140 降臨
天界・ミカエル宮
輝かしく光を放つ天。雲の間を掻き分け3つの光の柱が天より降り注ぐと、その中からゆっくりと翼を羽ばたかせた3つの天使がそれぞれの光の柱の中を降りてきた。周囲がその3人に祝福を手向けるように光を放つ。
天使たちは空中で動きを止めた。
「遅くなってしまい申し訳ございません。今、天使長・ミカエル、ウリエル、ラファエル、ここに到着です。」
天界全域に響く安らかなる声。この声1つで恐怖と心配に飲み込まれた天使たちは安心を手に入れた。
「来てくださった。」
「あぁ、やっとだ。」
「よかった…」
カイエル、エクリエル、フレリエルの3人も例に漏れず、自然と筋肉の強張りが解けた様子だった。
「酷い有り様…ミカエルどうしますか?」
「決まっているでしょう。悪魔を送り返します。」
ミカエルとラファエルは上空からのミカエル宮周辺の惨状を確認し、憂いた。
「ウリエル、あの悪魔を任せますよ。」
「あぁ!わかってる!」
ウリエルの目には魔強化状態のナールガしか目に入っておらず、早く手合わせしたくてうずうずしていた。
「いいですか?殺生ではありません。あくまでも無力化です。」
「わかっている!」
ウリエルはついに抑えられないうずうずを解放して、豪速でナールガの元に飛んでいった。
そのスピードは魔強化中のナールガでも目の前に来てようやく初めて捕捉できる速度で、対応するには至らないほど速かった。
ウリエルが、そのままの速度で体を軽く捻ってナールガを蹴り飛ばし、ナールガはそのまま遠くに飛ばされた。あたりにはウリエルの翼がふわふわと舞い散った。
「久しぶりだな!ミカエルの所の。しっかりラファエルに治してもらえよ!またな!」
ウリエルは傷ついたエクリエル、フレリエル、カイエルの前に立つと声をかけた。
そして、ウリエルは翼を一度大きく羽ばたかせると閃光のようなスピードで、ナールガの元に飛んで行った。
ウリエルがいなくなってすぐ、3人の前にラファエルが姿を見せた。
「遅くなってしまい申し訳ありませんでした。今、治しますね。」
ラファエルはエクリエルと同じ目線でしゃがむと優しく手を握った。
そして、周辺に回復魔法と結界術を併用した結界を作り、カイエル、エクリエル、フレリエルの状態を完全な状態まで戻した。
「ありがとうございます。」
「お疲れ様でした。あとはミカエルとウリエルが持ちます。安心していて大丈夫ですよ。」
ラファエルの治癒能力というものは恐ろしいものだった。
本来傷ついた魔法回路や失った魔力を一瞬で元に戻すことはほぼ不可能に近い所業。さらには戦闘で混ざった魔力の解析と中和すらも同時間で終わらせてしまったのだ。ハッキリ言って常人とは比較にすらならなかった。
ミカエルは未だ上空から惨状を見ていた。
「あぁ…一体いくつの純粋な命が奪われたのですか。私がいかに不甲斐ないかがわかります。私を信じていた魂も…思いと願いと共に虚しく散って行ってしまったのです。愛する我が子達…どうか安らかであってください。」
ミカエルは胸元で手を握り涙を流した。
ーーーーー
「クソッ…」
ナールガはウリエルに蹴り飛ばされ、体を転がすように着地することでようやく勢いを止めることができたようだった。
それにしてもエクリエルとは比べ物にならない威力の蹴り。体格としてもそれほど戦闘に才があるようには思えないが、小さな華奢な体の一体どこからその力が出ているのか、それがナールガには不思議で仕方なかった。
「魔強化って言えばルシファーの言ってたやつだよなぁ。でも、お前のは思った以上に純度が低いらしいな。」
ウリエルはナールガの前にフワッと着地をした。
その表情には出どころのわからない笑顔が現れていた。
「悪かったな、純度が低くて。」
「でも、突発でその域まで行けるならエクリエルよりも筋はいいんじゃねぇの?」
ウリエルは腰に下げた双剣を手を交差させるように抜き、堂々と構えた。
「立て。そして、私を楽しませてくれ。」
双剣を構えたウリエルには一切の威圧感が無かった。その代わりにウリエルの背後からは柔らかく、温かい風が緩やかに流れた。
ナールガはこれがウリエルの持つ圧倒的な余裕から来るものだと理解した。底のない圧倒的自信が織りなす余裕。それが環境にすら作用をした。ウリエルには確固たる負けないという自覚があった。
ナールガは膝に手をついて立ち上がった。
「立ってやったぞ?」
今のナールガにはエクリエルと戦った時のような余裕や覇気がなかった。ウリエルの余裕に気取られ、明らかな痩せ我慢でウリエルの前に立っていた。
ーーーーー
ミカエルはラファエルと『ミカエル親衛隊』の元に移動をしていた。
「申し訳ありませんでした。到着が遅れてしまいました。大変申し訳ありません。」
ミカエルは軽く頭を下げた。
「ミカエル様、私たちは来てくださっただけでいいのです。」
フレリエルはミカエルの言葉を投げた。
「ありがとうございます、フレリエル。」
ミカエルはカイエルの右肩を撫でた。
「カイエル、よく頑張りました。」
犠牲を払って仲間を助けようとしたカイエルのその心意気にミカエルは敬意を払ったのだった。
「私がやりたくてやったのです。誰のせいでもありません。」
「…強くなりましたね。」
ミカエルは一瞬だけ、幼い頃のカイエルの記憶がフラッシュバックした。
「ミカエル…」
ラファエルはミカエルにそっと右手を差し出した。
「そうですね。」
ミカエルはないかを理解したかのように頷くとラファエルの右手にそっと手を置いた。
「『浄化』…」
すると、この言葉を口にしたミカエルを中心として周囲を暖かく眩い光が一瞬で辺りを包んだ。ホワホワとした感覚が身体中に駆け巡る感覚。この光が被害場所を飲み込むと、その地面からは綿毛のような光がふわふわと天に登って行った。
ミカエルとラファエルが協力して行ったことは、ナールガ達の魔力による汚染を一点残らず除去することだった。
「では、私はあの方達とお話に参ってきます。ラファエルも来ますか?」
ミカエルはこちらを見ているA2、ラズロ、フルシアンテ、キキガノの方を見た。
「私は遠慮いたします。」
「あら…そうですか。では行ってまいりますね。」
ミカエルは翼を一度バサッと大きく羽ばたかせるとゆっくりとA2達の元へ飛んだ。
「お初にお目にかかります。私の名はA2。以後お見知り置きを。」
目の前に現れたミカエルにA2はお辞儀をした。
「親切な挨拶嬉しく思います。私はミカエル。あなたがA2ですか。」
「おやおや!周知なさってもらえているとは嬉しい限りですな。」
「つい先程知りました。一度世界を破壊なさったらしいですね。」
「誰から聞きなさったのです?」
「神様が教えてくれました。」
「おほ〜!やはり神が干渉していたのかぁ〜。」
A2は神が干渉を行ったという事実を嬉しがった。
「あなた『サタンの右腕』を『聖剣結界』から取ったようですね。」
「かぁ〜、バレてましたかぁ〜。」
「結界はウリエルの魔力を介しているのでわかりますよ。」
「えぇ〜!A2どこ行ってたのかと思ったらそんなところに言ってたのぉ〜。」
ラズロはキキガノ、フルシアンテの思っていることを代弁するような反応をした。
「早く言えよA2。」
「すまないすまない。」
A2は3人にヘラヘラと謝った。
「それをどうするつもりですか?」
ミカエルはA2に聞いた。
「別にどうしようという事もない。ただ、これをすれば面白いことになるかと期待しただけだよ。あまり期待通りには行かなかったけどねぇ。」
「そうですか。」
「なんだい?奪い返すかい?」
A2もいつも通りの余裕の態度を変えることは一切無かった。例え、天界の中の最大権力とされた天使を目の前にしても。
「いいえ。もしあなたにルシファーの復活を目的とする意思があったとしても、封印部位の全てを集めなくては意味は無いに等しいので特に何かするとかはありません。」
「そうなのかい?残念だなぁ。私は武力行使でも良かったんだけどね。」
「ですが、あなた達が出した被害の落とし前はつけてもらわないといけませんね。罰を与えます。」
ミカエルはそっと右手をA2達の前に向けた。
ーー終ーー