135 他者からの脱却
天界・???
「ミカエル。天界へはどのぐらいですか?」
「まだかかる…でしょうね…」
「チッ…早くしろよ!」
ミカエル、ウリエル、ラファエルの3人は翼を羽ばたかせ、猛スピードでどこかへ向かっていた。3人が飛んでいるのは空(?)のような場所で、下には雲海が広がっていた。
「文句を言うと失礼だから言わないけど、神様、年々話長くなってないか?歳なのか?」
「本当に失礼ですよ、ウリエル。神様は私たちのように歳という概念もない世界を生きているのですよ。」
「わかってる、ただ、この一大事って時になんで長く喋れるかねぇ?」
「2人ともスピードを上げます。1秒でも早く着きます!」
ミカエルはさらにスピードを上げ、それに傚うように2人もついて行った。
この3人が何故、A2達をいち早く排除しに行かなかったのか。それは3人が神に呼ばれ、神界を訪れていたからだった。
A2の魔術の出力操作ミスによって、天界、地獄、下界の三世界は一度跡形もなく消えた。それを見かねた神が世界を元に戻した。その事実はミカエル達も知り得ない事実であったため、それを伝えるために神は天界でも最高責任とされる3人を呼び出したのだった。
このタイミングが偶然にも最悪のタイミングと重なってしまったのだった。
ミカエルの口元はいつものように優しく微笑んだものではなく、下唇を軽く噛み、焦りを感じさせる口元だった。
「!」
すると、ウリエルは突如として急ブレーキをかけて停止した。それを確認したミカエル、ラファエルの2人も進むことをやめた。
「どうしました?」
ラファエルが優しくウリエルに聞いた。ウリエルの顔は一気に焦りを感じているようだった。
「『聖剣結界』が…破られた…」
「「!!」」
2人も流石に驚きを隠せなかった。『聖剣結界』がやぶられるということは『サタンの右腕』に何かがあったということと同義。第二次天魔戦争で『サタンの頭部』が盗まれ、さらにはこの短時間で次は『サタンの右腕』が盗まれるなどあってはならないことだった。
「ヤバい!!早く帰るぞ!!!」
ウリエルは光の速度で飛び出し、ミカエルとラファエルもその後に続いた。
ーーーーー
天界・ミカエル宮
ナールガvsエクリエル
「ふんっ!」
「クッ!…」
ナールガの拳はエクリエルのガードを貫き、意味を成さない程の威力にまで成長をしていた。
「クソッ!」
こんな拳を何発も受けていられるはずもないと考えたエクリエルはナールガとの距離を取り、『マークゼロ』で牽制を込めた無数の光の弾丸を曲射状に放った。
だが、そんなものを避けるのは、ボルテージの上がりに上がったナールガにとって造作も無いことであり、なんなら少し先読みをした上で、スピードを落とすことなく突っ込んできた。
エクリエルは止められないそうそうに見切り、冷静に突っ込んでくるナールガを狙った。
『マークゼロ』の銃口に徐々に光の粒子が吸い込まれる形で集まり始めた。その集まった光の粒子の影響で銃口は眩いほどの光を放ち、その明るさと言ったら、周囲が暗闇に包まれたのではないかと錯覚を起こすほどだった。『マークゼロ』の輝きは、まるで夜空に輝く、唯一の一等星のようだった。
そして、その照準がピッタリとナールガに合った瞬間、エクリエルは引き金を引いた。そこから放たれるは超高速超高密度の光の粒子光線。それは空気を焼きながら一直線でナールガに向かった。
ナールガはこれをなんとか視認することに成功したが、そこに誤算は誤算があった。
それは避けることができないということだった。
避けるという選択を取り、いざ回避を実行するには予備動作が多すぎたのだった。これでは避ける動作をする間にも光線はナールガに直撃する。かと言って『バリア』を展開するにも時間がかかりすぎる。しかも、これは『バリア』が光線に耐えられる強度で展開できないため放棄。
1秒…否!それ以下の限られた時間でナールガの実行できる行動は…エクリエルを仕留めるために振るっている途中の拳をそのまま、振るうことだった。
ナールガは右手を大きく前に突き出すと、そのまま拳を光線にぶつけた。
「チッ…」
なんとか拮抗は保ててはいるが、先に進むにしてはあまりに光線が重すぎた。拳が焼ける感覚が現れ始めた。
「クハッ!」
だが、ナールガはこの状況を笑った。
この状況がこの上なく心地良かった。嬉しかった。一歩間違えれば死ぬという崖っぷち的状況は、この世界で敵を探す方が難しいナールガにはこの上ない喜びだった。その気持ちは無邪気で新しいおもちゃを買い与えられた子供のようなそんな純粋なものだった。
そこにもう1つの感情が混ざり合う。
ーー『負けたくない』
比べるから負けたくない。勝負だから負けたくない。負けず嫌いと自身の強さを自覚し、培ったプライドが今、喜びと混ざり合った。
純度と高い2つの感情が混ざり合い、ナールガをその先へと押し上げる。
ナールガは両足に一気に力を込めるとその力を一気に解き放ち、拳を先頭に光線を掻き分け、突き進むと、エクリエルの顔面を打ち抜いた。
エクリエルは顔面がぐちゃぐちゃになりながら遠くに吹き飛び、壁にめり込んだのだ。
ナールガは仁王立ちになり天を仰いだ。
今、自分が急成長したように思えた。自分の中で自分自身の何かに急接近した感触があった。
一方のエクリエルはもはや気絶寸前の薄れゆく意識の中にいた。
(なぜ…あの…悪魔悪魔はあそこまで…強いんだ…ク…ソ…)
エクリエルはうっすらとした意識の中でナールガをいや、悪魔を恨んだ。
なんとかめり込んだ壁から抜け出そうとするが、なんとか絞り出した力は壁から抜け出すまでの力だった。そのままうつ伏せで倒れたエクリエルの目には光が微かに残るだけだった。
(…リ…ル、エク…エル、エクリ…ル…
エクリエルの脳内には誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。
…エクリエル!)
誰が呼んでいたのかその正体はミカエルだった。
そしてここで気づく。これは現実ではなく、死ぬ間際に発生した思い出、走馬灯のようなもなのだと。ここから、エクリエルは子供の頃の自分とミカエルの大切な記憶をフラッシュバックしていった。
「泣いていても力は後ろから付いて来てはくれませんよ。」
「グスッ…はい…」
「やれやれ、休憩にしますか。」
幼いエクリエルは首を横に振った。
記憶はミカエルと幼いエクリエルが特訓をしているところから始まった。
この時幼いエクリエルは、いくら戦っても一撃をミカエルに当てられない自分の不甲斐なさに呆れを感じて泣いていた。
「では、泣いている暇はありませんよ。」
ーーーーー
幼いエクリエルはミカエルの用意したおにぎりをベソをかきながら頬張っていた。
「もう少し、ゆっくり食べては?詰まらせますよ?」
「ゴホッ!ゴホッ!」
「ほら言ったでしょ?」
ミカエルはおにぎりを詰まらせたエクリエルの背中を優しくトントンと叩いた。
「エクリエル、あなたは強くなりたいですか?」
「…はい。」
「そうですか。では、今の自分は好きですか?」
「…どういうことですか?」
「答えてください。」
「好きでは…ないです。」
「何故ですか?」
「いくら努力してもみんなのように強くはなれないし、ミカエル様に貴重な時間を割いていただいても全然強くなれないし、こんな不甲斐ない自分は嫌いです。」
「…そうですか…ですが悲報を一報伝えましょう。」
エクリエルはミカエルの方を振り向いた。
「強くなる認められるこの辺りで結果を残したいのであれば、まず第一に自分を受け入れ、好む必要があるのです。」
「そうなんですか?」
「説教臭くなるかもしれませんが聞いてください。あなたはもう少し、自分という存在に責任と自由を持つべきだと思います。もちろん、まだまだ青いあなたに今すぐ治せは酷だと思いますが。」
エクリエルはミカエルの『青い』という言葉を真面目に受け止め、自分の体が青くなってしまったのかと本気で思い込み、体を隈なく見回った。
「クスクス…そういう意味ではありませんよ。比喩的な表現の一端です。」
ミカエルはそんなエクリエルの行動がなんとも子供らしく幼なげで、愛おしく思った。
「『強くなりたい』『偉くなりたい』『認められたい』この欲求に従って、多くの天使、悪魔、人間たちが行動を起こしました。その中で本当の欲求を手に入れたものは数百という程です。大半は道半ばで諦めるか、中途半端な欲求で満足し、地位に溺れるだけでした。その中でもその数百という少ない者たちに共通していた事があります。それは…『他者依存』からの脱却でした。多くの成功や夢の実現には失敗が多く立ち塞がります。そんな時、壁を難なく越えていく者もいたりします。これを見ると、他者との比較が始まり、他者が輝いて見えるのです。結局のところ、失敗やつまずきの責任や理由は自分にあるのです。ですが、多くの者がそれを他者のせいにしたり、失敗の理由を他者のせいにしたりします。これでは、何者にもなれないのです。」
ミカエルはエクリエルの頬を優しく撫でた。頬をいきなり撫でられたことに恥ずかしそうに頬を赤らめ、目を逸らした。
「全ては自分の責任。強いも弱いも、良いも悪いも、勝つも負けるも、全ては自分のせいなのです。自分を愛し、自分を愛でて、自分のペースで生き、成長する。大半を自分軸で考えることに成長の真髄があるのです。もちろん、自己中心的すぎるのは良く無いですけどね。節度を持ってです。あなたにはこれを自分で自覚する瞬間が必ず訪れます。それが分かればいつか…あなたは真の意味で次に進めるでしょう。」
(自分のせい…自分の責任…自分のせい…自分の責任…)
幼き記憶がフラッシュバックしたエクリエルの中ではこの2つの言葉がミカエルと自分の声が入り混じって、何度も再生されていた。
(自分の責任…自分のせい…自分の責任……はっ!!)
エクリエルは突如として気づいた。全ては自分の責任であると。
目の前の悪魔を排除するのは目的として変わらない。ただ、今のままでは勝てない。それを感じてもなお、自分以外に勝てない理由を押し付けた。『悪魔が憎い』この考えでは、悪魔という自分以外の他者を原動力としてしまう。これではダメなのだ。勝てない理由はいつだって自分にある。
そして、次の瞬間。天界と地獄、その両方の全ての生ける生物の背後に『白き稲妻』が落ちたことを錯覚させた。
ーー終ーー