでなんなら食事中のエクサーはリラックスモードに入って眠くなってきていた。
(!)
そんな眠気を一瞬で吹き飛ばす予感がエクサーの神経を撫でた。
「どうしたんだいエクサー?」
「いや…なんか…」
いや、間違いではない。何かとんでもなく大きな魔力がこちらに向かって来ている。
「A2なんか向かって来てない?」
「あぁ、窓から見てみるといい。」
A2にの言われたようにエクサーは大窓から気配の方を見た。
「ん?」
こちらに何かが向かって来ている。それもとてつもなく大きな。
エクサーがじっと見つめるとその正体に気づき、驚いた。
向かって来ていたのは全身が骨でできた超巨大な鳥だった。羽毛は無い、肉はない。完全な骨の鳥。そんな生物を見たことのないエクサーは流石に驚くことしかできなかった。
「A2!ほ、骨の鳥がこっちに来てるんだけど!!」
この言葉を聞いたI,Bはすぐさま席を立ち上がると、エクサーと一緒に大窓から巨大な骨の鳥を見た。
一体あれはなんなんだと考えているエクサー。骨の鳥を無言で見つめるI,B。
と次の瞬間、いきなり骨の鳥が自壊を始めたのだ。ボロボロと崩れ始め、骨は地面に消える前に粉々になって消えていった。
これがまたもやエクサーの頭を悩ませた。一体何が起こっているのかがまるでわからなかったのだ。
「2人とも、少し離れていた方がいいよ。怪我をするかも。」
なんのこっちゃわからないエクサーとI,Bはとりあえず大窓から離れた。次の瞬間、誰かが勢いよくその大窓を突き破ってエクサー達のいる場所に転がり込んできたのだ。
スピードと方向からしてあの巨大な骨の鳥が飛んできた方角と同じ。つまりはあれに乗って来ていた可能性が高いのだ。
割れたガラスの破片は一つも漏らさず、A2が魔法を使って止めたので料理にかかる事はなかった。
エクサーの頭はこんがらがってショート寸前だった。
「いったたたたた。」
入ってきた悪魔は頭から血を吹き出していたが、傷は癒え始めて来ていた。
「ちょっとE,M!!こんな登場の仕方ったらないでしょ!!!」
エクサーは聞いた事のない名前にこんがらがった頭に疑問を浮かべた。
ただ、わかることがある。アルファベット2文字で構成された名で呼ばれているということはこの悪魔は『level 666』の一員だということ。つまりはこの突っ込んできた悪魔は、仲間だという事だった。
ーー終ーー